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十二章
しおりを挟む式を終え、荷物を教室に置くとオレは玄二を迎え、一緒に帰ることにした。
「あのさ、帰る前に一緒に出掛けていい?」
「いいぜ。夕飯までには帰るからな。母さんも恋白も張り切ってんぞ~。で、どこ行きたい?」
「海だよ。そこなら電車ですぐだろ?」
オレらの学校の最寄り駅から叢雨市の海岸までは電車で十分ほどで着く。今は昼下がりだから我が家での玄二の入学祝いのディナーには余裕で間に合う。
「オーケー。じゃ、行こうか」
「ありがと! 楽しみー」
屈託のない彼の笑顔は普段より穏やかだ。オレと同じ高校に上がれたことが嬉しいんだろう。そんなに喜んでもらえると、こっちまで幸せになる。
中途半端な時間帯である為か、駅のホームは人が疎らだった。
ガラ空きの車両の中、オレの隣に座った玄二はこっそり手を握ってきた。オレの手を大事に大事に手の中に閉じ込めて、春の日差しの中車窓を眺める玄二の横顔を見つめていた。玄二の金色の目はキラキラと綺麗に輝いている。電車の揺れと一緒に揺れる深紫の毛束は、まるで藤の花のようだ。鼻筋も通っていて、日本人離れしたキリッとした目元といい、何処から見ても惚れ惚れしてしまう。
そんな男がオレに惚れているということが、どこか気恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。
目的の駅に着き電車を出ると、海特有の香りを纏った風が吹く。
「うーん……海の匂い……」
「海に来たって感じするよな」
風の吹く方を見ると、一面の水平線が広がっていた。
砂浜の白と海の青。二つの色彩が何処までも広がる世界に、自然の雄大さを感じる。
「あ、近くにコンビニある。あそこでなんか買って海沿い歩こうよ」
「うん。いいな」
そうして二人で駅を出る。海が近づくたびにしょっぱい匂いのする風が強くなる。
二人でアイスキャンディーを買って砂浜に足を踏み入れた。
ザク、ザクと音がして心地いい。それに目の前には一面の海原。やっぱり自然に触れるって癒しになるんだな、と実感する。
「海に来たの、久しぶりだ」
「来たことあんの?」
「小学の遠足でな。大きくて、その先には違う世界があるんだって、なんつうか、夢があってさ、いいな~、行ってみたいなぁ~ってガキながらに思ったよ。この海の向こうは、きっと素晴らしい世界があるんだろうなって、信じて疑わなかった……夢見がちだよな。そんなこと、あるわけないのに」
のほほんとした口調でそう言いながら、遠くを見るその目はどこか儚げだった。
そんな夢を見たって無理もない。暴力を振るわれていない点においては、玄二たちよりも幾分かマシな環境にいたオレでさえどこかへ逃げ出したいという気持ちはあった。いや、今実際別世界にいるんだけど。
「でもさ、今、ここの街にいてよかったって思ってる。ダチも出来て、恋白も元気で笑ってて、優しいお母さんがいて、兄貴に会えたから……オレにとって初めて大好きになった人」
すでに食べきったアイスキャンディーの棒を口に入れたまま、玄二はそう言って笑う。
つらい過去を「それでもよかった」と言えるようになった。そして、彼がそう思えるようになった原因の一つにオレがいる。それが何より光栄だ。
「そう言って貰えて、オレも嬉しいよ。お前がオレを好きになってくれて、本当に嬉しい」
オレの言葉に玄二は頬を赤く染めている。
美丈夫のギャップのある仕草に、胸がキュンとしてくる。ホントに可愛いな。でもきっと、いつも完璧な玄二のこういう可愛い所を見れるのは恋人の特権なんだろうな。
玄二は自分の咥えた棒を袋に戻し、縋るようにオレの手を掴む。
背中を丸め、オレと視線を合わせる。その目は甘くオレを誘う。
「兄貴、ここでキスして欲しい」
その手は微かに震えている。
きっと、あの日の玄二も風に吹かれて孤独に震えていたんだろう。
ここから逃げたい。でも出来ない。
希望もないまま生きて、そんな恐怖や哀しみを抱えながら。
「オレは兄貴の、松葉潮のものだって。どこにも行かせないように……あの日のオレに、もう大丈夫って言うように」
一度死ぬ前から好きだった奴に今にも泣きそうな顔でそんなこと言われたら、断れるわけがない。
自分のアイスキャンディーを一気に口の中に入れて食べる。余計なものを無くしたくてすぐにビニール袋に捨てると、玄二の頬に手を伸ばす。
今まで何度もしたけど、緊張する。首を伸ばして顔を寄せ、瞼を閉じて唇を重ねる。
「ん、ふ」
どこにも行かせないように、いつもより深く。
塞ぐように唇を重ね、そこから舌を差し込む。ざらりとした生ぬるい濡れたものが舌に触れる。ぐにぐにと覚束ない動きで絡め合い、溢れる熱い唾液をちゅ、と啜る。あいつの食った爽やかで甘いオレンジの味がした。
そろそろ息が続かなくなったあたりで、口を離す。
玄二は溢れた唾液の一滴すら零したくなさそうに口を手で覆う。その大きな手からは笑みが隠しきれていなかった。
「……どうだ?」
「っ、オレ、ホントに幸せ……頭おかしくなりそう」
「おかしくなんなよ」
オレだって同じだ。
触れれば触れる程にそう思う。
目を潤ませ、今にも泣きだしそうな彼の頭を抱きしめ、その頭を撫でる。柔らかい髪が指に絡んで、とても可愛い。髪の毛すら可愛いな。背中に玄二の手が回り、離さないようにキツく抱きしめてくる。
気が済むまで撫でてやり、ようやく顔を上げた玄二と目が合った。
「平気か?」
「……もう、平気」
その笑顔には一切の迷いも何もなかった。
本当に、もう大丈夫になったんだろう。
オレたちの背中を押す潮風はとても優しく思えた。
帰りの駅のホーム、人が周りに誰もいないのを確認してぽつりと玄二が呟いた。
「兄貴。ゴールデンウイークにさ、恋白泊りに行くって。いつものダチのとこ」
「……おう」
玄二の高校入学。
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「気が早ぇって」
「高級な出前っていったらやっぱ寿司だよな~一番いいの頼むからな!」
そう言ってオレの肩に手を回す。
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