3 / 15
温かな食事
しおりを挟む正樹と同じくリタを救助した周囲の人間は、彼の見解に賛同した。
故に『不幸な生い立ちの子供を刺激しないように、あくまで町に来た外国人と接する』やり方を取ってくれた。リタの体格に合うであろう、自身の子のお下がりを与えてくれる人間もいた。
改めてこの町の人間の人柄の良さに触れ、正樹は感慨に耽った。
少年を診察してみたが、隠された外傷は見つからず、若干の栄養失調のみであった。
――やっぱり、ネグレクトを受けていたか。
苦い顔を隠し、淡々と作業に移る。
彼に与える部屋を簡単に片づけてからリタを案内すると、おずおずと銀髪の少年は話を切り出した。
「あの、先生」
「なんだい?」
「ただで世話になるわけにはいきません。明日からは私にも何か手伝いをさせて下さい」
そう言って頭を下げている。
その光景は見ているだけで痛々しかった。
正樹は思う。彼は自分を無能だという意識に囚われている。まずはその認識から変えなければならない。故に簡単な手伝いをして、小さな成功を積み重ねさせその都度褒めて、リタの自己肯定感を高めよう。
「ありがとう、リタくん。でもまずは栄養を付けないとね。そうしないと、思うように働くことなんて出来ないから」
だが、その前に食事だ。
「今は患者として、精をつける事に専念してくれ。それが僕の一番の望みだ」
「わ、わかりました」
「ところでリタくん、箸は使える?」
彼がそのような質問をしたのは、真っ当な教育を受けられなかった被虐待児は食育はおろか箸の使い方を学べない可能性が高いことを考慮したうえであった。
リタはそれに首を傾げた。
「はし?」
「こういう、二本の木の棒を使って食事を食べる事に使うものの事だけど……」
正樹がキッチンからとって見せると、リタは目を見開いて「ああ」という。
「こういうカトラリー、知ってます。我が国の同盟国のもので、マナーも学んでます」
リタは正樹の手からそれを受け取り、右手で器用に箸を持った。その所作は彼の歳頃と比べると指の使い方からなにまで完璧で、所謂『育ちの良さ』を感じさせた。
早速正樹はキッチンに向かい、腕まくりをして料理に取り掛かる。
町の漁師から貰った規格外の魚をぶつ切りに切って、塩揉みする。その間に鍋に水を溜め、火にかける。ワカメと、リタの為にいつもより小さめに切った葱も用意する。沸騰した鍋に、魚と葱を入れて更に煮立たせる。出汁が出てきたところで味噌を溶いて味を滲みこませる。
夕暮れの薄暗いキッチンに、味噌の香りが漂っていた。正樹はコンロの前で木べらを手に持ち、白米をよそった茶碗をテーブルに置いた。その視線の先には、リタがいた。
リタは居心地が悪そうにしながらも、料理を楽しみにしているのか、そわそわと椅子の上に揃えた足を揺らしていた。
ボロボロの服に包まれた細い体は、まるで風に揺れる枯れ枝のようだった。正樹の目には、彼が「現実から逃げ出した被虐待児」にしか映らない。それでも、目の前の少年を放っておくわけにはいかなかった。
「さ、お待たせ。浜鍋だよ。冷める前に食べてね」
正樹はそう言いながら、取り皿となる椀と箸をリタの前に運ぶ。
それから鍋をテーブルの中央に置いた。
リタは一瞬戸惑ったように正樹を見上げたが、おずおずと箸を取った。銀色の髪が揺れ、透き通った青い瞳が鍋をじっと見つめる。鍋から沸き立つ湯気、炊きたてのご飯、そして近所の親切な夫人から貰った小さな皿に盛られた漬物も添えてある。
「これ……食べていいんですか?」
リタの声は小さく、震えていた。
正樹にはそれがまるで何かを奪われるのを恐れているように思えた。
「そうだよ。君に食べてもらうために作ったんだ」
正樹はそう言いながら、リタの椀に鍋をよそう。その鍋の中にある具材を全種類入れて、汁もたっぷりと注ぐ。それを彼に返し、自分も席に着いて箸を取った。
その目はリタをしっかりと観察していた。威圧感を与えぬよう、さり気なく。
次第にリタは恐る恐る椀に口をつけた。
熱々の汁が唇に触れた瞬間、彼の目が見開かれた。初めて味わう温かさが舌の上に広がり、ほのかな塩気と魚と野菜から溢れた出汁の優しさが喉を滑り落ちる。続けてご飯を一口頬張ると、その柔らかさと甘みに小さな吐息が漏れた。
「ン……あったかかくて、美味しい……」
リタの声は小さく、だが確かに感動に震えていた。銀髪の少年の頬に、うっすらと赤みが差す。正樹はその様子を横目で見ながら、内心で少しだけ驚いていた。こんな素朴な食事で、こんなにも純粋に喜ぶなんて。
「 温かいもの食べるの初めて?」
正樹の問いに、リタはさも当たり前かのようにこくりと頷いた。
「私の場合、毒見とかなんやらで冷めているのが当たり前でした……そっか……温かい料理って、こんな味なんだ」
その言葉に、正樹の眉が一瞬だけ動いた。
『私の場合』『毒見』
受けてきた冷遇をそうやって解釈したのか、と内心で溜め息をつきながらも、彼は黙って自分の自分の椀を啜った。
それでも、リタの小さな笑顔を見ていると、正樹の胸の奥に何か温かいものが広がるのを感じていた。医者として、保護者として、そしてただの人間として――この少年を救いたいと、そう思わずにはいられなかった。
20
あなたにおすすめの小説
失礼ながら殿下……私の目の前に姿を現すな!!
