10 / 18
九話 それはΩだから?
しおりを挟む
宴は夜まで続いた。
αも多い中で囲まれるので、僕はいつもの抑制剤を飲んでいる。
医者も言っていたが、βからΩになった人間のヒートは、生来のΩのヒートよりも不規則で不安定なことがあるそうだ。
特定のαにのみ反応する人もいれば、誰もいない場所で突然ヒートに襲われる人もいたという。
だから僕は人前に出る時は前もって抑制剤を飲むことにしている。
……もう、あの宮殿でしたような無様は晒したくない。
そう思っていたのに。
そろそろ伯爵家に戻ろうと立ち上がった瞬間、目の前がくらっと歪んだ。
酔いによるものではない。
隣にいる男のお陰で、酒の許容量は学んだからな。
ヒートだ。
息が荒くなり始めた瞬間、ローランもそれに気づいたようだ。
僕を周りから庇うように抱きしめ、そっと耳元で声をかける。
「薬、一人で飲めるか?」
「だい、じょうぶ」
そういって僕はピルケースを開け、一錠の薬を口内に入れて、飲み込んだ。
次第に鼓動が収まっていく。
熱が引く心地良さに、何度も深呼吸する。
「悪いな皆。俺のイライが飲みすぎたようだ。一先ず家に送ってく。お前らはお前らでやっててくれ」
団長の言葉に、傭兵たちは快く彼を送ってくれた。
「まだ婚約段階なんだから、送り狼になっちゃダメですからね~」
「うっせえよ」
悪態を吐きつつも仲間たちに手を振って、ローランは僕を抱えて馬車に運んでくれた。
彼の膝の上、その豊かな胸筋に顔を埋め、僕は馬車に揺られた。
「平気か? イライ」
「ん……まだ、すこし、熱い」
体は楽になったものの、熱が冷めない。
ボタンを外して胸元を解放して見てみたが、まだ収まらない。
これは酒の火照りでは決してない。
「ここから家まで結構かかるだろ。抜くか?」
「……は!?」
「懐紙持ってるし、拭くもんはあるから安心しな。今、ズボンを」
「や、め、ろ! こんなところでスる奴がいるか! この変態!」
「ヤるって……ただの処理だろ? あの部屋でしたようなことまではシねえよ」
御者に聞かれるかもしれない、ということを忘れて、僕は大声でローランを怒鳴った。
なんてとんでもない事を言う奴なんだ。
僕、こんなノンデリ野郎と結婚しなきゃいけないの?
やっぱり、イライがどうしようもない悪役だからこんな不幸な目に合うの?
……そうこうしているうちに、ロザリンド家に到着した。
彼の手を借りずに一人で降りようとしたが、そんな僕のことなどお見通しだったかのように、ローランは僕を抱き上げて門を通った。
ローランと僕を出迎えた執事は、あからさまに不機嫌な顔をした。
「……なにかお坊ちゃまに危害を加えてはいませんよね?」
「誓ってしてない。ちょっとご機嫌斜めだけどな」
といって、僕の髪を弄る。
その手を弾く気も起きなかった。
僕の寝室に向かい、ベッドに寝かせる。
その腕が、手付きが、あまりにも優しく包容力に満ちていて、更にムカついてくる。
なんでコイツはあんなに無神経で強引なのに、こういうとこだけはよく出来てるんだ。
これじゃあ嫌いになりきれないじゃないか。
「もう寝れるか?」
「ん……大丈夫」
「……本当に?」
「いいよ。何もしなくて」
もう早く帰って欲しい。
そうしないとまた、ローランの事勘違いしそうになる。
「熱冷ましに良いやつ作ってやろうか?」
「作る、って……料理、出来るの?」
「簡単なもんだけどな。で、どうだ? 食えそうか?」
そう言われてみると、小腹が空いていた。
軽いものなら口に入るかも。
それに、この男の料理がどれほどのものか知っておきたいし。
「じゃあ……スープ皿一杯分くらいの、軽いもので」
「まかせな」
ローランの大きな手が僕の巻き毛を、くしゃりと撫でる。
ローランが去った後、僕は彼の体温の名残を確かめるように頭に手を置いた。
それから十分、二十分ほど経ったころだろうか。
トマトの香りが僕の鼻をくすぐった。
メイドの開けたドアから、トレーを持ったローランが入って来た。
「……いい匂い。何作ったの?」
「野菜を細かく刻んで潰したトマトと一緒に煮込んだもんだ。体調悪いときはこれ食えば治るぜ」
僕は上体を起こし、ベッドの上で食事をすることにした。
底の深いスープ皿には細かく四角形に刻まれた様々な野菜が、赤いスープの中で煮込まれていた。
酸味のあるトマトの香りと共に、ほのかにスパイスの香りがする。
僕の前世にあったラタトゥイユに似ていた。
僕は勧められるがままに匙を取り、口に運ぶ。
とろりと口の中で野菜が溶ける。
それと同時に様々な野菜のうまみが口の中で広がる。
「美味しい……美味しいよ、これ」
「ふふ。よかった」
「ありがとね、ローラン」
そうお礼を言うと、再びローランは僕に触れた。
食事の邪魔にならないように、その頬を、指で軽く。
(……こいつに何されても、いい気分になっちゃうのは、こいつがαで僕がΩだから? どうしようもなく惹かれる関係だから、そう思っちゃうだけ?)
