全てから捨てられた伯爵令嬢は。

毒島醜女

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地震雷火事、そして姉

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この世には様々な災害がある。
地震。雷。火事。
そして――

「ユークレース! 私、あんたの婚約者と寝たから!」

王立図書館にやってくるなり、赤毛を靡かせた派手な女はそう指を差しながら、公共の面前で言うにはあまりに下品なことを叫んだ。
その鼻の穴を広げて私を見下す目を見る度に、頭にナイフを刺されたような痛みが走る。
彼女は私の姉、ルヴィ・エーデルシュタインだ。
先述の彼女の発言からわかる通り、その性格は傍若無人、地上も天も自分中心に回っていると信じている我儘女である。

こめかみを抑えながら、私は司書として対応する。

「大きな声を出すのはやめてください。他の利用者の方々の迷惑になります」
「なぁにぃ~? ボルツを盗られてお得意の論破ごっこも出来ないのぉ~? お粗末なおつむねえ~」

私の言葉に姉はへらへらと笑って、私の襟首を掴む。
ただでさえ首が圧迫されて息が苦しいのに、目の前に姉の顔がある故に更に呼吸が浅くなる。

「ボルツも言ってたわ、あんたのこと、退屈でつまらない女って。そんな女より私を妻に迎えたいって。そもそも長女である私を差し置いて上の爵位を持つ男と結婚なんて図々しいにも程があるのよ。せいぜいこれからはお情けで拾ってくれるお優しい人が現れるまでこのかび臭い場所で引きこもってることね」

そこまで言い切ると、彼女は私を床に突き飛ばした。
音を吸収する柔らかい床材とはいえ、体格の大きな姉に叩きつけられると痛みが走る。

「今日ね、ボルツの家から正式に私を婚約者に代えるという書類が届いたわ。今夜はこれからパーティーなの。辛気臭いブスの顔なんて誰も見たくないから、来んじゃないわよ」

そう捨て台詞を吐いてようやく姉は去っていった。

いつもそうだ。
何を言ってもどう行動しても無駄。
姉は幼児がぬいぐるみを振り回すかのように、自分の気が済むまで私をいたぶっていくのだ。
両親はもう諦めているのか、それを見てみないふり。

図書館の常連が、気遣って私の方に歩いてくる。

「ゆ、ユークレースさん。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

立ち上がり、埃を払うと仕事に戻っていく。

ボルツというのは私と”かつて”婚約を結んだ辺境伯家の跡取りで、父方の従兄にあたる殿方だ。
正直、個性的な感性を持つ彼との婚約は気が乗らなかった。大体あれは両方の父同士が晩酌のノリで決めたものだし。
故に姉の寝取りは願ったり叶ったり、といった感じだ。
そもそも今日まで婚約者がいなかったのは自分のせいだと気づかなかったのか……いいや、あの姉では無理ね。

そして閉館時間になり、片付けを終え帰ろうとしていると先輩のパンジー夫人に声をかけられた。
また追加の仕事をやらされるのかと辟易しつつ、彼女の元へ向かう。
ちゃんと返事をしてついていってるのに、まるで罪人の様に腕を力強く引っ張る。姉に突き飛ばされて受け身を取って痛んでいるから、正直今日はやめて欲しい。

夜も更けた外の、人目につかない場所まで連れていくと、パンジー夫人は眼鏡のフレームを直しながら問い詰める。

「昼間のあの女は誰なの? あんなにお客様に迷惑をかけて、恥ずかしくないのかしら?」

見ていたのなら、止めてくれればよかったのに。
私よりも権威があるのだから、静かな学びの場に現れた異物を排除することなどいつでも出来たはずなのに。
肝心な時には身を隠して、自分よりも小さなものに当たり散らす。
パンジー夫人は姉とはまた違った方向で性根が曲がっている人間なようだ。
それを指摘しても火に油を注ぐだけだと身に染みて教育されてきた私は、彼女の質問に淡々と答えた。

「姉です」
「はぁ!? 姉なの!? あんなの身内にいて恥ずかしくないの!?」

恥ずかしいに決まっている。
生まれた時からどれほどあの人に悩まされて来たか知らないだろう。
だが言わない。ここで正直に言えば、彼女はドラゴンの首を取ったかのように私を「身内の悪口を言う性悪女」と周囲に言いふらすだろう。そうやって都合の悪い事実には蓋をして、私を、気に入らない存在を貶めるんだ。

パンジー夫人はそのまま姉の悪口のつもりで私への罵詈雑言を発し、それを矢継ぎ早に言い終わるとニヤリと口角を上げる。

「どうせ、あなた逃げてるんでしょう」
「どういう意味ですか?」
「言わないと分からないの!? ホントおめでたい脳味噌ね! ああいう姉のいる家庭にいたくないから、仕事してるんでしょう!?」

意味がわからない。
確かに家よりも職場の方が気が休まるのは確かだ。
身分関係なく迎えてくれる図書館に働きに出たのは、私の分の金銭を姉が無断で使い込むからであって、それでも逃げたつもりはないし職務は全うした。
しかしパンジー夫人はそれを無視し、自分の信じる”真実”を宣っている。

「私たちは誇りをもって職務に奉仕してんの! 家から逃げたい甘ったれたお嬢様の逃げ場所じゃないのよ! これだからお貴族サマは……」
「それは誤解で――」
「私にそう思わせたんだからこれは真実なの!」

滅茶苦茶だ。
よく偏見塗れな自分本位な人が知識の宝庫である図書館で働けたものだ。

「もういいわ。クビよ」
「なに、言って」
「いちいち口答えすんじゃないわよ! 私がこう言ってるんだから司書全員の総意なの! もう二度とここに来るんじゃないわよ!」

そういうと、私の名札をむんずと掴み取り、目の前で破り捨てる。
今までの私の、社会との繋がりが、あっさりと奪われていく。
パンジー夫人は気が済んだのか、フンと鼻の穴を広げて私の前から去っていく。

私はただ呆然として、地面に散った名札の破片を見つめる事しか出来なかった。

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