青空の彼方にて

鈴原りんと

文字の大きさ
36 / 39
第三章:青空のその向こうへ

16

しおりを挟む
 体育館までの道のりで、俺たちは今まで過ごしてきた教室たちをぐるりと見回した。さっきまであれほど居た学生は、今は誰も居ない。空っぽの教室が、俺たちを見送っている。ある教室の黒板には、カラフルなチョークで『卒業おめでとう』の文字が書かれていた。
 あれも夕凪が願って生み出したものなのだろうか。
 粋な事をするなぁと感心しながら、俺はこれも見納めだと全ての光景を目に焼き付けた。

「なぁ、今どんな気分?」と一吹が歩きながら訊ねてきた。
「ちょっと寂しいかも。でも、悲しいわけじゃない」
「オレも。卒業ってもっと悲しいもんかと思ったけど、それよりもワクワクしねぇ?」
「アタシら死んでるんだけどな。でもまぁ、分かるよ。寂しい気はするけど、清々しいっていうかさ……なんだろうね、春に感じる出会いと別れってこんな感じかな?」
「うん、そんな気がする。皆と会えなくなるのは寂しいけど、不思議と悲しくはないの」

 不思議と前を向く勇気ばかりが湧き上がってくる。自分の死を思い出して、これから成仏しにいくのに、俺も含めてみんな明るい表情をしていた。

「あ、ここオレが目覚めたとこだ」
「あー、廊下で寝てたら山岸先生に遅刻ですって怒られたヤツか」
「ぶっ! 一吹って山岸先生にたたき起こされたのかよ!」
「仕方ねぇだろ! オレだって寝たくて此処で寝てたわけじゃねぇよ!」

 腹を抱えて笑う北原に、一吹がガミガミと噛みつくように言った。

「まぁ、これも良い思い出ってことで」
「上手くまとめようとすんなよ繋!」
「はいはい」
「おい!」

 適当に流せば、あずが堪えきれずに北原と一緒に笑っていた。

「ついでに、このチーム・コンパスって微妙にダサい名前も思い出にしとこうよ」
「雅てめぇ、まだダセェと思ってたのかよ!」
「あ、俺もどこかで思ってた」
「繋もか!」

 便乗して言えば、一吹が忙しなくツッコミを入れていく。

「で、でも上手いネーミングだとは思うよ……南雲くんにしては、由来もしっかりしてたもん!」
「あず……褒めてんのか貶してんのかわかんねぇよ……」
「え⁉ ご、ごめんね……っ」
「おいクソ一吹、あずを泣かしたらぶっ飛ばすぞ」
「そ、それは無理!」
「……なんか、とても卒業式前とは思えないや」

 気が付けば辿り着いていた体育館の扉を前にして俺は苦笑した。実際の高校の卒業式というのも、こんな感じなのだろうか。
 高校生を卒業すれば、多くの人が県外へと旅立つものだ。中学の卒業式とは違う。卒業してあの門をくぐれば、しばらく会えなくなる。
 俺達も似たようなものだ。
 もしかしたら、一生会うことはないかもしれない。けれど、こうして普段通りに最後の日を迎えられるのがたまらなく嬉しかった。
 賑やかなこの会話も、久しぶりな気がして何だか懐かしくなった。

「あら、遅かったわね」
「夕凪、早くない?」
「あなた達が遅いのよ」

 扉を開くと、広い体育館のステージに腰掛けた夕凪が居た。待ちくたびれたといった顔で、俺達を見つめていた。

「悪い悪い、なんか卒業だと思ったらいろいろ目に焼き付けとかなきゃって思ってよ」
「私がいないところで……」

 夕凪は拗ねたようにムッとした顔を見せた。

「まぁ、別にいいけど。私は飽きるくらいこの学校見てきたし」
「最後にもう一回見とかなくていいの?」
「さすがにいいわ。それよりも、まだ見た事ない世界を見に行く方がいいじゃない」

 ステージに置いた黒い箱を持ち上げて夕凪が笑った。俺はその言葉にうなずく。
 学生のうちにしか見られない景色は、もうそろそろ見飽きる頃だ。ならば、あと一歩踏み出してまだ見ぬ世界へと行きたい。好奇心旺盛な俺達は、成仏して自分という存在が消える恐怖よりも、その先にあるものが見たいという気持ちでいっぱいなのだ。

「さぁ、早く始めましょう」
「え、でも校長とかもいねぇんだろ?どうすんだ?」
「私が皆に卒業証書を渡すわ。仮にも、この世界の主権者だし」
「そういえば、こころがこの世界を作ったんだったな」

 北原が納得したように言い、いの一番に舞台の方へと駆けていった。それと同時に、夕凪が演台に箱を置いて待機する。俺がどうしようかとのんびり歩きながら思っていれば、ステージの前に四つのパイプ椅子が突然出現した。

「うわっ、いきなり椅子が出てきた……」
「これも、こころちゃんが……?」
「そうよ。驚いたかしら?」
「すっげー! こころ、マジシャンみたい!」
「魔法みたいだね!」

 あずと北原がキラキラとした眼差しで夕凪を見上げた。当人は、マジックが成功してご満悦のようだ。

「じゃあ、簡単にだけど卒業式を始めましょう。誰から証書を受け取る?」

 校長役の夕凪が問いかけてきた。

「やっぱ出席番号順じゃね?」と一吹が提案した。
「わ、私から……!」

 あずが緊張した面持ちでピシッと背筋を伸ばした。

「決まりね。東屋さん、こちらへ来てくれる?」
「は、はい……!」

 微笑む夕凪に呼ばれたあずが、元気よく返事をした。落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をし、舞台上へと歩いていく。
 待っている間の俺達は、夕凪が用意してくれたパイプ椅子に腰かけた。あずが夕凪の前へと歩いていく様子を、静かに見つめていた。
 あずが夕凪の前で一礼をし、一歩前へ踏み出す。

 こうして、五人だけの最初で最後の短い卒業式が幕を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...