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三話 思わぬ再会
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今日の分の事務仕事を、昼になる前に済ませてしまった。
追加で何か仕事をしようか、とも思ったが疲れが体にのしかかった。
背中が重くなり、僕はゆっくりと席を立ちあがった。
「庭の東屋にいるよ。昼の支度が出来たら、呼んでくれ」
僕から書類を受け取った執事は「かしこまりました」と言って下がる。
中庭にいくと、草いきれと甘い花の匂いがした。
夏の日差しは生命を生き生きとさせ、燦々と降り注いでいる。
久しぶりに自然を身に感じながら、僕は東屋の影に入った。
当たり前のことだが、影に入れば日向より涼しい。しばやく外の空気を吸って休むにはいいだろう。
ここ最近部屋にこもりっきりだった僕は、目を閉じて自然に身を任せた。
さっきから香っている上品な香りは、百合だろうか。
確か両親が好きだったな。プロポーズに渡した花束に選んだとか言ったっけ。
今度彼らのいる領地に視察に行くついでに、幾つか持っていこう。
そんなことを思っていると、足音がこちらに近づいていることに気づいた。
執事だろうか?
……いいや。違う。
彼は壮年で細身だ。こんな重々しい足音をしていない。
庭師? そんなはずはない。朝のうちに仕事は終えているはずだ。
「誰……?」
怪訝に思いながら、僕は瞼を開けた。
その時僕は、本当に口から心臓が出そうになるほど驚いた。
僕が休んでいる東屋の中に大男がいるのだ。
彼の身に纏っている軍服は、確かにグラン王国のものだ。
それが更に僕を混乱させた。
王を守る近衛兵には最近世話になったばかりだが、国を守り有事の時には戦いに出る軍人がどうして僕の元に来たのだろう。
訳も分からず押し黙っている僕に、大男は尋ねた。
「お久しぶりです。オリバー様。俺のこと、覚えていますか?」
名前まで知っている! 怖い!
「あ、あの、あなたは……?」
「俺がわかりますか? 俺です」
「いや、だから、あなたは誰ですか? 用件を言わないなら、今から――」
僕が言いかけた所で、大男は膝を折って跪く。
さっきまで影になって見えなかった顔が、目の前にある。
すっと通った鼻筋。がっちりとした輪郭。凛々しい目元。少し癖のある金髪に軍帽を被っている。
トクン。
胸が高鳴るのは、Ωとしての本能だろう。
大男は、ビックリするほど美青年だった。
「え……?」
そこで僕は違和感を覚えた。
彼の緑色の瞳。
まるで夏の日差しを浴びた若草のような鮮やかに輝くエメラルド。
長い睫毛に縁どられるその眼差し。
僕はこの目を知っている。
だが、記憶の中の彼と目の前の彼はあまりにかけ離れている。
それでも、僕はその名を呟いた。
「……クレイ、なの?」
僕がそう言った瞬間、大男は満面の笑みを浮かべた。
大きさは変わっても、その笑みはあの日と変わってない。
「そうです! クレイ・アレクシアン。軍での勤めを終えて帰ってきました!」
「本当にクレイ? その……変わったね」
再会の嬉しさよりも、戸惑いがあった。
彼、クレイ・アレクシアンはかつて行事見習いとして僕に従者として仕えていた、子爵家の三男坊だった。
僕より年下で背も頭一つ分小さく、髪を伸ばせば美少女と見紛うであろう美貌を持った、美少年であった。
だが本人はこれを良しとしていなかった。
彼の生まれた子爵家は、平民の軍人から授爵して、功績を積んで成り上がった一族だ。
母親に似て中性的な容姿に、彼はコンプレックスを抱いていた。
『俺は、男として、オリバー様の隣に並びたいです』
胸に拳を叩きつけて、そういうクレイの真っすぐな瞳を今でも思い出す。
その容姿に似合わぬ剛力によって、Ωだと侮って突っかかってくる輩から僕をよく守ってくれたっけ。
見習い期間が終わり、軍に働きにいくことになった別れの日。
彼はこう誓った。
『俺はいつまでもあなたの味方です。何があってもあなたをお守りできるよう、精進いたします』
本当にどこまでも真っすぐな男だった。
色んな企みや陰謀、腹の探り合いが当たり前な社交界ばかり見てきた僕にとって、クレイのその精神は何よりも眩く思えた。
「ところで早速なのですが、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「うん? なんだい?」
改まってそう聞くクレイに、僕は首を傾げた。
「俺のいた部隊は、王都の知らせが遅れてくるもので、オリバー様に起こったことはつい最近知ったのです。それで、失礼を承知でお尋ねますが……オリバー様はその婚約者の、アンジェラ様に対してご好意はお持ちですか?」
突然の問いに戸惑った。
彼はこんなゴシップが好きだったっけ?
