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フェリウス 6
しおりを挟む自分がどう動けば良いか未だにあぐねいていたある日のこと。
フェリウス達が食堂に訪れると、イリエのいつもの元気な声が聞こえなかった。固定休みだと聞いているが今日ではない。店内を見回してもマリーの姿しか見えなかった。
席に座ると、常連の客や騎士隊員からイリエを心配するような会話が耳に入ってきた。僅かに眉を寄せたフェリウスを見ていたイアンが注文を取りにきたマリーに尋ねる。
「マリーさん、久しぶり。腰の具合は良くなったみたいだね」
「あらあら心配かけたね。旦那に渋られたけど逆に腰が弱っちまうからいい加減動いてリハビリしないとねぇ」
「腰は再発しやすいから店主の気持ちもわかるけどねぇ…まあ無理は禁物でね。マリーさんが居ないと寂しいし」
相変わらず相手の懐に入るようにぽんぽんと良く言葉がでてくるものだと感心する。
「あはは!ありがとね」
「そう言えば、いつも元気な明るい子、イリエちゃんだっけ?今日は居ないんだね」
「ああ…それがねぇ多分数日前から体調良くなかったんだろうけど無理しててさ。旦那が気づいて教えてくれて私が出るからって昼前に帰らせたんだよ。医院に行くって言っていたけど、夜は間違いなく熱が上がるだろうね」
「…そっか。大変だね。誰か看病してあげる人がいればいいんだけど」
「んーどうだろうねぇ、あの子の性格的には」
「そうなんだ?」
「性格的って?」
フェリウスは思わずマリーに尋ねる。
滅多に話さないフェリウスが声をかけたことに、少し驚いた様子のマリーだったが理由を教えてくれた。
「あの子は甘えることを良しとしない気質でね。自分のことは自分でって考えが強い。周りに迷惑かけないようにって極力態度に表す隙を見せないから注視しておかないと大変だ。強引に動かないとにこにこしながら言いくるめられちまうからね」
眉を下げながら微笑むマリーはやれやれというように肩を諌める。
「それでも今日はきつかったのか、時たまふらっとしていたんだ。何とか間に合って良かったよ。あれじゃ昼時は保たなかっただろうね」
「…」
「なるほどねー頑張り屋さん過ぎちゃうんだね」
フェリウス達の話を小耳に挟んでいた常連客達がまたざわつき始め、お見舞いだとか看病だとか次々に耳に入ってくることに何故か焦燥感が募る。
仕事終わりにイアンから風邪ひいた時は冷たい喉越しが良い食べ物が喜ばれるよと言われたが、フェリウスは華麗に無視して帰宅した。
残念ながら人を慮って看病したこともなければ、心配だからとお見舞いになど行ったことは一度もない。それにフェリウスが行ったところでイリエが治るわけでもないのだ。
最近イリエと会う時以外に愛用している仄かな桃の香りの石鹸で入浴を終え、部屋着に着替えようとしたのだが。
何度も脳内にイリエが一人で耐え寝台に丸まっている姿を想像し、フェリウスは部屋着を放り投げ外出用の服を取り出した。
先日買っておいた菓子店の菓子を持って、冷たいものを数種類購入し、イリエの家に向かう。
チャイムを押すが反応は無い。明かりが点いているから居ることは確かだともう一度鳴らすと、とたんとたんといつもより緩慢な足音が聞こえた。
誰かと聞かれ答えると、驚く声が返って来る。
扉を開けたイリエは熱で潤んだ大きな瞳を更に丸くした。恐縮し始める前にフェリウスは中に押し入る。
イリエ曰く医院に行って薬はもらったが、食べ物まで買って帰る元気がなかったと言われ、フェリウスは心底来て良かったと思い冷たい食べ物を買い物袋から出す。
恐縮したイリエは、そんなことしてもらえる立場ではないと申し訳なさそうにゼリーをちょびちょび食べる姿にぐぐっと心が苦しくなり、フェリウスは思わず心配だったからと言葉が出ていた。
無表情を貫いたが物凄く恥ずかしかった。
今までにない様々な感情が芽吹き成長していた。
フェリウスが居ることで動きそうなイリエの視線を先読みして動く。自分でも気づかないうちにイリエの行動を把握していたフェリウスは、寮暮らしなのもあり大抵何でもできるので片付けをささっと済ませる。
そして何とか帰らせようと試みるイリエに脅しをかけて寝台に入れた。
ようやく眠ったイリエの柔らかい髪を撫でていると無意識に頭を押し付けてくる。普段まず見られない行動にフェリウスは口元を緩めた。
しかし体調が悪化してきたからか、震え始めたのでフェリウスはずっと呼んでみたかった名前を呼ぶ。呼びながら寝台の隣に入り小柄でいつもよりも熱い体を抱き寄せて背中を擦ってやった。
誰かが看病していることに気づいたイリエが目を覚まし素っ頓狂な声を上げて咽る。やり取りの間にもイリエの名前を繰り返し呼ぶことで、フェリウスの中に着々と愛しさが積み重ねられ、ようやくその正体を知る。
傍にいてやりたい。
フェリウスは守ってあげたいと女に対して初めて思った。健気でいじらしくて、時につれない、愛しいイリエに。
明け方、呼吸音が緩和していることを確認したフェリウスは、大袋に入れてあった菓子店の袋をテーブルに置いて家から出た。
数日後、元気に働いているイリエに安堵し、包み紙を渡した時のあまりに嬉しそうな彼女の顔に心臓を凄い勢いで鷲掴みにされる。思わず外に出た後に笑みが漏れる様子をイアンに誂われるがいつも通りに無視をした。
家に行くとすぐに看病をしてくれたことと、菓子をもらったことのお礼と嬉しい嬉しいと喜ぶイリエに、フェリウスはもっと近くでずっとその笑顔を見たいと実感する。
とりとめもない会話の中で石鹸の残り香の話を聞き、イリエの看病に行く前に使用した石鹸のことを思い出したフェリウスは自分の迂闊さを呪い目元を覆って何とか動揺を防いだ。
イリエは何も悪くないのだが恥ずかし過ぎる失態に、八つ当たり気味に性交中言葉責めと耳責め
に徹する。どうやらイリエはフェリウスの声が好きなようで真っ赤になりながら悶える姿が余計拍車をかけて可愛くて愛しいが、同時にもっとこの顔を見たくて虐めたくもなる。
フェリウスの声に、手に、全てに反応する身体と、相変わらず頑張って声を出さないことがいじらしくもあり、少しの腹立たしさもある。
どうしても小さな口から漏れる甘い声を聞きたくて、良いよという言葉を使うと、承諾を得たとイリエはその時だけは従順に従うのだ。
気持ち良すぎて可愛く喘ぎながら潮を吹く姿も見られた。同時にフェリウスもあっという間にもっていかれたが。
手で触れて良いよというと、おずおずと伸ばしてくる姿が微笑ましく、一度口付けたら離さないとばかりに頑張って吸い付いてくるイリエの行動に煽りに煽られ、つい先程達したばかりのフェリウスの雄がすぐにイきそうになる事態に愕然とし、心から相手を欲しがると体の反応もこんなにも違うのかと身に沁みて実感する。
ずっと毎日こうして傍にいてくれたらとフェリウスは心底思い知らされたのだった。
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