青空の彼方にて

鈴原りんと

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第三章:青空のその向こうへ

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 今日の青空は、少しだけ濁っている。
 そんなことはあり得ないのだが、どうにもいつものミントのような爽やかさが足りない。車通りも人通りも、今日はやけに少なくて静かだった。
 世界の終わりって、こんな感じだろうか。なんて突飛なことを考えながら俺は一人校門を抜けた。
 今日も俺は、朝早くから学校を訪れていた。
 どうしても、あの白い部屋が気にかかったのだ。たぶん、夕凪があの部屋について全く触れてこなかったからだろう。後は、自分の中の何かが無意識にあの部屋に惹かれている。記憶の多くを取り戻したあの場所ならば、何かが見つかるかもしれないし、始業までに少し調べておきたかった。
 夕凪に貰ったヘアピンで棚を動かし、階段を下りる。扉を開けば、また薬品のにおいが仄かにする病室が顔をだした。
 ……何だろう。前とは何かが違う気がする。
 少しばかり冷えた空気にそう思いながら、俺は病室の奥まで足を踏み入れた。変化は、案外すぐに発見できた。

「日記……?」

 乱れた毛布から顔を覗かせる本がそこにはあった。表紙にはDiaryと筆記体で書かれている。
 これは、前に来たときはなかった。おそらく、俺がここをもう一度訪れることを知って置いたに違いない。
 俺の記憶を取り戻すきっかけか、それとも世界の秘密が書かれたものなのか。
 俺は日記帳を手に取り、ゆっくりと開いた。
 そこには、整った綺麗な字で多くのことが綴られていた。

『――〇月×日 晴れ
 今日から日記をつけることにした。そうでもしないと、大切な何かを忘れてしまいそうだから。
 ひとまず最初は、世界についてのメモを残しておく。
 数日間、この世界を調査してみて分かったことがある。この世界は、私の願いや思いから創造されたものであるらしい。明記されていたわけではないが、この世界の不思議な事象を見れば分かる。
 この世界の主権は私が握っている。不思議なもので、私が心の中で望みを唱えれば望むものが手に入る。
 けれど、それを悪用しようとは思わない。そうしたところで、生き返るわけではないのだから。
 どうせなら、同じように若くして亡くなった子たちが安らかに眠れるように使いたい。
 私は、たった一人でそんなことを延々と続けられるのだろうか。でも、そうしていくことで、皆も私も救われる。
 何も知らないままで、青春を終えられるように。
 私は彼らに偽りの人生の記憶を与え、世界への疑問を奪い取った』

 最初の日記は、とある人物が感じた世界についてのことと、不安が綴られていた。
 俺はそれを見て、時が止まったかのように感じられた。
 この日記は、所謂『世界の支配者』のような人物が書いたものだ。主権を握る人物が、嘘みたいな話だがいるらしい。
 しかも、この人物は既に死んでいるし、同じように亡くなった人物が他にも居る。
 それから、俺たちが家族や今までのことに疑問を覚え始めたことや、抱いた世界への疑問がいつの間にか薄れていたこと。それも全て、世界の支配者が原因だった。
 あぁ、嫌だ。知りたかったけど知りたくなかったことが見えてきてしまった。それでも俺は、この日記を読むことはやめられなかった。

『――〇月×日 晴れ
 この世界に青空以外の空は存在しない。当たり前だ。他でもない私が望んだのだから。望んだというよりは、恋い焦がれていたものだから無意識みたいな感じだけれど。
 今日でまた何人かが卒業した。送ることの出来なかった青春時代をこの偽りの空間で過ごし、何も知らないまま卒業証書を受け取り、旅立っていった。彼らが生きた証は、地下の空間に墓石という形で刻まれていく。
どうか、彼らに輝かしい次の人生が待ち受けていますように。
 そう願いながら、私は今日も青空のその向こうに旅立っていく彼らを見送る。
 彼らは、幸せだっただろうか。少しでも、最後に楽しい青春を送ることができただろうか。
 そうであったなら、私がこの世界に存在する意味が生まれる。
 いつか、また『あの子』に巡り会えるまで。私はこの世界で終わらない青春を過ごしていく』

 日記を持つ手が震えた。
 この世界に来る人は皆、若くして亡くなった子供達だ。生きている人間はこの世界にはいない。
 実験体も、悪の秘密結社も関係ない。
 俺たちは、文字通り死後の世界に来ただけだった。
 頭が真っ白になりつつある中、俺の手は勝手にページを捲る。

『――〇月△日 晴れ
 この世界に来てから何年が経過しただろう。どうやらこの世界は現世とは時間の流れが違うらしく、この世界ではどのくらい時が過ぎたかが分からない。
多くの人を見送り続けて今日までこの世界で生きてきた。私は、いつまでここで歩みを止めたままなのだろう。私だけが、前を向けずにいつまでも終わってしまった生に執着している。
でも、もう一度だけ彼に逢いたくて。ここには、若くして亡くなった人以外もいつか訪れるのではないかと信じて。
けれど、若くして亡くなった子たちに少しの安らぎを与え続けたその果てに、ついに巡り合った。
 これを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。ここに来たということは、彼も十代で亡くなったのだろう。
 やはり私のことは覚えていなかった。人は死ぬと一度自分という存在を消失させてしまうのだから、当然と言えば当然。彼も他の人と同様に、大切な記憶を失ってこの世界に迷い込んだはずだ。きっと、彼も何も知らずにここを出ていく。私はただ、それを見送ればいいか』