でもまあ、別れてから随分経つし人も変わるか。
「いいや。そういった感情はないよ。彼女とはスミス家の借金を消してもらうのを条件に婚約しただけだからね」
「……! そうなのですね! では、今の結婚のご予定は? 誰か相手はおられますか?」
「うーん。なんか、そういうのに疲れたからね……しばらくは地道に働いて、そのうちに探すかな、とは思ってるかな」
僕がそういうと、クレイは笑顔から一変して、真剣な顔をした。
すう、と深く息を吸い込んでから、体勢を整えた。
僕の前に膝をつき、その手を取る。
まるで、そう、求婚でもしているかのように。
「この言葉をあなたに告げる日を、ずっと心待ちにしておりました……オリバー・スミス様。どうかこの俺の伴侶となって下さい」
追加で何か仕事をしようか、とも思ったが疲れが体にのしかかった。
背中が重くなり、僕はゆっくりと席を立ちあがった。
「庭の東屋にいるよ。昼の支度が出来たら、呼んでくれ」
僕から書類を受け取った執事は「かしこまりました」と言って下がる。
中庭にいくと、草いきれと甘い花の匂いがした。
夏の日差しは生命を生き生きとさせ、燦々と降り注いでいる。
久しぶりに自然を身に感じながら、僕は東屋の影に入った。
当たり前のことだが、影に入れば日向より涼しい。しばやく外の空気を吸って休むにはいいだろう。
ここ最近部屋にこもりっきりだった僕は、目を閉じて自然に身を任せた。
さっきから香っている上品な香りは、百合だろうか。
確か両親が好きだったな。プロポーズに渡した花束に選んだとか言ったっけ。
今度彼らのいる領地に視察に行くついでに、幾つか持っていこう。
そんなことを思っていると、足音がこちらに近づいていることに気づいた。
執事だろうか?
……いいや。違う。
彼は壮年で細身だ。こんな重々しい足音をしていない。
庭師? そんなはずはない。朝のうちに仕事は終えているはずだ。
「誰……?」
怪訝に思いながら、僕は瞼を開けた。
その時僕は、本当に口から心臓が出そうになるほど驚いた。
僕が休んでいる東屋の中に大男がいるのだ。
彼の身に纏っている軍服は、確かにグラン王国のものだ。
それが更に僕を混乱させた。
王を守る近衛兵には最近世話になったばかりだが、国を守り有事の時には戦いに出る軍人がどうして僕の元に来たのだろう。
訳も分からず押し黙っている僕に、大男は尋ねた。
「お久しぶりです。オリバー様。俺のこと、覚えていますか?」
名前まで知っている! 怖い!
「あ、あの、あなたは……?」
「俺がわかりますか? 俺です」
「いや、だから、あなたは誰ですか? 用件を言わないなら、今から――」
僕が言いかけた所で、大男は膝を折って跪く。
さっきまで影になって見えなかった顔が、目の前にある。
すっと通った鼻筋。がっちりとした輪郭。凛々しい目元。少し癖のある金髪に軍帽を被っている。
トクン。
胸が高鳴るのは、Ωとしての本能だろう。
大男は、ビックリするほど美青年だった。
「え……?」
そこで僕は違和感を覚えた。
彼の緑色の瞳。
まるで夏の日差しを浴びた若草のような鮮やかに輝くエメラルド。
長い睫毛に縁どられるその眼差し。
僕はこの目を知っている。
だが、記憶の中の彼と目の前の彼はあまりにかけ離れている。
それでも、僕はその名を呟いた。
「……クレイ、なの?」
僕がそう言った瞬間、大男は満面の笑みを浮かべた。
大きさは変わっても、その笑みはあの日と変わってない。
「そうです! クレイ・アレクシアン。軍での勤めを終えて帰ってきました!」
「本当にクレイ? その……変わったね」
再会の嬉しさよりも、戸惑いがあった。
彼、クレイ・アレクシアンはかつて行事見習いとして僕に従者として仕えていた、子爵家の三男坊だった。
僕より年下で背も頭一つ分小さく、髪を伸ばせば美少女と見紛うであろう美貌を持った、美少年であった。
だが本人はこれを良しとしていなかった。
彼の生まれた子爵家は、平民の軍人から授爵して、功績を積んで成り上がった一族だ。
母親に似て中性的な容姿に、彼はコンプレックスを抱いていた。
『俺は、男として、オリバー様の隣に並びたいです』
胸に拳を叩きつけて、そういうクレイの真っすぐな瞳を今でも思い出す。
その容姿に似合わぬ剛力によって、Ωだと侮って突っかかってくる輩から僕をよく守ってくれたっけ。
見習い期間が終わり、軍に働きにいくことになった別れの日。
彼はこう誓った。
『俺はいつまでもあなたの味方です。何があってもあなたをお守りできるよう、精進いたします』
本当にどこまでも真っすぐな男だった。
色んな企みや陰謀、腹の探り合いが当たり前な社交界ばかり見てきた僕にとって、クレイのその精神は何よりも眩く思えた。
「ところで早速なのですが、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「うん? なんだい?」
改まってそう聞くクレイに、僕は首を傾げた。
「俺のいた部隊は、王都の知らせが遅れてくるもので、オリバー様に起こったことはつい最近知ったのです。それで、失礼を承知でお尋ねますが……オリバー様はその婚約者の、アンジェラ様に対してご好意はお持ちですか?」
突然の問いに戸惑った。
彼はこんなゴシップが好きだったっけ?
でもまあ、別れてから随分経つし人も変わるか。
「いいや。そういった感情はないよ。彼女とはスミス家の借金を消してもらうのを条件に婚約しただけだからね」
「……! そうなのですね! では、今の結婚のご予定は? 誰か相手はおられますか?」
「うーん。なんか、そういうのに疲れたからね……しばらくは地道に働いて、そのうちに探すかな、とは思ってるかな」
僕がそういうと、クレイは笑顔から一変して、真剣な顔をした。
すう、と深く息を吸い込んでから、体勢を整えた。
僕の前に膝をつき、その手を取る。
まるで、そう、求婚でもしているかのように。
「この言葉をあなたに告げる日を、ずっと心待ちにしておりました……オリバー・スミス様。どうかこの俺の伴侶となって下さい」
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