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可憐な闖入者
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俺が芹沢から中国武術の一流派である「大成拳」を学びはじめて三か月がたった。
空手一筋だった俺は、まさか中国武術を学ぶ日が来るなんて思ってもみなかった。
芹沢からの「大成拳」の指導は、芹沢が月に一回、盛岡まで「出張指導」をしてくれることになった。
もちろん俺が芹沢に「指導料」を支払うわけでもない。
どちらかというと"無理やり教えられる"訳だからね。
しかし彼女にしてみたら交通費だけでもそれなりの出費になり大変だと思うのだが、それに関しては……
「そんなこと学生の君が気にしなくていいの」
と一笑に付されてしまった。
ひょっとして芹沢ってお金持ちのお嬢様なの?
なんかちょっとそんな雰囲気あるよな……
まあ、相手は大人だし確かにそこは"子供"の俺が気にするところではない。
それよりも俺が引っ掛かったのが"大成拳なる武術は月一程度の練習で習得できるものなの?"ということだ。
俺は空手を学んだ時には祖父からマンツーマンで、それこそ毎日厳しい鍛錬をしてきたという経験しかない。
それなのに月に一度学ぶだけで習得できる「浅い」武術を、今の俺がわざわざ習う意味あるの?
とどうしても思ったのだ。
そんな疑問を芹沢にぶつけると、力いっぱいこう言われた。
「神沼君? そこは勘違いしてもらっては困るわ。"習う"ことと"鍛錬すること"は別物よ。習っただけで"なんとかなる"なんて簡単に考えないでね? 習った後にどれだけ鍛錬して自分のものにするかはあなた次第よ。それは手取り足取りなんて甘えが許される"浅い武術"ではないの。むしろ"自分だけで"創意工夫して鍛錬する期間が長いことが肝要だと思って」
なるほどね。
受け身だけの学びではだめってことだな。
自分で主体的に努力研鑽すべしと。
まあ、今の俺は空手に関してもそうしてきている訳だから、そこは逆に見くびってもらっては困る。
さらに芹沢はこうも言った。
「大成拳は中国武術でも最も無駄を排除した、極めてシンプルな拳法なの。だから覚える技自体は少ないのよ。でもその代わり、その少ない技をどこまで練り上げるかは一生かかるほどに難しいと思って」
つまり俺は毎日、"わずかな技"をひたすら繰り返すしかないという。
武道に限らず、少ない技術をひたすら継続するにはモチベーションの維持がとても大変なのは俺もよくわかる。
じいさんからの空手指導もたくさんの技を教わるというよりは少ない技を何百万回も繰り返すような鍛錬方法だった。
それでもどこかで自分が進歩しているのか、習得できてるのかを確認する手段は欲しいところだ。
これについては芹沢に聞くと、明確な答えをくれた。
「そうね、なら神沼君が目指す一つのゴールを言っておくわね」
「ゴールですか?」
「そう、ただそれには未惟奈さんの協力が必要だわ」
「え? 未惟奈の協力?」
「ええ、彼女との組手を続けてほしいの」
「いや、それは嫌というほど、毎日やってますけど?」
「私が言いたいのはもっと精度を上げてほしいということ」
「精度を上げる?」
「今の翔君は確かに未惟奈さんの攻撃を無意識に捌けているけど、まだ行き当たりばったりになっていない?」
確かにそうなのだ。
未惟奈の攻撃は俺に当たらないのは確かにそうなのだが、割と「どうせ避けられるだろう」という投げやりな感覚でやっているところはある。
「確かにそうですけど、それではダメですか?」
「無意識に体が反応するのはいいことよ。でも頭でもその状況を理解していないとその技術をコントロールしていることにはならないわよ」
芹沢はなかなかむつかしいことを要求してくる。
体は無意識、頭は有意識ということか。
これは頭で考えてもおそらく答えは出ない話だ。
地道に鍛錬して身体で理解するしかない。
少なくとも芹沢は未惟奈の圧倒的な圧力を意識的に捌いている感じだった。
それ俺が持ちえない技術であることには違いはない。
また、芹沢が先に提案した通り大成拳を習うのは俺だけではなく未惟奈もだ。
理由は、未惟奈の大成拳のスキルが上がることが俺のスキル向上にもつながるということと、もう一つ未惟奈が俺と芹沢のマンツーマン指導がどうにも面白くないからという未惟奈らしい我儘な理由だ。
たださすがに曲がりなりにも大成拳の派生流派である大気拳の素養がある俺と全くの初学者の未惟奈では違ったメニューをこなした。
そんな感じで、近頃は空手の練習に大成拳の鍛錬も加わりより未惟奈と一緒にいることが多くなっていた。
さて、そんな夏休みも終わり、久々の登校日。
とある訪問者があった。
* * *
始業式が終わると帰宅部の俺は早々に学校を後にした。
この日は未惟奈が"パーソナルトレーニング"の日なので一人での下校だった。
未惟奈クラスともなれば女子高校生でパーソナルトレーニングとか。
凄いよね……
それにしても最初こそ、天才アスリート&スーパーアイドル?