『――〇月□日 晴れ
 私は、今回迷い込んだ四人を最後の卒業生にしようと思う。彼はきっと、私に前を向けと言うためにここに来たのだ。
 けれど、あの四人が真実を知った時、どう思うかが怖い。私がしてきたことは、正しかったのか、これからすることは間違っていないのか、何も分からない。全員が自分の死を知ったら、彼らはどうなるだろう。
 私はただ、それが怖い。せっかく友達になれたのに、最悪な終わり方をするのは嫌だ。
 まだ迷っている。
 世界の秘密――輪廻の流れに戻るための条件を少しずつ彼らに与えて、全てが揃ったら選択は彼ら自身に任せよう。
 私はこの世界と共に成仏する。
 その前に、皆を見送らなくてはいけない。それが、この世界を作り出してしまった可哀想な私が出来る最後の務めだ。

 ……私、間違ってないよね。
 ここで過ごした子たちは、ちゃんと過ごせるはずだった青春時代を過ごせたよね?
 少しは、幸せになれただろうか。
 あなたも、そうであったなら私は嬉しいな。
 どうか、真実を受け止める勇気をもって。
 私は皆を信じている。
 あなたもそうでしょう?繋くん』

 俺はそこまで読んで日記をパタリと閉じた。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。何から受け止めればいいのか分からない。日記の内容は、どれも衝撃的すぎて脳が処理落ちしている。
 まるでその日記は、俺が見ることを想定しているかのように締めくくられていた。俺はこの日記を読まなければいけなかったのだ。

 世界の秘密。
 何気ない一吹の一言から始まったチーム・コンパスの秘密調査。暴かれ始めた真実と、取り戻されていく記憶。全てが今、一つの線で繋がったような気がした。
 俺は、ようやく真実を知った。
 この世界はこの日記の主が生み出したもので、ここに訪れるのは大人になれなかった子供たちが行きつく場所だ。日記の主が彼らに、過ごせなかった青春時代を提供している。その方法までは定かではないけれど、主権者の特権で上手くやり繰りしていたのだろう。
 受け止めなければいけないことが多すぎる。
 死んでいたのは俺だけじゃなくて、ここにいる全員だ。一吹も、北原も、あずも……夕凪も。それから、他のクラスメイトも……?

 俺達が過ごしてきたのは偽りの学校生活だった。自分の死を忘れ、生者の真似事をして生きていた。
 けれど、あの生活はけして偽物なんかではなかった。本物だった。友達がいて、授業があって、行事も部活もあって、楽しいことも面倒なこともたくさんあった。
 俺達が全員死んでいたなんて、まだ信じられない。信じたくないのだ。
 でも、日記の内容が全て真実ならば全てが納得いくのだ。高所から落ちて死ななかったことも、一吹と二見の年齢の差も、地下室の墓も、全部。死後の世界という一言で、全ての謎が片付いてしまうのだ。
 俺はフラフラとした足取りで部屋を出ようとする。すると部屋の入り口に、読むべくして置かれたようなファイルが落ちていた。
 俺はそれを拾って、表紙を確認した。

 在校生一覧。
 表紙には、整った字でそう書かれていた。
 そこに書いてあった文字に、思わず「あっ」と声を零した。それが、以前まで探していた『在校生のプロフィール』だったからだ。
 一吹が記憶を取り戻したことで、これは必要なくなった。だから見なくてもいいかと思ったが、念のため確認しておく。
このファイルには数枚の紙しか綴じられていない。在校生の数とはどう見ても合致しない。残りはどこへいってしまったのだろうかと疑問に思いながらも、俺の手はファイルを開いていた。

「なんだよ……全部、本当なのかよ……」

 俺は震える声でそう呟いた。胸が張り裂けそうなくらいの苦しさに似た感情を感じているのに、涙の一つも出ない。
 
 全てを知ってしまったからだ。あの日記の内容が、嘘偽りではないことを。
 在校生のデータは四枚。うち一つはどこかへと持ち出されている。
 在校生は、南雲一吹、北原雅、東屋優芽。……そして、夕凪こころ。
 貼られた付箋には、彼らの死亡時刻と死因が丁寧に記載されていた。溺死に転落死、電車事故、病死。
 皆、壮絶な死を遂げていた。それなのに、何も知らずにあんな笑顔で……。

 気が狂いそうだった。
 調査を始めたあの日から、こんなことがあるかもしれないことは覚悟していたはずなのに。
 でも、俺は受け止めなくちゃいけない。
 だって、これは紛れもない事実なのだから。俺達が追い求めた世界の秘密と、生きる理由だ。
 俺達は歩むはずだった未来を生きるため、ここにいた。この世界は檻などではない。俺達に少しでも幸せな時間を……と願いを込めて作られた何よりも優しい世界だった。

 俺は、この日記の主に会わなくてはいけない。
 『彼女』は、ずっと俺を待っていたはずなのだから。
 俺は深呼吸をして、両頬をバチンッと叩いた。不思議と、混乱した思考も乱れた感情も吹き飛んでいく。
 清々しい気分だった。
 じんじんと頬が痛むのを感じながら、俺は白い部屋を後にした。そして、真実を全て暴くために、俺は皆を探しに向かった。
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