拗らせ恋の紡ぎ方。

花澤凛

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00.プロローグ

初恋は実らない

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 彼は学年の女子の三分の二が好きになる男の子だった。
 女子生徒の三人に「好きですか?」と訊ねれば二人が「イエス」と答える。そんなモテ男だった。

 彼に好意を寄せる理由はいくつかある。
 その最たる理由は彼の顔面だろう。
 くっきりした二重目と幼さが残るものの、鼻筋が通って整った顔立ちをしていた。中学生でこの完成度。芸能人顔負けのイケメンだった。
 おまけに色素の薄い髪が絵本に出てくる王子様のようだ。当然周囲の女子達は彼を見るだけでヒソヒソきゃあきゃあ騒ぐ。

 当の本人はそんな自分の顔立ちにコンプレックスを持っているみたいだけど、それはただの贅沢というわけだ。
 女子より女子っぽい。とても羨ましい。

 もちろん、モテる理由はそれだけではない。
 学業優秀、運動神経抜群でサッカー部の次期エース、という絵に描いたような典型だった。
 補足をすれば、いつも同性の友人に囲まれていることも加点される。むしろあまり仲の良い女子がいない。
 大幅に加点されるべき点がここだ。これでタラシなら女子も相手にしない。でもそうじゃない。
 彼が同性の友人との仲良さげな様子に、彼のファンたちはいつも黄色い声援を送っていた。


「今日も王子様カッコいいね」
「ねぇ~」
「二年生なのに、スタメンに選ばれたんだって!」
「えぇ!!応援に行かなきゃ!」


 彼の名は木下雅きのしたみやび
 通称、王子様。


 そんな王子様の噂は数年前、小学生の頃からあった。
 とても恰好良くてサッカーの上手い男の子が隣の学校にいる、と、近隣小学校で噂になっていた。

 中学でいくつかの小学校が寄せ集めになり、その時初めて出逢った、とても綺麗な顔立ちの男の子が彼だった。
 王子様と言われる理由は彼に会えば皆納得してしまう、それぐらい整った男の子だった。

 そして、そんな人気者の彼はいつも周囲に友人を侍らせていて、私から見て遠い世界の人。
 女子にきゃあきゃあ騒がれてちょっと、近づきたくないタイプだ。それに私なんて相手にされるはずがない。


ーーーだって私は、


「おい!結城ゴリラ!!」


 私のあだ名は“ゴリラ”。
猿顔じゃないけど、ゴリラだった。
 小さい頃から柔道をしていたせいで体格がゴリラみたいなのだ。
 肩幅が広くて、どちらかと言えばいかり肩。
 足腰がしっかりしていて、フォルムは四角。まさにゴリラ型。
 女の子らしい細い線も無ければ丸みもないし、その辺の男子には負けないぐらい逞しいふくらはぎと太腿は、王子様を見て騒ぐ女の子の二倍はある。
 おまけに、長い髪は競技の邪魔でいつもショートカット、いや、ベリーショート、とでも言うぐらいの短かさだった。

 ただ、これらは鍛錬の賜物だと自負していた。私は柔道の全国大会出場の常連だから勲章だ。
 “女の子”にしてはちょっぴり、いや、だいぶ残念だけど、誰もが出られる場じゃない全国大会に毎年出場している。それが自分を慰めた。だから別に“ゴリラ”呼ばわりはどうってことはなかった。
 

 そんな“ゴリラ”は王子様と並びたくても並べないほど似つかわしくないのはちゃんと理解していた。
 だけど王子様は、そんなゴリラに何故か興味を持ってくれた。
 
 あれは、中学一年生の夏の大会後のことだった。
 王子様に初めて声をかけられた。
 その頃、私は次の大会に向けてより一層、練習量を増やしていた。
 昼休みもこっそり体育館の片隅でひとり筋トレをしていた時、王子様がやってきた。

 二、三言葉を交わすと「俺もやる」と同じメニューをやり始めた。
 それ以降、彼は必ず昼休みに顔を見せるようになり、私と同じく筋トレを始めた。
 理由を聞けば、彼は彼なりにもっとサッカーが上手くなりたいらしく、“体づくり”だと宣った。
 王子様なのに努力家なのか、と私は驚いた。
 話してみれば、とても気さくで、全然偉そうぶってもなかった。
 クラスも違ったし、いつも人を侍らせていたから偏見だったのかもしれない。
 蓋を開ければ、王子様は意外と庶民的で人付き合いの良い努力家だった。