である未惟奈と一緒に下校する俺は他の生徒から注目を浴びて、かなりのストレスだったが、半年たった今では誰も気にする人はいなくなった。
「おまえ未惟奈と付き合ってんの?」
なんて聞いてくる輩までいる。
自分でも毎日教室に迎えに来る未惟奈を見てると"俺たち付き合ってんのか?"なんて勘違いを起こしそうになる。
俺は、まだ日の高い時間に校門を出た。
周りにいる生徒の数はまばらである。
田舎の県立高とはいえ部活動が活発なことを一応"売り"にしている高校だからなのか、俺のような帰宅部の数はそれほど多くはない。
すると……
「あの、ちょっといいですか?」
俺が校門を出るのを待ち構えていたかのようなタイミングで、声をかけてきた少女がいた。
丸顔の童顔には不釣り合いな程に長身で、見慣れない制服を着ていた。
他県の生徒かな?
「はい、なんでしょう?」
「あの、ここは北辰高校ですよね?」
「ええ、そうですけど」
そういって俺はすこし訝しんだ。
だって目の前の校門を見れば大きく書いてある。
俺は彼女の視界にも入っているであろう"北辰高校"という校門の文字にワザと視線を送った。
「そ、そうですよね。門に書いてありますよね……」
彼女は顔をゆがめて、小さく舌だして"しまった"という表情をした。
「いや、別に責めてるわけじゃないからそんな顔しないで……えっと、何かうちの高校に用ですか?」
「あ……この高校って、ウィリス未惟奈さんが通ってるんですよね?」
ほお。
未惟奈に用とな。
これはファンとか、追っかけとか……そういった類なのか?
確かにあいつ女性に人気ありそうだもんな。
だとすると安易に個人情報を出すわけにはいかないのか?
「えっと、どちらさまですか?」
流石に美影のように"自分から名乗らないのは失礼だろう"なんてきついトーンではないが、いちおうあえて"警戒心"が相手に伝わるような声のトーンで返した。
「ご、ごめんなさい……えっと、私、伊波紗弥子と言いますが」
「はあ!?」
俺は思わず大声を出してしまった。
伊波と言えば、まえに春崎さんに見せてもらった芹沢との対戦ビデオで知ったばかりだ。
あの天才ムエタイ少女、伊波紗弥子がなぜ未惟奈を訪ねてきたのだ?
制服を着ているとイメージが全く違うので気付かなかったが、確かにあの顔だ。
どうりで身体が細いわりに肩幅が広く、ふくらはぎもガッチリしているはずだ。
って俺も一瞬で女性の身体観察しすぎなんだが……
だとすると未惟奈の関係者か?
いやいや、だったらこんなところで待ち伏せなんてしないだろう。
未惟奈に直接連絡をいれてから来ればいいのだから。
今日は未惟奈はパーソナルトレーニングという予定があり、だからこそ俺は今一人なのだ。
伊波のこの感じは間違いなくアポなし凸だよな?
まさかまた海南高校みたいに「殴り込みに来た」なんてことはないよな?
こんな大人しそうな雰囲気出しておいて"天才少女対決の勝負を着けにきた!"つもりなのか?
目の前のおどおどした伊波からは想像ができないが、芹沢と対峙していた伊波は確かに"怒りの形相"でまがまがしいオーラを会場に放ちまくっていたのは間違いないのだ。
「あ、もしかして私のこと知ってますか?」
伊波は俺のリアクションを読んだのか、突然切り込んできた。
「ええ、まあ」
思わずそう答えてしまったが、確かに彼女は格闘技界では有名人だから知っていてもおかしくはない。
「ほ、ほんとですか!? 格闘技好きなんですか!?」
いきなりテンションを上げてきたので少し面食らった。
なんだ、なんだ?