そんなこと思いながら、僕はただ目の前にある食事を口に運んだ。
αも多い中で囲まれるので、僕はいつもの抑制剤を飲んでいる。
医者も言っていたが、βからΩになった人間のヒートは、生来のΩのヒートよりも不規則で不安定なことがあるそうだ。
特定のαにのみ反応する人もいれば、誰もいない場所で突然ヒートに襲われる人もいたという。
だから僕は人前に出る時は前もって抑制剤を飲むことにしている。
……もう、あの宮殿でしたような無様は晒したくない。
そう思っていたのに。
そろそろ伯爵家に戻ろうと立ち上がった瞬間、目の前がくらっと歪んだ。
酔いによるものではない。
隣にいる男のお陰で、酒の許容量は学んだからな。
ヒートだ。
息が荒くなり始めた瞬間、ローランもそれに気づいたようだ。
僕を周りから庇うように抱きしめ、そっと耳元で声をかける。
「薬、一人で飲めるか?」
「だい、じょうぶ」
そういって僕はピルケースを開け、一錠の薬を口内に入れて、飲み込んだ。
次第に鼓動が収まっていく。
熱が引く心地良さに、何度も深呼吸する。
「悪いな皆。俺のイライが飲みすぎたようだ。一先ず家に送ってく。お前らはお前らでやっててくれ」
団長の言葉に、傭兵たちは快く彼を送ってくれた。
「まだ婚約段階なんだから、送り狼になっちゃダメですからね~」
「うっせえよ」
悪態を吐きつつも仲間たちに手を振って、ローランは僕を抱えて馬車に運んでくれた。
彼の膝の上、その豊かな胸筋に顔を埋め、僕は馬車に揺られた。
「平気か? イライ」
「ん……まだ、すこし、熱い」
体は楽になったものの、熱が冷めない。
ボタンを外して胸元を解放して見てみたが、まだ収まらない。
これは酒の火照りでは決してない。
「ここから家まで結構かかるだろ。抜くか?」
「……は!?」
「懐紙持ってるし、拭くもんはあるから安心しな。今、ズボンを」
「や、め、ろ! こんなところでスる奴がいるか! この変態!」
「ヤるって……ただの処理だろ? あの部屋でしたようなことまではシねえよ」
御者に聞かれるかもしれない、ということを忘れて、僕は大声でローランを怒鳴った。
なんてとんでもない事を言う奴なんだ。
僕、こんなノンデリ野郎と結婚しなきゃいけないの?
やっぱり、イライがどうしようもない悪役だからこんな不幸な目に合うの?
……そうこうしているうちに、ロザリンド家に到着した。
彼の手を借りずに一人で降りようとしたが、そんな僕のことなどお見通しだったかのように、ローランは僕を抱き上げて門を通った。
ローランと僕を出迎えた執事は、あからさまに不機嫌な顔をした。
「……なにかお坊ちゃまに危害を加えてはいませんよね?」
「誓ってしてない。ちょっとご機嫌斜めだけどな」
といって、僕の髪を弄る。
その手を弾く気も起きなかった。
僕の寝室に向かい、ベッドに寝かせる。
その腕が、手付きが、あまりにも優しく包容力に満ちていて、更にムカついてくる。
なんでコイツはあんなに無神経で強引なのに、こういうとこだけはよく出来てるんだ。
これじゃあ嫌いになりきれないじゃないか。
「もう寝れるか?」
「ん……大丈夫」
「……本当に?」
「いいよ。何もしなくて」
もう早く帰って欲しい。
そうしないとまた、ローランの事勘違いしそうになる。
「熱冷ましに良いやつ作ってやろうか?」
「作る、って……料理、出来るの?」
「簡単なもんだけどな。で、どうだ? 食えそうか?」
そう言われてみると、小腹が空いていた。
軽いものなら口に入るかも。
それに、この男の料理がどれほどのものか知っておきたいし。
「じゃあ……スープ皿一杯分くらいの、軽いもので」
「まかせな」
ローランの大きな手が僕の巻き毛を、くしゃりと撫でる。
ローランが去った後、僕は彼の体温の名残を確かめるように頭に手を置いた。
それから十分、二十分ほど経ったころだろうか。
トマトの香りが僕の鼻をくすぐった。
メイドの開けたドアから、トレーを持ったローランが入って来た。
「……いい匂い。何作ったの?」
「野菜を細かく刻んで潰したトマトと一緒に煮込んだもんだ。体調悪いときはこれ食えば治るぜ」
僕は上体を起こし、ベッドの上で食事をすることにした。
底の深いスープ皿には細かく四角形に刻まれた様々な野菜が、赤いスープの中で煮込まれていた。
酸味のあるトマトの香りと共に、ほのかにスパイスの香りがする。
僕の前世にあったラタトゥイユに似ていた。
僕は勧められるがままに匙を取り、口に運ぶ。
とろりと口の中で野菜が溶ける。
それと同時に様々な野菜のうまみが口の中で広がる。
「美味しい……美味しいよ、これ」
「ふふ。よかった」
「ありがとね、ローラン」
そうお礼を言うと、再びローランは僕に触れた。
食事の邪魔にならないように、その頬を、指で軽く。
(……こいつに何されても、いい気分になっちゃうのは、こいつがαで僕がΩだから? どうしようもなく惹かれる関係だから、そう思っちゃうだけ?)
そんなこと思いながら、僕はただ目の前にある食事を口に運んだ。
2,277
あなたにおすすめの小説
【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます
大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。
オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。
地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる
kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。
かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。
そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。
「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」
おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる