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少年妃は拐かされる
しおりを挟む後宮で生活をして、一年経った。
相も変わらず正妃の癇癪と彼女を擁護する皇太子の世話には手を焼いた。あれで子供が出来ないのが不幸中の幸いであろう。普通はこれほどの年数が経っていても子が成せないと廃妃とされるが、ユエチャン皇太子殿下はそれを許すはずがない。
しかし次第に王宮は彼に対する不安を隠すことをしなくなった。正式には正妃にも、だが。
皇帝も第一皇子への期待を無くしていき、数人いるで男児に後継を任せんとしていた。
私の立場も変わっていくだろう。
ランパオ正妃と結婚をした折、「他の誰にもランパオを渡したくない」としてユエチャン皇太子は後宮の下賜を廃止した。ここの下賜というのは、座を離れる後宮の主が次期後継者や信頼のおける部下に妃を渡すことを意味している。
つまり名義上側妃である私は、ユエチャン皇太子が廃嫡となれば後宮を追われる事となる。
一応、家に戻れば文官として生きてやっていく自信はある。後ろ盾になってくれるであろう親戚もいる。
しかしかつて皇太子の側妃であった私の立場はかなり危ういものだ。かの皇太子夫婦を知っている者であればなおのこと、彼らの仕事を私が代行していたことも知っているのは当然だ。
出過ぎた杭は打たれるが運命。病死という事で始末されるか何かされるだろう。
「短い生涯だったな……」
暁の時、壺の中に浮かぶ睡蓮の蕾を眺める。
朝露を浮かべ純白に輝く花弁が丸まった、清らかで凛々しい花。泥の中で咲いているとは思えぬ美しさだ。
幽世に行ったら、両親はどんな顔をするだろうか。私が誰よりも出世し、莫大な富と名誉を齎すと思っていた彼らは。
がっかりして私を責めるだろうか。涙を流して同情するだろうか。
そんな事を考えていると、聞きなれてしまった声がした。
「シリウ様。お出かけしませんか?」
「出かける?……正気かお前」
時刻は起床の時間よりも数刻前であり、夜明け前。
側妃の身分でこんな時間に出かけるという事の意味を、私は理解している。
つまり、行ってはいけない場所に行くという事だ。
「ほんの少し羽を伸ばすだけですよ。準備はもう出来ておりますので」
そう言ってダリは地味な色合いの漢服を見せる。王宮の下級役人が着ているようなもので、それを纏えば誰の目にも気づかれることなくここを出れるだろう。
皇子の所有物である妃が後宮から出れば、無論死罪だ。
だが、それがなんだというのだ。
時期に私は廃妃され、どうしようもなく謀殺される。
ならばそれまで少しの勝手くらい許されるはずだ。
「支度しろ。すぐに戻るからな」
「勿論」
※
私は驚いた。都の荒れ様に。
書類だけ見てもわからぬ、色のない寂れた世界がそこにあった。
王宮の華美な女たち、肥えた役人たちはこれを必死になって隠していたのか。
地べたに座り込み、虚ろな目をしている民に聞こえぬように声をひそめてダリに尋ねた。
「なんだこれは……」
「ご自分を責めないでください。あなたが民の為に通した、と思っておられる法案は皆皇太子殿下が却下しました。玉璽を握っているのは彼ですからね」
「金策はしただろ。民達に使う金はどうなった?」
「……あのお方が一番尊ぶ者に捧げられました。ここまで言えばおわかりでしょう?」
私は、つくづく頭がいいようだ。
それ故にわからなかった。自分が想像も出来ぬほどの馬鹿がこの世にはいる事に。
「天誅~……天誅~……」
そんな寂れた大通りに、不釣り合いなまでに覇気に満ちた声が響く。
道の向こうから群衆が現れていた。「天誅」と書かれた旗を掲げ、武装した男達は鬼気迫る表情で王宮の方へと向かっていた。
「シリウ様。こちらへ」
ダリは私を自分の背に隠して、彼らに気取られぬよう路地裏へ移動した。
「あれは、反乱軍か?」
「ご名答。流石ですね」
「だがあの整備は何だ? まるで一国の兵士だぞ? 飢えた民があれだけ用意出来るわけがないっ」
「ヒルミ国の支援がありましたからね。武器や防具、食料の提供のみならず訓練や傭兵の派遣もしてくれています。我が国の軍はかなりの苦戦を強いられるでしょうね」
ヒルミ国。隣り合う国であり海に囲まれた強国だ。
同盟は組んでいたし友好的に付き合っていた。そのはずだ。
「……何があった?」
「単純なことです。かの国の大使がランパオ妃に色目を使ったとして皇太子殿下が手打ちにされた」
「ははは……暗君が……」
もやは不敬罪など考える間もなく、思ったことが口に出る。
「そんな奴の側妃である私は、どうなる?」
「連座、でしょうね」
「だろうな。ハハッ……散々奴らの尻拭いをした結果がこれか……くくっ、あはは」
手で顔を覆い、笑う。
乾いた笑い声を出していないと、溢れて欲しくないものが溢れてしまいそうだった。
散々持ち上げられ、期待され持て囃されてきた。
塵芥な連中と一緒に散らされる、生贄になる為に。
こんなことになるくらいならいっそ、蔑んで放っておいてくれればよかったのに。
ふと、背中から二本の腕が私の体に巻かれる。
それが誰のものかはよくわかっている。
「捨てますか? この国を」
いつもより低く落ち着いた、ダリの声。
「捨てて、どうする? 行き場所が、あるのか」
ここを出てどこに居場所があるというんだ。
傷物の側妃などせいぜい奴隷がいいところだろうに。
「あります。この己に任せて下さい。あなたがただ一言、『捨てる』と言えば私はあなたを連れて行く」
どうせいつもの下らない冗談だろう。
なのにどうしてか、今はその大きく長い腕に縋りたくなった。
うっすらと血管が浮かぶ腕に手を添え、私は呟く。
「ダリ」
「はい」
「私は生きたい」
「はい」
「色んな世界が見たい。外国にも行きたい。本にあったような、狂ってしまうような恋を知りたい……あと、私を利用しない、ただの友になってくれる人間と会いたい。食べてみたいものもある。他にも、たくさん……」
自分の願いを言うなんて、初めてだった。
必要かそうでないか関係ない、この私の、私だけの願い。
それを求められたのも、初めてだった。
本当に何者なんだろうか、こいつは。
だが、もう、いい。
どうにでもなってしまえ。
「言って下さい。シリウ様の望みを」
「私を、攫って逃げろ。こんな国とっとと捨ててやる」
※
ある一国が二つの麒麟を失った。
一匹は黄金の一角を有する麗しき獣。もう片方は麒麟児と謳われた側妃。
国を支え、更によくするための存在であるはずの清き存在であるその二人は、色に溺れた皇帝の息子に愛想を尽かしたのだ。
蜂起した群衆に囲まれ絶体絶命になった王宮に、側妃を背に乗せた麒麟を見た時、その場にいた全員がそれを知った。
皇太子は必死に麒麟を捕らえよと命じた。自分で弓を持って麒麟を射抜こうとしたが、家臣たちに止められた。
麒麟は名君を讃え治世を助ける瑞獣だ。傷つければそれは王の死と乱世の訪れを意味する。そんな行動を自ら行った彼に対し、彼の溺愛した正妃以外、思った。この男は排除すべき存在だと。
神童をその背に乗せた麒麟は、そのまま誰の手にも捕らえられることも無く国を飛び去った。
彼らの姿を見たものはいない。
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