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八話 埋まっていく外堀
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宮殿を出た後、ローランは僕と同じ馬車に乗り、ロザリンド伯爵家に向かった。
僕と一夜を共にした不逞のαがクラウス帝国を救った英雄だと知ると、流石の両親も脳内の処理に時間が掛かっているようだ。
執事にいたっては僕をΩにした輩と手打ちにしようと握った剣を握ったまま固まっている。
「……ようやく、事情は理解出来た」
父は深い溜め息を吐いてそう呟いた。
それから顔を上げ、僕を見やる。
「イライ。ローラン殿との結婚は、この国にとってもお前にとってもこれ以上ないものだ」
「父上……」
「あの陛下が協力を仰いだ傑物だ。信頼できる御仁であることはお前もわかるだろう? 彼の傭兵団の力があれば、向かう所敵なしだ。それに彼は……お前をΩにした張本人だ」
「……はい」
「世継ぎの心配も、これで問題はあるまい。ローラン殿はαでお前はもうΩなのだから」
ローランの辺境伯としての地位は、一代限りだ。
さすがに永続となれば周りの頭の固い貴族は黙っていないだろう。
国の英雄との結婚。
国民としてはこれ以上ないほどの名誉だ。
それに……他人のフェロモンのせいでΩとなった元βを貰いたがる人間はいないだろう。本人以外には。
受け入れるしか、ないだろう。
話し合いを終え、帰りの為に僕らの背後をついてきたローランの馬車に、彼は乗ろうとした。
「ローラン・ジェスター様! お坊ちゃまのこと、くれぐれも頼みますよ!」
無礼を承知で叫ぶ執事に、彼は無言で手を振った。
それから僕の額に口付けた。
「明日って空いてるか?」
「え……ま、まあ、大丈夫、だけど」
「なら昼前に迎えに行くよ。一緒に食事しようぜ」
「なんで、そんな」
「俺のフェロモンに慣れとかねえと、またあの時みたいに急にヒート起こすかも知れねえだろ? それに、結婚するならお互いを良く知らないと、だろ?」
一理ある。
なんか彼に都合がいい方に話が向いてるのがムカつくけど。
※
翌朝。
朝食を終えた僕を彼は迎えに来た。
昨晩よりラフではあるが彼の威厳と力を感じさせる、深紅のジャケットを纏っている。中の白いシャツは胸元までボタンを開けていて、その逞しい胸板を晒している。
(お、男として敗北感を感じる……)
華奢な体型の僕は内心妬ましく思いながらローランを出迎え、彼から女性がされるようなエスコートを受けた。
こうされることにより、自分はただのβ男性ではなく、Ωとなったのだと思い知らされる。
普通だったら劣等感を抱くはずなのに、僕の心には不思議とそれはない。
逆にローランに触れられるたびに安心感を抱くようになっていった。
「まずは、うちのモンに挨拶しに行こう」
「傭兵団か。国の英雄だからね、土産も持っていってる。うちの領地のワインだ」
「いいねえ。俺も大好きだ」
そこで「だが」とローランは付け加える。
そしてその大きな手で僕の頬を包んで、自分の方を向けさせる。
「お前は飲むなよ、『お兄さん』。あんな姿見せるのは俺の前だけにしとけ」
それは、初めて会った時の呼び方だ。
妖艶に細められる目が、光を帯びる。
彼の視線、手から伝わる熱、香り。
その全てにドクン、と心臓が高鳴る。
どうしても思い出してしまう。
あの夜の、この体の奥に刻まれた甘い快楽を。
一瞬流されそうになるが、すぐにその手を退けて顔を背けた。
「い! いつもあんな姿を晒すまで飲むわけないだろ! あれは特別だ!」
「へえ? じゃあ俺だけが特別なのか」
「~っ! そう思いたければ好きにしろ!」
もうまともに相手をするのも疲れた僕は、彼を視界に入れないように窓の外をずっと眺めていた。
帝国の客将であるローランが率いるジェスター傭兵団は、港町の宿屋を貸し切って拠点としていた。
貴族連中は冷めた目で見ていたけど、平民からの評判はよく町中から傭兵団の皆は慕われていた。
彼らが待っている酒場の扉をローランが開けると、長テーブルで待っていた傭兵たちが一斉に立ち上がる。
皆揃いも揃って屈強な男達であり、離れていても威圧感がある。
これが歴戦の戦士としての覇気なのだろう。
「お待ちしていました! ローラン団長!」
大男が声を揃えてそう言って頭を下げる。
(こういうのどっかで見たことあるな。あ、あれだ。ヤクザ映画のお出迎え!)