 学年が変わり、クラス替えがあった。
 わたしは、その王子様と同じクラスになった。
 筋トレ仲間がいつの間にか、私の王子様に変わったのもこの頃だった。
 それに気づいた時は非常に愕然とした。
 それと同時に、これは気付かれてはいけない気持ちだと理解もした。


「お。結城がチビになった」

「ちがうわよ!ビー太郎がでかくなったんでしょ!」


 悟らせてはいけない、と気持ちを隠して気安い関係になった途端、こんな可愛くない口調、いや、喧嘩腰で言葉を放つようになった。
 それが私のノーマルモード。通常運転。デフォルトだ。
 多分、女子で王子様にこんな言葉遣いをするのは私ぐらいだろう。
 普通に「馬鹿じゃないの」とか言ってたし、王子様も私を同性の友人と同じように扱った。
 それでよかった。
 下手に王子様に女を見せればどこから刺されるか分からない。
 だから、可愛くなくてもこれでいいと思っていた。

 実際、“王子様にこんな口調で”と一部の女子から睨まれたけど、ゴリラ相手にホレタハレタはないだろうと皆思っているから見逃されていた。

 それに、そんなことは自分が一番分かっているわ。
 ゴリラのくせに王子様に懸想するなんて、身の程知らずもいいところだもの。


 「ねぇ、ビー太郎」
 「ん?なに?」

 気安い関係になって私は王子様にあだ名をつけた。
 「ビー太郎」だ。
 理由は、色んなことはピカイチだけど、性格が残念だったから、B級のBだ。
 それに“みやび”の“び”をかけてある。
 
 きっかけは、ビー太郎に振られた、という女の子がその理由を泣きながら教えてくれたことだ。
 まあ、口の悪いこと、悪いこと。
 女性の扱いがなっていないのでA級ではないわね、ってことでB級なのだ。
 
 ビー太郎にはちゃんとした理由を話してはいなかったけど、変なあだ名で呼んでも許してくれた。
 ちなみに、ビー太郎というあだ名は私だけに許されたあだ名だったらしい。
 他に呼んでいる子はいなくて、それがまた、彼は私には心を許してくれているみたいで嬉しかった。

 だけど所詮、私はゴリラで、残りの三分の一に分類される。恋愛感情を持たれない、と思って安心しているのだろう。
 そんな相手に恋愛感情を見せることもできなければ、それを期待することもなかった。
 それは彼との会話でも分かった。
 全然色っぽさがない。いつも部活の話や宿題の話ぐらいだから。
 柔道ばかりしていたから、話題のドラマにはついていけなかったし、俳優やアイドルも興味がなかったから、私にはそれで良かった。
 
 だけど、こんな味気ない会話でも話が盛り上がればそれなりに見えるらしい。ビー太郎と私が仲良くしていることに気に食わない女子は一定数いた。
 何度か物を隠されたり、壊されたりもした。
 その度に「ビー太郎といると碌なことがないわ」と声を大にして言ってやった。
 「結城は友達。な?」
 ビー太郎も、友人達に「付き合ってるのか?」と聞かれるたびに呆れたように何度もそう言っていた。
 その度に「思い上がるな」と自分自身を戒めて「そうよね」と落ち込んだ。
 自分で言うくせに、ビー太郎に言われるとすごく傷ついた気になる。グサッと勝手に胸を抉られて、そのたびに笑顔を貼り付けた。

 「だから、結城は友達なんだって」
 卒業式まで三年間ずっとこんな調子だった。
 それにいつの間にか慣れてしまって、「はいはい、そうですね」と受け入れられている自分がいた。
 これが恋の終わりかな、と卒業式で早咲きの桜が舞う様子を見て溜息をついた。
 何のご縁か高校も一緒らしい。
 だけど、彼は進学クラス、私は普通科。
 これからはきっともう、今までみたいに傍にいられない。

 それを改めて実感したら、ほろりと涙が頬を伝った。
 ちょうど仲の良い友人と写真を撮っていたから「寂しくなって」と誤魔化せたけど、頭の中は彼と他愛ないやりとりをした思い出でいっぱいだった。

 まさか、そんな想いを二十数年も引き摺ることになるなんて、この時は思ってもみなかった。

 人生って世知辛い。
 現実はそう甘くないのだ。











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