青空の彼方にて

鈴原りんと

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第三章:青空のその向こうへ

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「……アタシは知りたい」

 一番に答えたのは北原だった。覚悟の決まった澄んだ瞳が、夕凪を映し出す。

「こころの言う真実がどんなに辛いものでも受け止めてやる。アタシたちはそれを受け止めなくちゃならない」
「北原さん……」
「わ、私も同じです! 辛いのは嫌だけど、自分に関わることだから……私は、自分が生きるこの世界のことが知りたい」

 あずも北原と同じように答えた。胸の前で握りしめられた手は震えているけれど、表情が強気に見えた。

「……一吹くんはどう?」
「……」

 一吹は神妙な顔つきで黙り込んだままだった。夕凪を見つめたまま、瞬きを繰り返す。
 たった数秒の沈黙なのに、随分と長く重いものに感じられた。それほどまでに、この場は静まり返っていて、緊迫した空気が流れていた。

「……オレも、世界の秘密が知りたい。そのために、今まで調べてきたんだからな」

 不器用に浮かべられた笑みは、少し引きつっていた。その返事を受けた夕凪は微笑すると、俺に視線を向けてくる。

「……もちろん、俺も。夕凪の口から聞きたい」

 そう言えば、夕凪は小さく頷いて髪を耳にかけた。そして、一つ間を置くと落ち着きを放った声で語り始めた。

「この世界は、私によって作り出された世界。病気や不慮の事故で亡くなった中高生が集まる世界よ」

 端的に、それでいて詳細が分かるように告げられた言葉。一吹たちの目が見開かれていく。

「亡くなった……?」と一吹が困惑したように訊ねた。
「そうよ。ここは、いわば死後の世界。現世と天国の狭間みたいなもの。私たちは、輪廻転生の流れに戻るまで、ここで学校生活を送っているのよ」
「じゃあ、アタシたちは皆死んでるってこと……?」

 北原の怯えたような声に、夕凪はゆっくりと頷いた。
「……マジかよ」と一吹が苦し気に唇を噛んだ。あずも泣きそうな顔で俯く。北原はまだよく理解できていないようで、目を何度も泳がせていた。

「私の生前の小さな望みから生まれてしまったこの不思議な世界は、最初は何もなかった。青空だけで、街も学校もなかった。だから私は、全てを願って小さな世界を作り上げた。先生も生徒も作り出して、過ごすことのできなかった学校生活を再現したの。私だけが満足すればそれでよかった。けれど、いつの日か私と同じようにして若くして亡くなった子がここに迷い込むようになった」

 夕凪は窓枠に背中を預けると、懐古するように目を伏せた。

「ここに迷い込んでくる人はみんな、多くの記憶を失っていた。だから、自分が行くべき場所も分からないし、何をもってこの世界に来たのかも分かっていなかった。でも私は、それでいいと思ったの。ここで学校生活を送って幸せになって、何も知らないまま成仏すれば、辛いことも思い出さずに安らかに生まれ変われる。だから私は、皆に家族と今までの人生の偽りの記憶を与えて、いかにもこの世界で生まれ育ったように仕組んだの。そうすれば、何の違和感もなく幸せに過ごせると思ったから。……だけど、それは私のエゴにすぎない。だから、そろそろ終わりにしようと思ったの」

 呆然と話を聞く俺達に、夕凪が歩み寄ってくる。その顔にいつもの綺麗な微笑はなかった。

「あなた達が、私が見送る最後の学生よ。あなた達は、本当によく頑張ってくれたから。世界に対して疑問を抱いて、世界の秘密まで辿り着いた。大切な記憶も取り戻し、自らこの学校を卒業する条件を手に入れたのよ」
「……他の皆は、何も思い出せなかったの?」

 俺が問うと、夕凪は複雑そうに頷いた。

「きっかけも与えたことがあるけれど、何も思い出さなかった。だから、卒業と同時に真実を伝えたの。もちろん、自分が死んでるという事実のみを伏せてね。大切な記憶を取り戻すことがこの世界から旅立つ条件だから」
「こころちゃんは、皆の大切な記憶が何なのかを知っているの?」
「えぇ。この世界に誰かが迷い込んできた時、同時に私の部屋にその人のデータが届いていたから」
「……あの病室は、夕凪の部屋だったのか」

 在校生のプロフィールを拾ったあの部屋を思い出し呟けば、夕凪が曖昧に微笑んだ。

「……大切な記憶を取り戻せば、行くべき世界へ行けるって、成仏するってことかよ」

 一吹が足元に視線を落としてそう言った。

「そういうことになるわ。……ごめんなさい、本当に」
「こころが謝ることじゃねぇーだろ。むしろ、世界のこと全部知ってんのにアタシらのこと考えてくれてたってやばいな」
「……だけど、結局良い方向にはいかなかったかもしれない。私が迷いすぎたせいで世界のバランスが崩れて、地獄から貴方たちを狙う者が紛れ込んだり、いろんな不安を与えたりすることになってしまったわ。私は、自分のためにしか動いていなかったのよ」
「ち、違うよ!」

 語尾が掠れていく夕凪に対し、あずが声を上げた。

「こころちゃんは、私たちのために必死に頑張ってくれてた……! 優しいから、私たちが死んでいることを伝えるかずっと迷っていたんだよね? だから、その秘密を抱えたまま、なんとか私たちに真実を気づかせようと手がかりをくれたんでしょう……?」

「東屋さん……」と、珍しくハキハキと喋るあずに、夕凪が泣きそうな顔をした。

「……最初のメッセージも、旧校舎の鍵も。それから、アルバムや楽譜も、全部夕凪が用意してくれたんだよね?」
「……そうよ」

 夕凪が再び謝罪しながら告げた。
 妙にタイミングがいいとは思っていた。夕凪は、俺たちに秘密を暴かせようか迷いながら、手がかりを小出しにしていた。俺たちがそれで何も思い出さなければそれまで。思い出したのなら、選択肢を与えるつもりだったのだ。

「……全部、こころの手のひらの上だったってわけか」

 一吹が吐き捨てるように言った。下を向いた彼の表情は窺えない。
 やはり、一吹は怒っているだろうか。それともずっと隠し事をしていた友に失望したのか。
 俺はいたたまれなくなって、一吹の顔も夕凪の顔も見れなかった。
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