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初めて居場所と思える場所
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モンテノス邸での毎日は本当に幸福で充実していた。経緯こそ強引であったけれど。
逮捕されたメイドはベルンハルト王国について教育する役目も兼ねていたことで、そこに欠員が出たその時に、帝国にも詳しい王国の貴族令嬢であり教養も礼節も申し分ない私にその補填を申し出た。
現状実家にも居場所がなく職を失い、世間体的にも傷物となっている私にも彼らの申し出は名誉回復となる機会であった。
つまりは相互利益となる契約でもあるのだ。
私の身辺が潔白なものだということは、彼は調査済みだろう。
帝国の諜報は王国の上位互換ともいえるものだ。
『――いいですね。カスパル様』
『ユークレース先生の教え方のおかげだよ。「ありがとう」』
『「こちらこそです」。では15分休憩したら次は王国のマナーの授業にしましょうね』
「はい」
彼は完璧な王国語の発音でそう返事をした。
カスパルは優秀な生徒だ。
スポンジが水を吸収するようにどんどんと私の教える知識を自分のものとしていく。
それこそが帝国の外交を支えた一族の血だろう。
普段の無邪気な幼児からは想像も出来ない勤勉さと賢さに、教師として誇らしい心地になる。
私も腰を据えて休もうとした時、ドアがノックされメイドがワゴンを引きながら入って来た。
「カスパル様、ユークレース様、お茶とお菓子をお持ちいたしました」
『やった。先生、「ご一緒しませんか?」』
「ふふふ。はい」
覚えたばかりの王国語を使って私に手を差し伸べるカスパルの小さな手を取って、私たちは休憩をした。
こうして今日も無事に終わり、カスパルに別れの挨拶をして割り当てられた自室に向かった。
私の実家の自室よりも広く豪奢で、まだ少し落ち着かない。
私が此処で住み込みで働いているのは両親には報告済みだ。一応私は結婚前の身ではあるのだから。両親は納得してくれたが、姉からは「あんたみたいなブスがお手付きされるわけないんだから死ぬ気で仕事しなさいよ」という嫌味が込められた手紙を送られた。すぐに捨てたけれど。
思えば、実家で居場所と呼べるものはなかったと思う。
我儘で苛烈な姉を甘やかしてあやすだけの両親。
そんな三人に振り回される毎日。金銭だけじゃなくて私の分の食事も姉が食べるので自分でキッチンに行って自分の分の食事を用意することだってほぼいつもしていた。
それに比べれば、モンテノス邸での生活は有意義で幸福だ。
主のルドヴィグも、生徒であるカスパルも、使用人たちに至るまで私に良くしてくれている。
やりがいがあるおかげで自己肯定感があがり、自分に誇りをもって生きることが出来て、この場所を自身の居場所と感じられる。
こんな充実した毎日は、生まれて初めてだ。
※
かくしてスキルを身に付け、順調に馴染んでいたころ、私はルドヴィグの執務室に呼ばれた。
私と二人きりになるや否や、開口一番に彼はこんな事を言い出した。
「ユークレース嬢。あなたには想う殿方はおられますか?」
何を言っているのか一瞬意味がわからなかった。
でもそんな人今までいないし、男性と言うのは子作りをする社交辞令相手としか思っていなかった。
「……いません」
「婚約者がいたが、彼に関しては?」
「彼、ボルツ息とは従兄でありますし、思慕という感情は抱いて居ません。それ以前に、彼は私の姉の夫ですし」
「そうか、幸いだ」
幸い? 何が幸いなのだろう。
「もう一つ質問をするが、私は君の夫として相応しいだろうか?」
「え」
思わず声が出てしまった。
それはそうだ。尊敬できる上司だとばかり思っていた帝国の外交官からアプローチを受けているのだ。
混乱している私に、眉尻を下げながらルドヴィグは続ける。
「単刀直入すぎたことは謝る。だがこの話は君にとっても決して悪い事ではないと思うんだ」
「理由を聞いても、よろしいですか?」
「私は自分の結婚相手は帝国と王国、双方に利益のある者がよいと考えている。要するに優秀な王国出身の女性を求めているわけだ。こう言っては失礼なんだが、君ほど優秀な女性であればあるほど結婚相手が少なくなるのが王国の実情だ。外に働きに出た。法的に許されている、たったそれだけの理由で傷物扱いをする者は多い。私としても、ユークレース嬢が斯様な目に合うのは心苦しい。だからこそ、帝国の代表である私と結婚し、堂々として欲しいんだ。この国の未来のために」
「未来……?」
「私と結婚した後、君には女性の地位向上のため動いて欲しい。まずは爵位継承権を女性にも与えたいんだ。帝国の外交官夫婦の功績で、ね」
ルドヴィグは論理的なお人だ。
つまりは彼は劇を演じたいのだ。王国が為せなかった女性の社会進出を帝国の外交官、そして彼が選んだ、王国が見抜けなかった才を持った王国民の女性が成し遂げるという、感動劇を。
それでも、私は彼の考えを魅力的に感じていた。
勿論、家から離れたいという気持ちもあった。だが限られた環境で窮屈な思いをしたのも事実だ。
実家の跡取り問題もあるし、色々整理しておきたいものもある。
彼への答えは、それが済んでからでもいいだろう。
逮捕されたメイドはベルンハルト王国について教育する役目も兼ねていたことで、そこに欠員が出たその時に、帝国にも詳しい王国の貴族令嬢であり教養も礼節も申し分ない私にその補填を申し出た。
現状実家にも居場所がなく職を失い、世間体的にも傷物となっている私にも彼らの申し出は名誉回復となる機会であった。
つまりは相互利益となる契約でもあるのだ。
私の身辺が潔白なものだということは、彼は調査済みだろう。
帝国の諜報は王国の上位互換ともいえるものだ。
『――いいですね。カスパル様』
『ユークレース先生の教え方のおかげだよ。「ありがとう」』
『「こちらこそです」。では15分休憩したら次は王国のマナーの授業にしましょうね』
「はい」
彼は完璧な王国語の発音でそう返事をした。
カスパルは優秀な生徒だ。
スポンジが水を吸収するようにどんどんと私の教える知識を自分のものとしていく。
それこそが帝国の外交を支えた一族の血だろう。
普段の無邪気な幼児からは想像も出来ない勤勉さと賢さに、教師として誇らしい心地になる。
私も腰を据えて休もうとした時、ドアがノックされメイドがワゴンを引きながら入って来た。
「カスパル様、ユークレース様、お茶とお菓子をお持ちいたしました」
『やった。先生、「ご一緒しませんか?」』
「ふふふ。はい」
覚えたばかりの王国語を使って私に手を差し伸べるカスパルの小さな手を取って、私たちは休憩をした。
こうして今日も無事に終わり、カスパルに別れの挨拶をして割り当てられた自室に向かった。
私の実家の自室よりも広く豪奢で、まだ少し落ち着かない。
私が此処で住み込みで働いているのは両親には報告済みだ。一応私は結婚前の身ではあるのだから。両親は納得してくれたが、姉からは「あんたみたいなブスがお手付きされるわけないんだから死ぬ気で仕事しなさいよ」という嫌味が込められた手紙を送られた。すぐに捨てたけれど。
思えば、実家で居場所と呼べるものはなかったと思う。
我儘で苛烈な姉を甘やかしてあやすだけの両親。
そんな三人に振り回される毎日。金銭だけじゃなくて私の分の食事も姉が食べるので自分でキッチンに行って自分の分の食事を用意することだってほぼいつもしていた。
それに比べれば、モンテノス邸での生活は有意義で幸福だ。
主のルドヴィグも、生徒であるカスパルも、使用人たちに至るまで私に良くしてくれている。
やりがいがあるおかげで自己肯定感があがり、自分に誇りをもって生きることが出来て、この場所を自身の居場所と感じられる。
こんな充実した毎日は、生まれて初めてだ。
※
かくしてスキルを身に付け、順調に馴染んでいたころ、私はルドヴィグの執務室に呼ばれた。
私と二人きりになるや否や、開口一番に彼はこんな事を言い出した。
「ユークレース嬢。あなたには想う殿方はおられますか?」
何を言っているのか一瞬意味がわからなかった。
でもそんな人今までいないし、男性と言うのは子作りをする社交辞令相手としか思っていなかった。
「……いません」
「婚約者がいたが、彼に関しては?」
「彼、ボルツ息とは従兄でありますし、思慕という感情は抱いて居ません。それ以前に、彼は私の姉の夫ですし」
「そうか、幸いだ」
幸い? 何が幸いなのだろう。
「もう一つ質問をするが、私は君の夫として相応しいだろうか?」
「え」
思わず声が出てしまった。
それはそうだ。尊敬できる上司だとばかり思っていた帝国の外交官からアプローチを受けているのだ。
混乱している私に、眉尻を下げながらルドヴィグは続ける。
「単刀直入すぎたことは謝る。だがこの話は君にとっても決して悪い事ではないと思うんだ」
「理由を聞いても、よろしいですか?」
「私は自分の結婚相手は帝国と王国、双方に利益のある者がよいと考えている。要するに優秀な王国出身の女性を求めているわけだ。こう言っては失礼なんだが、君ほど優秀な女性であればあるほど結婚相手が少なくなるのが王国の実情だ。外に働きに出た。法的に許されている、たったそれだけの理由で傷物扱いをする者は多い。私としても、ユークレース嬢が斯様な目に合うのは心苦しい。だからこそ、帝国の代表である私と結婚し、堂々として欲しいんだ。この国の未来のために」
「未来……?」
「私と結婚した後、君には女性の地位向上のため動いて欲しい。まずは爵位継承権を女性にも与えたいんだ。帝国の外交官夫婦の功績で、ね」
ルドヴィグは論理的なお人だ。
つまりは彼は劇を演じたいのだ。王国が為せなかった女性の社会進出を帝国の外交官、そして彼が選んだ、王国が見抜けなかった才を持った王国民の女性が成し遂げるという、感動劇を。
それでも、私は彼の考えを魅力的に感じていた。
勿論、家から離れたいという気持ちもあった。だが限られた環境で窮屈な思いをしたのも事実だ。
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彼への答えは、それが済んでからでもいいだろう。
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