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フェリウス 8
しおりを挟む翌日、フェリウスは行動に移すため食堂であめ玉の包み紙を渡した。これからは普通に連絡を取り合いたいと願いながら、イリエが仕事を終えるのを待ち伏せる。
出てきたイリエに声をかけるが、首を傾げながら進んでいくので再度声を掛けると、こちらを向いた彼女は綺麗な浅緑色の瞳をまんまるにしてぽかんと口を開けていた。その呆けた顔が可愛すぎる。
フェリウスと始めに交わした約束事をイリエは全て忠実に守っていることに心臓がぐっと切なくなる。帰りながら急遽有休を取ったことを噯気にも出さずに、昼に外で会おうと誘う。
かなり驚きはしていたものの、イリエは頬を染めながら喜んでくれた。
部屋でなく、ちゃんと昼に外で会って一日楽しんで、その日のうちにちゃんと面と向かって告白をして想いを全て伝える。
そして。
その前にフェリウスのすべきことは番消しの薬を飲むこと。番との繋がりを消滅させること。
これがフェリウスなりのイリエへの誠意となる。
受け入れられても受け入れられなくても。
それがフェリウスのケジメだ。
次の休みの予定の話をしながら顔を綻ばせるイリエの姿に、これからはずっとその姿が見られることをフェリウスは切望しながら手を繋いで帰っていった。
会う日の前日、フェリウスは仕事の休憩を利用して国に申請を出し番消しの薬をもらって直ぐに飲んだ。
完全に効くまでは一日半はかかるらしい。
当日、待ち合わせの喫茶店に半刻前に到着し奥のテラス席に座ってイリエを待った。
程なくして来たイリエは髪色よりも少し濃いめのふわりとしたワンピースと同色のブーツ。クリーム色のジャケットを着ていた。
部屋着と仕事着しか見たことがなかったフェリウスは初めて見るイリエの新鮮な私服姿にトクトクと心が鳴る。少しの仕草や視線や手の動きの全てがフェリウスを虜にする。
(そうか…これが誰かを愛しいと想うことなのか)
イリエが飲み物を買いに離れるのを見つめながら、この後何処に行こうか何を食べようかと次々に湧き出す楽しみにフェリウスは心から喜びが溢れる。
それなのに。
突如目の前に現れた女。
水色のドレスを纏い、淡い金色に黄色の瞳。サイドを編み込んでハーフアップにした貴族らしき令嬢だ。
女と目が合った瞬間。
突如先ほどの心の動きとは全く違う、心臓の奥底から何かが暴れるかのように滲み出てくる感情。
「嘘……まさか…!」
驚愕している女から出る甘ったるい何かにフェリウスは目を見開いた。
「…番…、私の、たった一人の…」
その言葉で嫌でも理解する。
(…何故、……何故今なんだ……!!!)
フェリウスはその場で怒鳴りたくなるが、反して声も出ず体も固まって動けない。
「ああ…!ようやく出逢えた…あなたが私の無二の相手!私の番…!!」
その女性が抱き着いてきた時に抱いた感情は。
一瞬心が霞がかったように甘苦しく息が詰まる。
ぐらりと頭が揺さぶられるような感覚。
だったが。
それを全て覆してくれたのは他の誰でもなかった。
イリエとの全ての想い出と。
イリエを愛しいと想うフェリウスの感情だ。
番の本能で僅かに残っていただろうものが未だに底で蠢くがフェリウスにはもう効かない。
何故ならば本能的欲求よりも、イリエと過ごした日々が瞬く間に凌駕したからだ。
番だと言われた女に嫌悪感はなかったが魅力は感じず、フェリウスは一つ深呼吸して女の肩を持ってゆっくりと前に押した。
「…申し訳ないが、人前だ。一度離れてくれるか」
その言葉にはっとした女は口を手で覆いながら頬を染めるがやはり何の感情も湧かない。
「!!も、申し訳ありません…!遠目から見た瞬間に貴方が番だとわかって無我夢中で……はしたない行動をお許しください」
「お嬢様の無作法をお許しください」
女が恥ずかしそうな様子で退いて、始めて後ろにいた老紳士…口調から執事らしき人物が見え、丁寧に腰を折り曲げた。
「こちらの方はバロアス国より南西にあるロンダース国の猫族、キャストン伯爵家が長女メリンダ様でございます」
女、改めメリンダはフェリウスを頬を染めて見ていたが、ふと胸元を押さえ首を傾げていた。
「…ロンダース国」
「はい。バロアス国賢王のおかげでここ数年争いもなく穏やかな日々を送らせていただいております」
数年前までロンダース国とは冷戦状態だったが、ロンダース国前愚王の独裁に対し、バロアス国の動きによって愚王が葬られ新国王が誕生し、今では互いに歩み寄る関係となっている。フェリウスも何度か諜報活動で訪れていた。
「フェリウス・レオダッドだ」
「レオダッド…五大侯爵の」
「ああ。此度はこちらに何用でいらっしゃったのか」
「…観光でございます」
少し間が開いたことが気になったが、今はそれどころではない。
「申し訳ないが、今人と待ち合わせをしている。…とても大事な用なんだ。明日の…正午にもし都合が合えば我が侯爵家に赴いていただくことは可能か」
フェリウスの言葉に涙ぐんでいるメリンダだが、熱っぽい視線を感じながらもフェリウスは僅かに違和感を感じた。
「そんな…ようやく、会えましたのに―――――、」
「お嬢様。どんな理由であれ、公衆の面前での抱擁は恥ずべきこと。そして今はこちらの方には大事な予定があるのです。ここは一度失礼させて頂きましょう。色々と…時間が必要かと存じます」
「っ…わかりました」
「では明日正午にレオダッド侯爵家にお伺いさせていただきたいと思います」
「わかった」
フェリウスをずっと見つめながらも老執事に促され、メリンダは微笑み手を振りながら去っていった。
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