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九章
しおりを挟むゴン、ゴン、ゴン、ゴン
もう何度腕を振り下ろしたのかわからない。
確かにそこに殴っている人間はいるはずなのに、まるで空気を殴っているように感覚が無くて虚しい。
それでも殴らなくてはいけない。コイツをこの世界から消さないといけない。
オレの大好きで大切な人を汚したコイツだけは。
「兄貴!!」
その声が、オレを現実に引き戻した。
玄二はオレを秋山から引き剥がすように抱きしめ、共に後ろの方に倒れた。
玄二の腕から、その匂いや温かさが体に伝わる。冷え切った体が温まって、しばらく経ってから次第に両手の痛みを自覚した。
だが、駄目だ。
アイツを逃がしてしまう。そんなこと出来ない。
ここで秋山をまだ生かしたら、子供たちが、いいや、玄二が傷ついてしまう。
「玄二、オレ」
「大丈夫。兄貴。もうすぐ終わるから」
玄二は腕の力をさらに強める。顔が胸に埋まって、彼の顔が見えない。
しばらくして車のエンジン音が聞こえる。顔を上げてみると、オレらのいる通りに二台の車が止まっていた。
そこから出てきたのは、いかにも堅気ではないという風貌をしたイカつい男達だった。
男達はオレらに目もくれず、顔が梅干しのようになった秋山の方に向かう。そこから奴の体を物色し、財布を見つけるとそこから何らかのカードを見つけ出す。アレはおそらく運転免許証だろうか。
「秋山福夫本人です」
「よし、連れてけ」
という短いやり取りをすると、男達は秋山を連れて行った。奴がもっていたカメラも一緒に。
訳が分からないオレに、玄二が説明してくれた。
「落ち着いて。アイツらは敵じゃない。ここを仕切ろうとして、親組織に潰されたヤクザ、いたろ?」
「あ、ああ」
「その潰されたヤクザの残党だったんだ。さっきのヤツ。そのヤクザにさ、児童ポルノ売りつけてたんだと。オレも偶然見つけたからさ、さっき匿名のメールで親組織の方にデータ送ったんだ」
前にオレがそうしたように、玄二はオレの背中を撫でる。
「ムショに行くよりももっとひどい目に合うよ、アイツは。だから兄貴が手を汚さなくても大丈夫」
そう言うと、玄二はやっと腕の力を緩めた。ようやく見上げた玄二の顔は眉をひそめて苦し気で、それでいてどこか安心しているようだった。
「ごめん、玄二」
ようやく出たのは、そんな言葉だ。
玄二はずっとオレの事を気に病んでいる中、魔の手を断ち切っていたっていうのに。そんな一言いうだけでどれだけ掛かってるんだ、オレは。
そんなオレに、玄二はいつものように愛らしく笑う。そして疲労でボロボロなオレに手を貸して立ち上がらせた。
「大丈夫だよ。それより、早くうちに帰ろう。恋白も、お母さんも待ってるから」
それから久々に二人並んで家路につく。
マンションに着いたオレを見て、母さんも恋白も驚いていた。何事かと聞かれたが、玄二が「通りに出た痴漢を兄貴が倒して交番に連れてった」と誤魔化してくれたので助かった。
「まぁたアンタは無理して……玄二くん。救急箱用意してくるから、治療してくれる? 私は恋白ちゃんと夕飯の準備しとくから」
「はい。任せて下さい」
そう言って母さんの渡した救急箱を持って、オレと玄二はリビングの隅の方で治療する。
消毒液を吸い込ませた脱脂綿を、玄二は丁寧にオレの拳に落としていく。
「沁みる?」
「ン……平気だよ」
「良かった。全部やれたら、包帯巻くから」
玄二はそのまま要領よく手当てを行い、最終的にオレの手に包帯を巻いた。少しもヨレて無く、着け心地も違和感がない。本当に玄二は何でも出来るなと感心する。
「どんな感じ?」
「すげーいいよ。本当に器用だな。玄二は」
「ありがと。でもさ、箸、持てそう?」
「あー……確かにちょっとムズイかも」
