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ガブリアルノ 5
それでも何とか踏ん張っていたが、リュリーノが亡くなってから一年を過ぎる頃、もうガブリアルノは公に顔を出すことすら出来ないほど麗しい顔は痩せこけ、何とか意識を保ってはいるが冴える頭脳も既に朧気になっていたある日のこと。
スーランが珍しく自ら登城し、ガブリアルノと二人きりにさせろとギュスターに直談判しに来たとの報告を受けた。
そう言えばあの毒薬の報告以来スーランと話してなかったなと今更に思い出しガブリアルノは了承する。
入室したスーランは珍しく長い髪を下ろしていた。
とてとてと緩慢な動きで謁見室の王座に座るガブリアルノの前で止まりぺこりとお辞儀をすると開口一番「傍に行っても構いませんか」と言ってきたのだ。
珍しい申し出に「良いよ…」と答えるとスーランはとてんとてんと階段を昇り、ガブリアルノの目の前まで来て徐ろに背中を向けながらんしょんしょと彼の膝によじ登ったのだ。
驚いて固まっていたガブリアルノの手を取ってスーランの腰に回させて背凭れ代わりに背中を付けてきた彼女は「まるで鶏ガラみたいな手」と言いながらもその手を優しく撫でてくれた。
そしてスーランから発せられた言葉。
「今番消しの薬を開発中です」
「…番消しの薬?」
「はい。番を亡くした、番に相手が居た、番に出逢えないなど。そのような状況の者が番を忘れる…は適切ではないですね。番の相手との日々の想い出が苦しみや絶望でなく、幸せな日々だったと思えるような…そんな薬を今私には珍しく頑張って作っています」
普段殆ど長文を話さないスーランが相手を慮って言葉を選んで話している。初めてのことだった。
「絶望、悲観、失意。全てを覆すことは出来ませんが、それでもこの薬を飲めば…幸せな番との過去が辛いものだけでなく、とても自分が幸福だったのだと思えるように…きっとなります。ですが、ある程度薬の効果は定まったんですが被験者が居なくて。――――ガブさん、なってくれませんかね」
久々に呼ばれたガブリアルノが女性の中でリュリーノとスーランだけに呼ぶことを許し与えた名称。
『ちょっとだけ会ったことのあるスーランちゃん。ガブって呼べる唯一の仲間って勝手に思っているの。たまにで良いから会いたいな』
ずぼらなスーランを可愛い可愛いと好んでいてくれたリュリーノ。それでも嫉妬心しかないガブリアルノはスーランと会わせることで外に出たがらないかと懸念しながら数回しか会わせたことがなかった。
「…リュリィとの日々、…が想い出に」
「はい。今こうやって勝手にガブさんを背凭れ代わりにしていますが、心が辛い辛いと叫んでいるのが何となくわかります。…私の勝手な解釈ですが、王妃、様はとても悲しがっているのではないかと」
「…」
「私には番を失った気持ちはわかりません。でも数回だけ会ったことがある、王妃様が…もし最愛の人が後を追ってきたら…とても悲しむと思いました」
スーランの普段まず言わない優しい言葉の数々がガブリアルノの干からびていた心に僅かに潤いを齎していく。
「リュリィは悲しむ…かな」
「勝手ながらだけどそう思います、というかそう思う人だと思います」
「…うん」
スーランの腰に回した手を少し力を入れる。
「…リュリィとの幸せだった日々を…美しい想い出として……残せたら…それを糧に生きられるかな」
「きっと。私とても頑張っているので一緒に薬を極めませんか?」
「そっか…スーランが頑張っているのか」
「珍しいですよね」
「そうだね。……私も少し頑張ってみようか」
「もう十分過ぎるほど頑張っているのでのんびりやりましょう」
「…う、ん…」
ガブリアルノはスーランのふわりとした琥珀色の髪に顔を埋めた。同時に何故スーランが髪を解いていたのかも理解する。
彼女には珍しい気遣い。少し甘めでくどくない良い香りだ。リュリーノの髪の香りに少しだけ似ていた。
ガブリアルノは顔を埋めたまま、知らぬうちに嗚咽していた。そう言えばリュリーノが亡くなった数日後から今まで、無意識に起きた時以外で泣いたことは一度もなかったことを思い出す。
声は必死に殺しながらも肩が震えるのは止められない。
スーランは一度足りとも後ろを振り返ることもなくガブリアルノの細くなった手を優しく撫で続けてくれた。
そしてガブリアルノはその状態で一年振りにまともな眠りに落ちた。
どれほど時が経ったのか。辺りは薄暗くなり、様子を見に来たギュスターはスーランを膝抱っこして眠るガブリアルノを見て珍しく眉を下げた。
目が覚め感情のままに泣いたガブリアルノは少し落ち着きを取り戻していた。
自分の胸に体重をかけていたスーランを覗くと、案の定ぐーぐー眠り口からはつつっと涎が垂れており、その姿を見たガブリアルノは久しぶりに口角が僅かに上がったような気がした。
その日からスーランは毎日同じ時間にガブリアルノの元に訪れた。
番消しの薬の進行状況を毎日報告しがてら、共に食事をし、いつも苦戦しているフルーツトマトをガブリアルノに仕留めろと言いながら、彼の口に肉や魚を突っ込んできた。
そして昼寝と称して国王の膝と胸を寝床にして謁見室に特大のソファを運ばせて二人ですやすや仮眠を摂った。
その後ホーイェン曰くスーランは他の仕事を差し置いてリュリーノが亡くなってからひたすらその薬を開発するために今までにないほど研究に打ち込んでいたと聞かされた。
ガブリアルノは自分だけでなく、同じ境遇や他の用途へも薬を必要とする人に承諾を得て被験者になってもらうことを提案し、それにより被験者を希望する者が意外に多かったことに驚いた。
ガブリアルノはいつも周りを見ていると自負してはいたが、まだまだ薄っぺらいものであったと己を叱責し、改めて前を向く決意をする。
スーランが開発を始めてから一年半弱、ガブリアルノも加わって研究を進めて一年と少し。三年弱である程度効能を発揮させる番消しの薬が完成した。
この薬は番避けの薬に並ぶ多大な利益を生む一つとなった。
だがそれを一から作ったスーランはその功績も褒章も一蹴して「面倒」で終わらせた。
番消しの薬。
スーランが唯一人の為に―――ガブリアルノの為に作った薬だった。
そしてガブリアルノも大分安定し心身共に健康的に戻ってきた時にスーランが発した言葉、『もう良いですね。数年分の気遣いを使った気分です。もうコースはこりごり』と宣って去っていく姿にガブリアルノは久々に噴き出した。まともに笑ったのは三年半ぶりだった。
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