星野日菜
ファンタジー
転生したら……え? 前世で読んだ少女漫画のなか?
しかもヒロイン?
……あの王子変態すぎて嫌いだったんだけど……?
転生令嬢と国の第二王子のクエスチョンラブコメです。
本編完結済み
新緑の光と約束~精霊の愛し子と守護者~
依羽
ファンタジー
「……うちに来るかい?」
森で拾われた赤ん坊は、ルカと名付けられ、家族に愛されて育った。
だが8歳のある日、重傷の兄を救うため、ルカから緑の光が――
「ルカは精霊の愛し子。お前は守護者だ」
それは、偶然の出会い、のはずだった。
だけど、結ばれていた"運命"。
精霊の愛し子である愛くるしい弟と、守護者であり弟を溺愛する兄の、温かな家族の物語。
他の投稿サイト様でも公開しています。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
森の中の憩いの場〜薬屋食堂へようこそ〜
斗成
ファンタジー
人里遠く離れた森の中、植物の力を見せつけるような、居心地の良いと評判の店があった。どんな薬も取り揃えており、お茶を飲ませてくれる薬屋だ。そんな薬屋には、妖精族、エルフ族、ドワーフ族、狼族、犬人族、龍族、小人族…etcなど、多様な種族が姿を見せる。
冒険心や退屈心を全く感じない、未知に一切興味がない薬屋の主人がのんびりと店を経営していく中で、店に集まる魔物や動物たちと平和に和やかに過ごしていく。
【完結】婚活に疲れた救急医まだ見ぬ未来の嫁ちゃんを求めて異世界へ行く
川原源明
ファンタジー
伊東誠明(いとうまさあき)35歳
都内の大学病院で救命救急センターで医師として働いていた。仕事は順風満帆だが、プライベートを満たすために始めた婚活も運命の女性を見つけることが出来ないまま5年の月日が流れた。
そんな時、久しぶりに命の恩人であり、医師としての師匠でもある秋津先生を見かけ「良い人を紹介してください」と伝えたが、良い答えは貰えなかった。
自分が居る救命救急センターの看護主任をしている萩原さんに相談してみてはと言われ、職場に戻った誠明はすぐに萩原さんに相談すると、仕事後によく当たるという占いに行くことになった。
終業後、萩原さんと共に占いの館を目指していると、萩原さんから不思議な事を聞いた。「何か深い悩みを抱えてない限りたどり着けないとい」という、不安な気持ちになりつつも、占いの館にたどり着いた。
占い師の老婆から、運命の相手は日本に居ないと告げられ、国際結婚!?とワクワクするような答えが返ってきた。色々旅支度をしたうえで、3日後再度占いの館に来るように指示された。
誠明は、どんな辺境の地に行っても困らないように、キャンプ道具などの道具から、食材、手術道具、薬等買える物をすべてそろえてた。
3日後占いの館を訪れると。占い師の老婆から思わぬことを言われた。国際結婚ではなく、異世界結婚だと判明し、行かなければ生涯独身が約束されると聞いて、迷わず行くという選択肢を取った。
異世界転移から始まる運命の嫁ちゃん探し、誠明は無事理想の嫁ちゃんを迎えることが出来るのか!?
異世界で、医師として活動しながら婚活する物語!
全90話+幕間予定 90話まで作成済み。
精霊に愛される(呪いにもにた愛)少女~全属性の加護を貰う~
如月花恋
ファンタジー
今この世界にはたくさんの精霊がいる
その精霊達から生まれた瞬間に加護を貰う
稀に2つ以上の属性の2体の精霊から加護を貰うことがある
まぁ大体は親の属性を受け継ぐのだが…
だが…全属性の加護を貰うなど不可能とされてきた…
そんな時に生まれたシャルロッテ
全属性の加護を持つ少女
いったいこれからどうなるのか…
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる