やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女

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七話 どうしてこんなことに

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そんな時だ。
ルージュが声をあげた。

「お待ちください! イライお義兄様は男性で、β性ですわ! 例えあなたがα男性だったとしても、結ばれることは出来ません!」

彼女の言葉に、他の貴族たちが賛同する。
そうだ。皆は僕がΩになったことを知らないんだ。
今僕を抱くこの男に抱かれて第二の性が転移したことを。
この場を収めるためにも僕自身の口から言葉を発しようとした、その時だった。
ぐら。
視界が歪んだ。
その瞬間、激しい熱が僕の内側から溢れ出した。

「あ……っ、ん」
「どうした?」

耳元で聞こえる低い声。
その声一つで、また体温が上がる。

(抑制剤、飲んだはずなのにヒート? どうして? もっと、飲まないと)

そう言ってピルケースの入っている胸元を探ろうとして、手元が狂った。
そしてそれが僕の足元に落ちてしまう。
ここには僕以外にもΩがいる。
だからこそ物体の正体に皆気づいてしまった。

「抑制剤だわ! どうしてβであるイライ子息が抑制剤をお持ちなの?」
「まさか、隠していたのか?」
「いや。αのフェロモンを浴びると第二の性がΩになるという話を聞いたことがある。まさか……お二人は以前から?」

ちがう。
そう言いたくても口が動かない。
その代わりにローランが喋る。

「そう。イライはこの私、ローラン・ジェスターの番となる為に、βからΩとなった」

それからピルケースを掴むと、ローランは再びヴァシリの前に向き直る。

「皇帝陛下。無礼は承知して申し上げます。我が番となるイライが不調を起こした為に、どこか休める場所をお借りしたい」
「……わかった。控室に連れていけ」
「は、はいっ」

皇帝の言葉に、控えていたメイドが僕らを案内する。
ざわめく会場からの視線が一斉に背中に刺さる。
ばれてしまった。
皆の前で、Ωになったという事が。
しかもクラウス帝国の客将であるローランとの仲にも勘付かれた。
今まで積み上げたイライ・ロザリンドとしての功績と信頼が全て消えてしまう、そんな可能性だってある。
激しい熱に焼かれながら、僕の心は不安で冷え切っていた。

「大丈夫だ、イライ。俺がいるからな」

ローランがそう言って僕の頭を撫でた。
彼のせいで僕は秘密を暴かれ晒し者となった。
本当は憎んでもいいはず。それなのに。
彼の手が僕の体に触れる。
たったそれだけなのに心が和らぎ、呼吸が楽になっていく。
熱があるのは変わらないが、僕の頭から彼以外の存在が消えていった。
控室まで案内されると、ローランはメイドに告げた。

「番の様子が落ち着いたら戻る。そう陛下に伝えてくれ」

メイドはぺこりと頭を下げ、部屋を出ていった。
薄明かりの中、僕たちは二人だけになった。

「は、う……薬」
「わかってる。飲めるか?」
「ん……ッ」

僕はピルケースを持つが、指が震えて開けることが出来ない。
しばらくすると「貸せ」とローランがケースを奪いそれを開けた。
そして、一錠自分の舌の上に乗せると、僕の後頭部を掴んだ。

「あ――」

彼が何をするのかわかって拒もうとした。
だが、それは叶わず、僕はローランからの口付けを受け入れるしかなかった。
すぐさま僕の喉の奥にローランの舌がねじ込まれる。
分厚くて長いその舌に、僕は嫌でもあの夜を思い出してしまう。

「んっ、んふ、っく」

舌が僕の口内を塞ぎ、更に唾液が注がれる。
熱く粘ついて解かされた鉄を流されているようだ。
お陰でもっと体が熱くて苦しくて仕方ない。
ローランのせいで苦しいのに、それでもΩになったばかりのこの身体は目の前の男を求めていた。

「――は! っけほ」
「大丈夫か?」
「……大丈夫、そうにみえるのかよ」

ようやく口を解放された僕は何度か咳をして、目の前の男を睨んだ。
同年代の男の中でも小柄な僕から凄まれても何も感じないかローランは僕の頭を撫でる。
腹が立って仕方ないのに、その手の温もりに安堵していく。

「お前が何故βからΩになっちまったのか。連中はもう勘付いている。隠すことはねえだろ」
「っ! そんな簡単な問題じゃない! 僕が社交界で、彼らからの信頼を得るためにどれだけ頑張ったか、知りもしないくせに簡単に言うなよ!」

最初こそリゼッタの為だった。
いつでもリゼッタがヴァシリの元へ行けるように、彼女の実家に頼らなくてもいいようにと、ロザリンド家を立て直した。
だが、それにより勝ち得た僕の功績や笑顔になった人々。
それら全てが僕の誇りになっていた。
それをいきなり現れた男に奪われるなんて嫌だった。
いくら支配されることに幸福を感じるΩになったとしても、それだけは許せなかった。
そこまで聞いても、ローランは僕の頭から手を離さなかった。

「第二の性に翻弄される人間なんていくらでもいるだろ。この国の皇帝サマだって、お前の婚約者のΩに惚れて今や夫婦だ。そんな事が許されるんだ。客将であるこの俺がβのご令息をΩにした責任を取って貰い受ける事だって、認められるだろ」
「……そんな、こと」

ないとは言えない。
第二の性は、男女の性以上に人間を狂わせる。
どんな理性を持ったとしても抗えない。
それはこの世界の共通の認識である。
それに、如何に事情はあっても婚前に肉体関係を持ってしまったことはもうバレてしまったのだ。

「俺たちは『運命の出会い』をした。そういうことにしようぜ?」

白い歯を見せて笑うローラン。
その顔をぶん殴ってやりたかった。
会場に戻ると、会場の視線が一斉に僕らを見た。
僕らがいない間にヴァシリが場を治めたのだろう。睨みこそすれ、罵声を浴びせてくる人間はいなかった。

「陛下……お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありません」
「謝るな、イライ子息。Ω性になったばかりなのだ。戸惑うこともあるだろう」

そういうヴァシリの横で、リゼッタも慈しんだ視線を送ってくれる。

「先程、私の決定を皆に話した。ローラン・ジェスターに一代限りの辺境伯の地位を授爵し、イライ・ロザリンド伯爵子息との結婚を認めると」
「……え?」

あまりにとんとん拍子すぎないか?
ヴァシリの後で、夫の手を握ったリゼッタが僕を祝ってくれる。

「イライ様。このリゼッタ、あなたを心から祝福します。どうか愛するお方と末永くお幸せに」

皇后の言葉に、貴族たちはぎこちなく拍手を贈った。
え? これ、いいのか?
満足げに「ありがたく頂戴いたします」と頭を下げるローランを見ながら、僕は唖然とした。

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