自分で勝手に納得している僕を抱きながら、ローランは一歩前に出る。
「お前らに紹介する! このどんな宝石より美しいΩが、俺の番であるイライ・ロザリンドだ!」
僕のことを紹介した瞬間、辺りは拍手と指笛の大合唱になった。
「団長をよろしくお願いしますねえ! 奥様!」
「は、はは。どうも」
豪快な彼らの歓迎の言葉に、ぎこちなく僕は笑う。
そうして席について、ワインを配る。
ジョッキになみなみと次いで、ローランが立ち上がって乾杯の音頭を取る。
「お前らには感謝している。お前らがあの海で俺の判断に従って、命を賭して戦ってくれたおかげで名誉を与えられ……俺はイライに出会えた。今まで手にした中で最も尊い宝だ。本当に、ありがとな」
歯が浮くっていうか、全身がむずがゆくなってくる!
いちいち僕に甘い言葉言わないでくれ!
傭兵たちはそれをからかうことなく、机をバンバン叩いて笑っている。
「何言ってんですか団長。俺を救ってくれたのはアンタじゃないですか。そんなアンタの為だったら、俺らはいくらだって命捨ててやりますよ」
「ここにいるのは、どこにいっても居場所のなかったはぐれ者ばっかだ。そんな俺らに居場所をくれたんだ、アンタは。帝国から認められただけでなく、アンタに最愛の人まで見つかって、俺らすごく嬉しいんだ」
「お前ら……」
彼らがローランに向ける視線。
そして言葉。
それで彼らにどんな背景があり、どのようにローランが慕われていたかわかる。
……一国の軍事力に並ぶ程の力を持った傭兵団を作れる男だもんな。すごい奴なんだな。ローランって。
「さ! お祝いの席で湿っぽい話はやめましょうや! 早く飲みましょう!」
「そうっすよ団長!」
「わかった……では俺たちと、イライとの未来に祝福を。乾杯!」
ジョッキとジョッキがぶつかり、紫色の飛沫が舞う。
男達はそれを一気に飲み干してはその味を絶賛する。
「みんな気に入ったみたいだ。よかったな」
「……そうだね」
僕は彼らの姿を見ながら、ちびちびと飲んだ。
そんな僕を、ローランは愛おしそうに見つめてくれた。
僕と一夜を共にした不逞のαがクラウス帝国を救った英雄だと知ると、流石の両親も脳内の処理に時間が掛かっているようだ。
執事にいたっては僕をΩにした輩と手打ちにしようと握った剣を握ったまま固まっている。
「……ようやく、事情は理解出来た」
父は深い溜め息を吐いてそう呟いた。
それから顔を上げ、僕を見やる。
「イライ。ローラン殿との結婚は、この国にとってもお前にとってもこれ以上ないものだ」
「父上……」
「あの陛下が協力を仰いだ傑物だ。信頼できる御仁であることはお前もわかるだろう? 彼の傭兵団の力があれば、向かう所敵なしだ。それに彼は……お前をΩにした張本人だ」
「……はい」
「世継ぎの心配も、これで問題はあるまい。ローラン殿はαでお前はもうΩなのだから」
ローランの辺境伯としての地位は、一代限りだ。
さすがに永続となれば周りの頭の固い貴族は黙っていないだろう。
国の英雄との結婚。
国民としてはこれ以上ないほどの名誉だ。
それに……他人のフェロモンのせいでΩとなった元βを貰いたがる人間はいないだろう。本人以外には。
受け入れるしか、ないだろう。
話し合いを終え、帰りの為に僕らの背後をついてきたローランの馬車に、彼は乗ろうとした。
「ローラン・ジェスター様! お坊ちゃまのこと、くれぐれも頼みますよ!」
無礼を承知で叫ぶ執事に、彼は無言で手を振った。
それから僕の額に口付けた。
「明日って空いてるか?」
「え……ま、まあ、大丈夫、だけど」
「なら昼前に迎えに行くよ。一緒に食事しようぜ」
「なんで、そんな」
「俺のフェロモンに慣れとかねえと、またあの時みたいに急にヒート起こすかも知れねえだろ? それに、結婚するならお互いを良く知らないと、だろ?」
一理ある。
なんか彼に都合がいい方に話が向いてるのがムカつくけど。
※
翌朝。
朝食を終えた僕を彼は迎えに来た。
昨晩よりラフではあるが彼の威厳と力を感じさせる、深紅のジャケットを纏っている。中の白いシャツは胸元までボタンを開けていて、その逞しい胸板を晒している。