格闘技大好きっ娘か?
「ええ、天才ムエタイ少女、伊波紗弥子さんですよね?」
「いやいや、天才とか……そんな凄くないですけど」
伊波は照れながら片手を顔の前で何度も振って、小麦色に日焼けした顔が真っ赤に赤面してしまった。
なんか、このピュアな反応は新鮮だな。
俺の周りの女性って気の強い人多いからな。
未惟奈といい、姉の檸檬といい、春崎さんといい、芹沢といい……
しかし、それはそれだ。
まだ未惟奈に殴り込みに来たという可能性がなくなった訳ではない。
だからまだこの高校に未惟奈が通っていることも安易に言ってはならんだろう。
さてどうするか?
「ちょっと待っててもらっていい?」
「え? あ、はい……」
俺は少しだけ逡巡したが、咄嗟にスマホに着信があったフリをして伊波から少し離れ、未惟奈にスマホから連絡を入れた。
すると未惟奈は数コールですぐに通話にでた。
「え? 翔?……珍しくない? 電話してくるなんて」
いきなり電話をしたので"これからトレーニングなんだけど"なんて文句の一つも言われるかと思ったら、未惟奈の声は明るかった。
「ああ、ちょっとな」
「どうしたの?」
「いや、いま校門の前なんだけど……伊波紗弥子が未惟奈を訪ねてきてるぞ?」
「はあ? 何それ?」
「約束とかじゃないよな?」
「そんなわけないでしょ!? 私は前にマッチメイクされかかったけど会ったこともないから」
「そうなんだ……じゃあ、なんで?」
「そんなこと私が分かるわけないでしょ?」
「どうする?」
「今から行くわ」
「え??」
「だってまた翔が伊波紗弥子と対決するなんて展開にもなりかねないじゃない」
「そ、そんなことするかよ!」
「分からないでしょ? 翔は女性のお願いに弱いから」
「いやいや、それは春崎さんや芹沢のような押しの強い女性だからいろいろ振り回されてるけどこの伊波紗弥子はそんなタイプじゃないぞ」
「え? じゃあどんなタイプなのよ?」
「そうだな、可憐な感じ?」
「はあ? 何それ!!……いいわ、すぐ行くから待ってて」
「お、おい!」
「うるさい!! 切るよ!!」
一方的に通話を切られてしまった。
おいおい!
……やな予感しかしないんだけど?
空手一筋だった俺は、まさか中国武術を学ぶ日が来るなんて思ってもみなかった。
芹沢からの「大成拳」の指導は、芹沢が月に一回、盛岡まで「出張指導」をしてくれることになった。
もちろん俺が芹沢に「指導料」を支払うわけでもない。
どちらかというと"無理やり教えられる"訳だからね。
しかし彼女にしてみたら交通費だけでもそれなりの出費になり大変だと思うのだが、それに関しては……
「そんなこと学生の君が気にしなくていいの」
と一笑に付されてしまった。
ひょっとして芹沢ってお金持ちのお嬢様なの?
なんかちょっとそんな雰囲気あるよな……
まあ、相手は大人だし確かにそこは"子供"の俺が気にするところではない。
それよりも俺が引っ掛かったのが"大成拳なる武術は月一程度の練習で習得できるものなの?"ということだ。
俺は空手を学んだ時には祖父からマンツーマンで、それこそ毎日厳しい鍛錬をしてきたという経験しかない。
それなのに月に一度学ぶだけで習得できる「浅い」武術を、今の俺がわざわざ習う意味あるの?
