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あめ玉の包み紙 1
しおりを挟む肌に直接くる寒さにイリエはぶるりと体を震わせ目を覚ました。外はもう真っ暗で時計を見ると日付もとうに変わっていた。
裸体のままでいたことと体を起こした時の腰への負担、陰部の鈍い痛みでイリエはようやくフェリウスと性交した後に気絶してしまったのだと記憶が辿り着いてくる。
大きくない部屋を見渡すと、フェリウスは既に部屋には居なく浴室から水の音も聞こえない。
イリエはソファ近くに投げ出された大判のタオルを取ろうと立ち上がろうとするが、足がかくかくと小刻みに震えてなかなか立ち上がれない。
ようやく立ち上がった時、とろりと股の間から流れ出るものが何なのか理解したイリエは暫しその場に固まった。
再度寒さに震えたイリエはよろよろとタオルを拾い、体に巻き付けながらその一部をフェリウスの放った精液が床に溢れないように足の間で挟み不格好な歩みで浴室を覗くが、やはり誰も居らずタオルが使われた形跡もない。
「…」
次にイリエは玄関先に向かう。
玄関前の箱に入れた鍵は無く、ドアポストを開けるとチャリっと音を立てて鍵が床に落ちた。
その何となく侘しい音と現実で起きたことにイリエはまたもやその場で立ち竦み、様々な感情が頭の中でひしめき合う。タオル一枚巻いたところで寒さが和らぐわけがなく、風邪を引いたら食堂に迷惑がかかるので、もう一度体を温めに浴室に向かった。
シャワーを浴び体を清めながら、イリエは状況を整理していく。
イリエは想像以上の己の痴態に驚きはしたが、フェリウスから蔑まれるような言動はあっても事が問題なく済んだことに安堵した。
そして快感に翻弄され意識を失ったイリエに落ちていたタオルを情けでかけてくれることもなく、そのままシャワーも浴びずにフェリウスは帰ったのだろう。トラウザーズに自分の体液がついて汚れていたであろうに、彼は気持ち悪くはなかったのだろうか。それ以上にここに居ることが不快だったのだろうか。
どんどん悪い方に想像が膨らむ理由の一つは、自分の欲を最優先で考えた行動の後ろめたさなのかもしれない。それならばその時の欲かノリなのかわからないがイリエの誘いに乗ったフェリウスの事後の思いは如何ばかりか。
イリエは恐らく多少なりとも傷にはなっているだろう陰部は石鹸を使わずに湯で流す。それでもフェリウスの体液がまだ中に残っているのだと思うと、何故か勿体ないとすら思えて膣内に指を入れて掻き出すことが出来ない。
イリエはフェリウスの事後の労りのない行動をもってしても、今後彼と性交をしないという考えは微塵にも芽生えていなかった。それよりも最後に普段は絶対見られない彼の荒い息遣いと婀娜っぽい姿を見られたことを喜んでいるくらいなのだから。
それでも今、心が歓喜で躍らないのは今まで生きてきた自分の気質との兼ね合いが上手く合わさってないのかもしれない。だとしても束の間でも良いから彼を自分のものに出来たという達成感に仄暗い喜びがあるのは事実だった。
(何て浅ましいのかしら)
簡単に股開きそう
娼婦になれば
その言葉に身勝手に傷つきながらも、もしかしたら本質はそうなのかもしれない。
自分は本来そういう気質が潜在的にあったのかもと思うくらいには、初めての痛みはあったがそれ以上に快楽と奔放な感情が先行した。
それがフェリウス相手だからなのか、元々あるものだったのかイリエにはわからない。そんな心境でも今後フェリウスから連絡があったらイリエは喜んで応じるだろうし、断る理由は皆無だ。
浴室から出たイリエは温かいミルクティーを作り、陰部に刺激を与えないようにゆっくりと座り、ちょびちょびと飲み干した。
日付が変わった今日も仕事だ。
賄いは明日の朝にでも食べようと、イリエはカップを洗ってから乱れた寝台にようやく気づき、緩慢な動作でシーツなど変えてから横になって目を閉じた。
フェリウスの匂いと体液、そして散らばった赤いシミがついたシーツを洗うのが勿体ないなと、はしたない思考を巡らせながら。
その日の仕事はそれなりにきつかったが、体力よりも陰部への痛みと流れるものを懸念していたので、月のもの用のパットを二重に下着に装着することで何とか持ちこたえた。
翌日は休みだったのでイリエは帰りに商店街で多めに食料を買い、一日休養をしっかりと摂った。
数日経ってもフェリウスへの悪感情が芽生えることは一切なく、イリエはいつも通りのルーティンをこなす習慣へと戻っていった。
その間にフェリウスが食堂に訪れることはなく、もしこのままずっと来なくなるならば何かしらの理由でイリエは切り捨てられたのだということになる。想像すると心臓がぐぐっと苦しくなるが、束縛と干渉をしないと宣言したことは何が何でも守るのだと、その時はどんなに苦しかろうが辛かろうが諦めようと、イリエは仕事モードに切り替え接客に精を出した。
**************************
十日後、昼時のピークを過ぎた頃フェリウスとイアンが食堂に訪れた。
十日過ぎていたのでイリエとしてはもう会えないかもしれないと諦観の方向に意識が向かっていただけに、姿を見られたことだけでもとても嬉しく感じ、でもそれを悟られて鬱陶しがられないようにイリエは今まで通りの接客を心掛ける。
「いらっしゃいませ!二人席にどうぞー」
そう声をかけてから厨房からランチプレートを受け取り、他のテーブルに運んでからお冷を持って二人の元へ行く。
「お仕事お疲れ様です。ご注文はお決まりですか?」
「こんにちはー僕はCランチでよろしく」
「…B」
「CとB一つずつで。承知しました」
「…ねえ、イリエちゃん、だよね?」
突然イアンから名前を呼ばれて、イリエは目を丸くするが一つ頷いた。
「はい。ご存知だったんですね」
「うん。だって、あちこちで名前呼ばれているじゃない」
「そう言えばそうでした。獣人の皆さんと違って小さいのでお姉さんと誰も呼んでくれないんですよね。あれ密かに憧れていたりします」
「あはは。確かに小柄だよね。可愛くて良いじゃない」
「ありがとうございます。少々お待ち下さいね」
そう言って忙しなく高鳴る心臓を噯気にも出さずにイリエは厨房に注文をかけた。
(うん、大丈夫。いつも通りに対応できてるはず。面倒な相手にだけはならないようにしないと)
来てくれたその事実に、喜びが心に広がる。
もしこの先ずっと連絡手段となるあめ玉の包み紙を渡されなかったとしても、ここの食堂へは来てくれるかもしれないのだ。ダンジの作る料理はとても美味しいからそれも当たり前なのかもしれない。
イリエは全体を見回しながら効率的に動き、厨房から出来上がったフェリウス達のランチプレートを運ぶ。
「お待たせしました。Cランチになります。こちらBランチになります」
フェリウスは相変わらず視線を寄越してくれることはなく、僅かに寂しさが心の中に滲み出るが仕方のないことだ。ごゆっくりと声をかけた時にカランカランとドアベルが鳴った。
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