(お、男として敗北感を感じる……)
華奢な体型の僕は内心妬ましく思いながらローランを出迎え、彼から女性がされるようなエスコートを受けた。
こうされることにより、自分はただのβ男性ではなく、Ωとなったのだと思い知らされる。
普通だったら劣等感を抱くはずなのに、僕の心には不思議とそれはない。
逆にローランに触れられるたびに安心感を抱くようになっていった。
「まずは、うちのモンに挨拶しに行こう」
「傭兵団か。国の英雄だからね、土産も持っていってる。うちの領地のワインだ」
「いいねえ。俺も大好きだ」
そこで「だが」とローランは付け加える。
そしてその大きな手で僕の頬を包んで、自分の方を向けさせる。
「お前は飲むなよ、『お兄さん』。あんな姿見せるのは俺の前だけにしとけ」
それは、初めて会った時の呼び方だ。
妖艶に細められる目が、光を帯びる。
彼の視線、手から伝わる熱、香り。
その全てにドクン、と心臓が高鳴る。
どうしても思い出してしまう。
あの夜の、この体の奥に刻まれた甘い快楽を。
一瞬流されそうになるが、すぐにその手を退けて顔を背けた。
「い! いつもあんな姿を晒すまで飲むわけないだろ! あれは特別だ!」
「へえ? じゃあ俺だけが特別なのか」
「~っ! そう思いたければ好きにしろ!」
もうまともに相手をするのも疲れた僕は、彼を視界に入れないように窓の外をずっと眺めていた。
帝国の客将であるローランが率いるジェスター傭兵団は、港町の宿屋を貸し切って拠点としていた。
貴族連中は冷めた目で見ていたけど、平民からの評判はよく町中から傭兵団の皆は慕われていた。
彼らが待っている酒場の扉をローランが開けると、長テーブルで待っていた傭兵たちが一斉に立ち上がる。
皆揃いも揃って屈強な男達であり、離れていても威圧感がある。
これが歴戦の戦士としての覇気なのだろう。
「お待ちしていました! ローラン団長!」
大男が声を揃えてそう言って頭を下げる。
(こういうのどっかで見たことあるな。あ、あれだ。ヤクザ映画のお出迎え!)
自分で勝手に納得している僕を抱きながら、ローランは一歩前に出る。
「お前らに紹介する! このどんな宝石より美しいΩが、俺の番であるイライ・ロザリンドだ!」
僕のことを紹介した瞬間、辺りは拍手と指笛の大合唱になった。
「団長をよろしくお願いしますねえ! 奥様!」
「は、はは。どうも」
豪快な彼らの歓迎の言葉に、ぎこちなく僕は笑う。
そうして席について、ワインを配る。
ジョッキになみなみと次いで、ローランが立ち上がって乾杯の音頭を取る。
「お前らには感謝している。お前らがあの海で俺の判断に従って、命を賭して戦ってくれたおかげで名誉を与えられ……俺はイライに出会えた。今まで手にした中で最も尊い宝だ。本当に、ありがとな」
歯が浮くっていうか、全身がむずがゆくなってくる!
いちいち僕に甘い言葉言わないでくれ!
傭兵たちはそれをからかうことなく、机をバンバン叩いて笑っている。
「何言ってんですか団長。俺を救ってくれたのはアンタじゃないですか。そんなアンタの為だったら、俺らはいくらだって命捨ててやりますよ」
「ここにいるのは、どこにいっても居場所のなかったはぐれ者ばっかだ。そんな俺らに居場所をくれたんだ、アンタは。帝国から認められただけでなく、アンタに最愛の人まで見つかって、俺らすごく嬉しいんだ」
「お前ら……」
彼らがローランに向ける視線。
そして言葉。
それで彼らにどんな背景があり、どのようにローランが慕われていたかわかる。
……一国の軍事力に並ぶ程の力を持った傭兵団を作れる男だもんな。すごい奴なんだな。ローランって。
「さ! お祝いの席で湿っぽい話はやめましょうや! 早く飲みましょう!」
「そうっすよ団長!」
「わかった……では俺たちと、イライとの未来に祝福を。乾杯!」
ジョッキとジョッキがぶつかり、紫色の飛沫が舞う。
男達はそれを一気に飲み干してはその味を絶賛する。
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