とどうしても思ったのだ。
そんな疑問を芹沢にぶつけると、力いっぱいこう言われた。
「神沼君? そこは勘違いしてもらっては困るわ。"習う"ことと"鍛錬すること"は別物よ。習っただけで"なんとかなる"なんて簡単に考えないでね? 習った後にどれだけ鍛錬して自分のものにするかはあなた次第よ。それは手取り足取りなんて甘えが許される"浅い武術"ではないの。むしろ"自分だけで"創意工夫して鍛錬する期間が長いことが肝要だと思って」
なるほどね。
受け身だけの学びではだめってことだな。
自分で主体的に努力研鑽すべしと。
まあ、今の俺は空手に関してもそうしてきている訳だから、そこは逆に見くびってもらっては困る。
さらに芹沢はこうも言った。
「大成拳は中国武術でも最も無駄を排除した、極めてシンプルな拳法なの。だから覚える技自体は少ないのよ。でもその代わり、その少ない技をどこまで練り上げるかは一生かかるほどに難しいと思って」
つまり俺は毎日、"わずかな技"をひたすら繰り返すしかないという。
武道に限らず、少ない技術をひたすら継続するにはモチベーションの維持がとても大変なのは俺もよくわかる。
じいさんからの空手指導もたくさんの技を教わるというよりは少ない技を何百万回も繰り返すような鍛錬方法だった。
それでもどこかで自分が進歩しているのか、習得できてるのかを確認する手段は欲しいところだ。
これについては芹沢に聞くと、明確な答えをくれた。
「そうね、なら神沼君が目指す一つのゴールを言っておくわね」
「ゴールですか?」
「そう、ただそれには未惟奈さんの協力が必要だわ」
「え? 未惟奈の協力?」
「ええ、彼女との組手を続けてほしいの」
「いや、それは嫌というほど、毎日やってますけど?」
「私が言いたいのはもっと精度を上げてほしいということ」
「精度を上げる?」
「今の翔君は確かに未惟奈さんの攻撃を無意識に捌けているけど、まだ行き当たりばったりになっていない?」
確かにそうなのだ。
未惟奈の攻撃は俺に当たらないのは確かにそうなのだが、割と「どうせ避けられるだろう」という投げやりな感覚でやっているところはある。
「確かにそうですけど、それではダメですか?」
「無意識に体が反応するのはいいことよ。でも頭でもその状況を理解していないとその技術をコントロールしていることにはならないわよ」
芹沢はなかなかむつかしいことを要求してくる。
体は無意識、頭は有意識ということか。
これは頭で考えてもおそらく答えは出ない話だ。
地道に鍛錬して身体で理解するしかない。
少なくとも芹沢は未惟奈の圧倒的な圧力を意識的に捌いている感じだった。
それ俺が持ちえない技術であることには違いはない。
また、芹沢が先に提案した通り大成拳を習うのは俺だけではなく未惟奈もだ。
理由は、未惟奈の大成拳のスキルが上がることが俺のスキル向上にもつながるということと、もう一つ未惟奈が俺と芹沢のマンツーマン指導がどうにも面白くないからという未惟奈らしい我儘な理由だ。
たださすがに曲がりなりにも大成拳の派生流派である大気拳の素養がある俺と全くの初学者の未惟奈では違ったメニューをこなした。
そんな感じで、近頃は空手の練習に大成拳の鍛錬も加わりより未惟奈と一緒にいることが多くなっていた。
さて、そんな夏休みも終わり、久々の登校日。
とある訪問者があった。
* * *
始業式が終わると帰宅部の俺は早々に学校を後にした。
この日は未惟奈が"パーソナルトレーニング"の日なので一人での下校だった。
未惟奈クラスともなれば女子高校生でパーソナルトレーニングとか。
凄いよね……
それにしても最初こそ、天才アスリート&スーパーアイドル?
である未惟奈と一緒に下校する俺は他の生徒から注目を浴びて、かなりのストレスだったが、半年たった今では誰も気にする人はいなくなった。
「おまえ未惟奈と付き合ってんの?」
なんて聞いてくる輩までいる。
自分でも毎日教室に迎えに来る未惟奈を見てると"俺たち付き合ってんのか?"なんて勘違いを起こしそうになる。
俺は、まだ日の高い時間に校門を出た。
周りにいる生徒の数はまばらである。
田舎の県立高とはいえ部活動が活発なことを一応"売り"にしている高校だからなのか、俺のような帰宅部の数はそれほど多くはない。
すると……
「あの、ちょっといいですか?」
俺が校門を出るのを待ち構えていたかのようなタイミングで、声をかけてきた少女がいた。
丸顔の童顔には不釣り合いな程に長身で、見慣れない制服を着ていた。
他県の生徒かな?
「はい、なんでしょう?」
「あの、ここは北辰高校ですよね?」
「ええ、そうですけど」
そういって俺はすこし訝しんだ。
だって目の前の校門を見れば大きく書いてある。
俺は彼女の視界にも入っているであろう"北辰高校"という校門の文字にワザと視線を送った。
「そ、そうですよね。門に書いてありますよね……」
彼女は顔をゆがめて、小さく舌だして"しまった"という表情をした。
「いや、別に責めてるわけじゃないからそんな顔しないで……えっと、何かうちの高校に用ですか?」
「あ……この高校って、ウィリス未惟奈さんが通ってるんですよね?」
ほお。
未惟奈に用とな。
これはファンとか、追っかけとか……そういった類なのか?