握って開いてを繰り返す分には問題はない。だがどうしても箸を持つような繊細な動きをするのには難がありそうだ。実際、試しにペンを二つ持ってみたが震えていて覚束ない。
「じゃあさ、今日の晩飯はオレが運ぶよ」
「……ハァ!?」
突然言われたことにオレは戸惑う。家族もいる中でなんてことを言うんだ。
だがその声を聞いていた母さんや恋白も、玄二の味方をする。
「ほんとに玄二くんは気遣いが出来て優しくていい子ねぇ~。潮、今日は玄二くんのお言葉に甘えなさい。人の好意を受け取るのだって、男としての器ってやつよ」
「おにいはホントにうし兄好きだよね。ベストオブ舎弟って感じ」
そう言ってオレたちを見て笑うばかりだった。
「あ~もう……わかったよ。じゃあ、よろしくな」
「はい」
そう言って満面の笑みを浮かべる玄二を見ると、昔の関係に戻ったようだ。
今日の夕飯は、デミグラスソースのハンバーグとサラダ。ポテトサラダはいつもより甘めのもので、阿古屋兄妹が来るときは母さんが角切りにした林檎を入れてくれる。
「はい、兄貴」
「あー……うぐ」
早速玄二はハンバーグをオレの口に運ぶ。自分基準なのか、オレの為を思ってか、スプーンが掬ったその量は口いっぱいになるほどデカい。濃厚なデミグラスと溢れる肉汁に苦戦しながらも、なんとかそれを飲み込む。
「ありがとな……でも次はもっと小さくていいよ」
「うん、わかった。次は何食べたい?」
「米かな」
「はぁい。これくらいでいい?」
そう言って、玄二はスプーンに乗った白米を見せる。今度はちょうどオレが一口で食ってるサイズだ。
「大丈夫」
「よかった、じゃあ」
そして再びオレの口に運んでいく。口に残ったハンバーグの旨味が白米によく合って、更に食欲が進む。フレンチドレッシングの乗ったシャキシャキとしたサラダも、蜂蜜の効いた甘めのポテサラも、そのどれもが美味しかった。年下の男にあーんされているという恥ずかしい状況を除けば、とても穏やかで幸せな夕食だった。
食べ終わり、恋白と母さんと一緒に皿を片付ける玄二の背中を眺めていた。普段はオレの仕事だが、手の傷を考慮して代わってくれたのだ。
それから帰宅する時間になると、パート先で貰って余ったフルーツの缶詰が入ったビニール袋を母さんがオレに渡した。
「これ、もし持てたら玄二くんたちに渡してくれる?」
「ん。それくらいなら大丈夫。いってくる」
彼らを家まで送るのはオレの役目だ。彼らの家はこのマンションから遠くない場所にある戸建てで、遠い親戚が彼らに無償で貸しているものだと以前玄二に聞いた。
『不動産やってる人らしくってさ、今まで放っておいた事への慰謝料代わりにタダで貸してくれてるんだよ。月に何度か家政婦さん呼んで、家事も代わってくれて、料理も置いてってくれるし。正直ありがたいとは思うけど、そこまでしてもらう義理はない関係だからさ、成人して金稼げるようになったらいくらか返すつもり。なんつうかオレにとっては、二、三回くらいしか会ったことない、金寄越すだけのその人より、兄貴や春江お母さんの方が家族だから』
そんな嬉しい事を言ってくれたことを思い出す。
夜道で恋白と話している玄二の横顔をふと見る。
コイツは……オレが本当だったら唯一の家族を奪った人間だって知っても、こんな笑顔を見せてくれるんだろうか。
兄妹の家までつくと、数時間前にした会話を思い出す。
夕食の後、オレは玄二と二人で話し合う。そう約束した。
玄二はそれを忘れてはいない。
「恋白。オレと兄貴、ちょっと話してくるから先寝といてくれる? 鍵はオレが持っとくから、内鍵は閉めてて大丈夫だから」
「うん。わかった。じゃ、うし兄。おやすみ」
そういって鍵を見せる兄を見ると、しょうがなさげな笑みを浮かべ、手を振りながら恋白は扉を閉めた。
……もう、逃げられない。向き合わなければ。
玄二と、オレ自身の気持ちに。
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