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危険人物…?
しおりを挟む朝、シーツを片付け、朝食を食べて診療所の掃除をする。
それがリタの日課となっていった。
――いつか料理も手伝えたらな。他にも家事を覚えたい。
腫物に触れるようにかしずいてくる使用人に世話をされるのが嫌で、見様見真似で自分の周りだけは掃除出来る技術を学んだのはよかった。そうリタはほくそ笑んだ。
トントン
診療所の引き戸がノックされる。
まだ診察時間ではないが、来客の可能性はある。
夜釣りから戻った近所の人がまた魚を分けに来てくれたのだろうか。
「はい、今出ます」
内鍵を開けて、リタは扉をスライドさせた。
目の前の男にリタは一瞬たじろいだ。
太陽が燦々と輝く朝であるのに、彼の姿はまるで闇に溶け込んでいるかのようだった。
細身であるが確かに筋肉があって背が高く威圧感を放つ体格、金色のメッシュの混ざったやや長めの黒髪が無造作に顔にかかり、笑みは湛えているものの髪の隙間から覗く鋭い目元がその中に潜む冷徹さを覗かせる。
そのくせどこか飄々とした雰囲気を漂わせており、まるで何もかもが自分の掌の中にあるかのように、無理に何かを示すことなく存在している。
「おはよう。名倉先生いる?」
「あ、ええ、マサキ先生ですね。少々お待ちください」
診療所の居住スペースに向かい、正樹の元に駆けたリタは彼に男の事を話した。
※
診察室で怪しげな男、蜂宮剣と対面する。
彼が現れると、周囲の影が自然と引き寄せられるように集まり、静寂が支配していく。
蜂宮はいつも闇と空気に溶け込んだかのように、目立つことなく丸椅子に腰かけている。
だが、彼が少し身動ぎする度に異常な緊張感が漂う。まるで、何かが起こる前の静けさのような、そんな感覚だった。
蜂宮は数か月前に正樹が救った男だ。
凡そ普通では負うことはないであろう傷を負った彼を、正樹が診療所まで運んだ。それからしばらく回復するまでそこに置いておいた。
「こんな男を救うなんてねぇ」
と、いう蜂宮に。
「それが僕の仕事だからね」
と、正樹は返した。
無事に回復すると、蜂宮や正樹に連作先を渡した。
「お礼は必ずさせていただきます、先生。こちらに掛けて下さればなんでもしますよ」
そこまで言って、蜂宮は去っていった。
後日、診療所のポストに万札の入った封筒が蜂宮の名前で投函されていた。
本来なら、一患者である彼がくれた連絡先は使うつもりはなかった。しかし正樹が彼を頼ったのはひとえにリタの為だった。
警察に頼るわけにはいかない。正樹が抱える過去の経験から、人間不信が強く根付いていた。ましてや、リタのような存在を警察に託すわけにはいかない。彼の立ち振る舞いからしてリタの保護者はかなりの身分のある人間だ。警察であれば好きなように動かせるだろう。
何かしらの大きな秘密があるのだろうリタを知って、守るには、正規の手段に頼ってはいられない。
リタとの出会いから、彼の認知、そして立ち振る舞い、全ての事を話すと、蜂宮はふぅん、と鼻を鳴らした。
「おかしくなったガキを拾うだなんて……また面倒なことに巻き込まれましたね、先生」
「……これは彼の為なんだ。穏便に調べてくれよ」
「もちろん。じゃ、仕事はこなしますから」
そう言って頭をかいて、彼は立ち上がる。
「よろしく頼む」
そこで二人は別れた。
診察室を抜けると、ちょうど外の掃除を終えたリタが戻って来た。
彼は蜂宮に気づくとぺこりと頭を下げた。
「あの、少し話しても?」
「どうぞ」
「蜂宮さんって、以前ここに来たことあるですか?」
頑なだった表情を緩め、今はその青い目を輝かせて自分を見る。そんなリタに蜂宮は首をひねった。
「じゃあ、蜂宮さんも先生に救われたんですね」
「ま、そうゆうことになるな」
「……すごいですよね。あの人。私のこともここに置いてくれて、支えてくれて……頑張ろうって気持ちになります」
頬を赤らめながらそう言うリタ。
そこでしばらく間をおいてはっと顔を上げた。
「あ! ごめんなさい引き留めてしまって! じゃ、お大事になさってくださいね、蜂宮さん!」
リタが診療所の引き戸を開けてから小さく手を振ると、蜂宮剣は軽く口角を上げて応えた。
「……ん、じゃあね。リタくん」
朝の陽光が彼の金メッシュに反射し、まるで闇に溶け込むようであったその姿に一瞬の柔らかさが宿ったように見えた。
鋭い目元は髪の隙間から覗きつつも、どこか飄々とした雰囲気を崩さず、彼は無理に何かを示すでもなく自然に踵を返す。リタの純粋な笑顔が空気に溶け込む中、蜂宮の背中からは異常な緊張感も静寂も薄れ、ただ穏やかな余韻だけが漂った。
悪くはないと言いたげな顔で、彼は診療所を去っていった。
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