確かにあいつ女性に人気ありそうだもんな。
だとすると安易に個人情報を出すわけにはいかないのか?
「えっと、どちらさまですか?」
流石に美影のように"自分から名乗らないのは失礼だろう"なんてきついトーンではないが、いちおうあえて"警戒心"が相手に伝わるような声のトーンで返した。
「ご、ごめんなさい……えっと、私、伊波紗弥子と言いますが」
「はあ!?」
俺は思わず大声を出してしまった。
伊波と言えば、まえに春崎さんに見せてもらった芹沢との対戦ビデオで知ったばかりだ。
あの天才ムエタイ少女、伊波紗弥子がなぜ未惟奈を訪ねてきたのだ?
制服を着ているとイメージが全く違うので気付かなかったが、確かにあの顔だ。
どうりで身体が細いわりに肩幅が広く、ふくらはぎもガッチリしているはずだ。
って俺も一瞬で女性の身体観察しすぎなんだが……
だとすると未惟奈の関係者か?
いやいや、だったらこんなところで待ち伏せなんてしないだろう。
未惟奈に直接連絡をいれてから来ればいいのだから。
今日は未惟奈はパーソナルトレーニングという予定があり、だからこそ俺は今一人なのだ。
伊波のこの感じは間違いなくアポなし凸だよな?
まさかまた海南高校みたいに「殴り込みに来た」なんてことはないよな?
こんな大人しそうな雰囲気出しておいて"天才少女対決の勝負を着けにきた!"つもりなのか?
目の前のおどおどした伊波からは想像ができないが、芹沢と対峙していた伊波は確かに"怒りの形相"でまがまがしいオーラを会場に放ちまくっていたのは間違いないのだ。
「あ、もしかして私のこと知ってますか?」
伊波は俺のリアクションを読んだのか、突然切り込んできた。
「ええ、まあ」
思わずそう答えてしまったが、確かに彼女は格闘技界では有名人だから知っていてもおかしくはない。
「ほ、ほんとですか!? 格闘技好きなんですか!?」
いきなりテンションを上げてきたので少し面食らった。
なんだ、なんだ?
格闘技大好きっ娘か?
「ええ、天才ムエタイ少女、伊波紗弥子さんですよね?」
「いやいや、天才とか……そんな凄くないですけど」
伊波は照れながら片手を顔の前で何度も振って、小麦色に日焼けした顔が真っ赤に赤面してしまった。
なんか、このピュアな反応は新鮮だな。
俺の周りの女性って気の強い人多いからな。
未惟奈といい、姉の檸檬といい、春崎さんといい、芹沢といい……
しかし、それはそれだ。
まだ未惟奈に殴り込みに来たという可能性がなくなった訳ではない。
だからまだこの高校に未惟奈が通っていることも安易に言ってはならんだろう。
さてどうするか?
「ちょっと待っててもらっていい?」
「え? あ、はい……」
俺は少しだけ逡巡したが、咄嗟にスマホに着信があったフリをして伊波から少し離れ、未惟奈にスマホから連絡を入れた。
すると未惟奈は数コールですぐに通話にでた。
「え? 翔?……珍しくない? 電話してくるなんて」
いきなり電話をしたので"これからトレーニングなんだけど"なんて文句の一つも言われるかと思ったら、未惟奈の声は明るかった。
「ああ、ちょっとな」
「どうしたの?」
「いや、いま校門の前なんだけど……伊波紗弥子が未惟奈を訪ねてきてるぞ?」
「はあ? 何それ?」
「約束とかじゃないよな?」
「そんなわけないでしょ!? 私は前にマッチメイクされかかったけど会ったこともないから」
「そうなんだ……じゃあ、なんで?」
「そんなこと私が分かるわけないでしょ?」
「どうする?」
「今から行くわ」
「え??」
「だってまた翔が伊波紗弥子と対決するなんて展開にもなりかねないじゃない」
「そ、そんなことするかよ!」
「分からないでしょ? 翔は女性のお願いに弱いから」
「いやいや、それは春崎さんや芹沢のような押しの強い女性だからいろいろ振り回されてるけどこの伊波紗弥子はそんなタイプじゃないぞ」
「え? じゃあどんなタイプなのよ?」
「そうだな、可憐な感じ?」
「はあ? 何それ!!……いいわ、すぐ行くから待ってて」
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