オレが推しを抱くなんて! かませ犬転生元社畜×闇深最強ラスボス 

毒島醜女

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十章

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「話、するんだよね?」

扉が閉まっているのを確認してからそう言う玄二の声は、いつもより小さくて風にかき消されそうだった。

「うん」

唸るような返事しか、オレは出せなかった。

「あのさ、わがまま言っていいなら、あそこで話したいな。オレたちが初めて出会った公園」
「あの公園で、いいのか?」
「あそこなら、心の中の全部、兄貴に話せる気がするんだ。兄貴もそうなら、嬉しい」

オレたちが初めて会った場所。
ほんの偶然で、玄二と恋白を助けたあの公園。いや、助けたなんて言えるだろうか。ただ代わりに殴られただけなのに。
それでも、玄二が望むことなら従うことにした。

「うん。いいよ。じゃ、行こうか」

そしてオレたち二人はそのまま黙って、例公園に向かった。

「ブランコ、こんな小さかったんだな」
「玄二はデカいからな。そう思うんだろう」

確かファンブック見ると高校生で190cmだったもんな。
尻をキツそうにしながらも、玄二はブランコの座席に座りゆらゆらと揺れていた。オレもその隣に座って一緒に揺れる。

「兄貴は、昔からオレを救ってくれてたんだな」
「あの日の事だろ? オレはただ殴られてばっかだったし、実際倒したのだってミキだ」
「それもだけど、それだけじゃない……秋山ってやつのことだよ」
「!?」

そいつの名前が出た途端、オレは立ち上がった。玄二は自分の足元を見ていて、その顔には少しの憂いがある。

「お前、知ってたのか? いつから?」
「早く兄貴の家着いちゃってよ、迷惑かもしれないけど迎えにいったんだ。そしたら兄貴、あいつのこと追いかけてて……ついてったらさ、秋山ってやつが語りだして。そん時に思い出した。あいつ、兄貴にひどいことした担任だったんだな」

頬をヒクつかせながら口角を上げる。いつの間にか、オレの過去を知っていたのだろうか。
非常にいたたまれない。
だってあの時必死にあいつを殴ってたのは、玄二ともう二度と関わらせないためだった。なのにすでに玄二には気づかれていたなんて。

「ごめん……オレ、オレがもっと、早くに玄二と会えてたら……!」

やっと出てきたのはそんな台詞だった。なにもかも遅すぎたんだ。結局オレは玄二を救えてなんてないじゃないか。
そんなオレに玄二は手を伸ばす。左手を包む手は熱く汗ばんでいた。

「違うよ。謝らないで。兄貴のおかげでまたオレたちは救われたんだ」
「そんなわけ――」
「兄貴が秋山のこと殴って、あいつは教師クビになった。それであいつはオレたちを囲う余裕がなくなって追い出した。あのまま一緒にいたら、オレは、いいや、恋白まであいつに何をされてたかわからねえよ」

彼に言われて、ようやく気付く。
秋山は口淫以上の事を玄二にしようとしていた。いずれ成長した玄二に飽きたら、恋白に手を出したことは間違いないだろう。彼らに居場所がないのをいいことに。

じゃあ、オレが入る前の、本編の世界そのままの松葉潮が兄妹を救った……?

「兄貴、オレ、普通ってまだわかんねえ」

改めて手を握って玄二は言う。普段の握力はすごいはずなのに、今のその手は振り払ったらそのまま消えてしまいそうなほど、儚げだ。

「恋白のことはわかる。大事で、幸せになって欲しい。その為には何でもする。でも、兄貴への想いは違うんだ」

そこで玄二は顔を上げて、真っすぐにオレを見る。
金色の瞳は宵闇の中でも輝いていて、目が離せないほどに美しい。

「誰にも渡したくない。きっともっと、本当は綺麗で、料理も美味くて優しくて、明るくて、守ってあげたくなるような女が兄貴には相応しい。そんなことわかってるんだ。でも嫌なんだ。オレの兄貴が、兄貴のままだけじゃ嫌だ。そんなこと思ってたら、あんなヒドイことして……きっとそれは、普通じゃないことなんだろ……?」

オレの手を引いて、その手の甲に額を擦り付ける。
まるで、許しでも乞うように。

「オレのこと、嫌ってもいい。避けてもいいよ。でもさ、兄貴の事、好きって思う事だけは許して」

震える声で告白をされて、もう居ても立っても居られなかった。
こんなにも愚直で美しい想いを、オレが受け取っていいのか? やっと手に入れた恋がオレなんかでいいのか?
必死に想いを伝えてくれたのに、思うことはそんな疑問だらけだ。

「玄二。違う。違うんだ。お前は異常じゃない、ちゃんとオレが好きなんだ。嫉妬して、誰のものにもしたくない。誰にも見せない顔を自分に見せて欲しい。それだって、愛の一つだ。お前はその想いの伝え方をなんにも知らないまま、騙されて歪められたんだ」

オレはそんな人間じゃない。
だからもういっそ、本当のことを玄二に話そう。
初めて優しくした人間というだけで、勘違いしただけの彼に教えてあげなくてはならない。
松葉潮、オレ自身の弱さを。

「でもさ、オレ、お前にそんな気持ち持たれるような人間じゃないんだよ……」
「兄貴……? なんで、そんなことっ」
「オレ、ろくな人間じゃないんだよ。玄二が思うような人間じゃない」

玄二に掴まれてない右手で、オレは自分の胸を掴む。
真実を言ったところで伝わらないだろう。オレの頭じゃ、伝えられるかもわからない。
それでも言わないと。言って、玄二の悪夢を覚まさないと。

「変なこと言うけどさ、本当のオレは、ずっとずっとクズなんだ。舐められたくないってだけで誰彼構わず吠えて、トラブルばっか起こして、仲間に入れてくれたみんなに迷惑かけて……恋白だって傷つけたかもしれない。いいや。殺したんだ。それで逃げた……そういう弱い奴にばっか偉そうにするような、卑怯な奴なんだよ」

いつの間にか、涙が出ていた。
でもそれぐらいがいい。この方が玄二に軽蔑して貰えるはずだ。

「でも、さ、なのに、必死こいて変わろうとしてんだ。傷つく人間を一人でも減らしたくてさ。お前に兄貴って名乗ったりして……でも、結局……」

これが精いっぱいだった。
松葉潮という人間も、前世からのオレも、どれだって阿古屋玄二の隣にいる価値のない人間だ。
溢れた涙を拭って、強引に呼吸を整える。
いきなりこんな事言われたって、玄二はポカンとした顔でオレを見てるだけだ。

「ごめん……意味わかんねえよな」
「……うん」

そこで「でも」と加え、涙でグズグズの右手にも手を伸ばして握ってくれた。

「兄貴が苦しんできたのはわかるよ」

目を細めて、優しい笑みを浮かべている。
いつも見ている顔なのに、胸が締め付けられるほどに綺麗だ。

「兄貴、オレ、話していい?」
「……うん」
「オレさ、兄貴が本当はどういうやつなんてどうでもいいんだ」

そこでまた、指をぎゅっと握った。

「酷い犯罪者でも、卑怯な奴でも、構わない。兄貴はあの日、必死になってオレを助けて守ってくれた。それからもずっと、オレを家族として迎えてくれた。ただオレを受け入れるだけじゃなくて、オレの間違いを見つけてくれて、必死に向き合ってくれた……それで十分なんだ。
だから……兄貴の事、大好き」

そう言って、涙を玄二は零す。
その一滴を見た瞬間、オレの全てが壊された。
不安も、自己嫌悪も、戸惑いも。

「すき、だ」

ただ、その言葉だけが口から出た。
その想いを目の前の男に伝えることしかオレには出来ない。
届けたい。ずっと想い続けた気持ちを。

「玄二の事、誰より好きで、オレにとっての支えで、ずっと、側にいて守ってやりたいって思ってた。ハハ、弱いのに何言ってんだよって話だよな? でも、ほんとに……大事にしたいんだ、玄二の事」

膝を折って、玄二と目線を合わせる。
オレの手を握ってる彼の瞳からはポロポロと涙が溢れていく。
胸に突き刺すような痛みを感じると共に、目の前の人への愛おしさが湧き上がる。

「出来る限りのこと、なんでもするから……オレも玄二を、好きになっても、いい?」

次の瞬間、玄二はオレに抱き着いてきた。
もうそれだけで、十分すぎる答えだった。

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