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良いよと涙の大盤振る舞い 1
しおりを挟む「……ララ」
「なにー」
「お酒を沢山飲むと幻とか見えたりするの?」
「ぶっ」
ララが何故か噴き出すが、イリエは至って真面目に聞いている。酔っ払ってはいるが。
「それとも実はもう泥酔して夢でも見てるのかな…」
「あーそうかもね。夢なんだから好き放題出来るよ」
「好き放題…」
イリエはララに促され席を立ち、振り返ると居るはずのないフェリウスが食堂の席に座ってこちらを見ていたのだ。
当然ながら現実だと思うことが皆無なイリエは緩慢な仕草で首を傾げ、少し覚束ない足取りでフェリウスの元にてくてく歩いていく。
あと一歩の所で止まると、フェリウスもじっとイリエを見つめてくる。
見たことのない優しくも切なそうな顔で。
そんなことある筈ないのに。
「…うん。夢だ間違いない」
「そうかもねー」
イリエは夢なら覚めませんようにと手を伸ばす。フェリウスから良いよと言われない限りはずっと我慢していた。夢なら良いだろう。
しかしもしこれで夢が覚めたらと思うと怖い。
イリエは伸ばした手を引こうとした、その時。
フェリウスの手が伸びてきてイリエの手を取り自分の頬に持っていった。
イリエの全身がぶわりと粟立ち歓喜が迸る。
夢の中のフェリウスはほんのり温かい。すりりと擦る頬はとても滑らかでまるで本物みたいだ。
「夢でも温かいって不思議」
「ぶふっ」
「諦め悪いから夢にまで出てくるんだ…でも嬉しいな」
「良かったね…ってほら危ない」
イリエは酒の酩酊感から足元がふらりとなり、頬から手が離れそうになった。
するとふわりと体が浮き、視界が高くなる。
イリエは立ち上がったフェリウスに抱き上げられ片腕に乗せられていた。
顔を軽く引き寄せられ、頭にフェリウスの頬が乗せられ支えられる。頭に感じる熱がイリエの心をふんわりと温めていく。
「…夢」
「そうそう。夢だから何でも有りだよ」
「何でも…」
そうか。
何でもして良いのかな。
借りてきた猫のようにぼーっとしていると頭上から大好きな少し掠れた低音が聞こえてきた。
「このまま連れて帰りたい。一緒に乗っていくか?」
「んー止めとく。ジェフには会ったんだよね?」
「ああ。約束は守ったと伝えてくれと」
「うん。それならもうそろそろ来そうだから待ってる」
「…今からここに来るのか?」
何やらフェリウスとララが話しているが、イリエは頭から伝わる熱と酒の影響から思考が鈍くなっている。
「家に連絡はしてみるけど多分出ないと思う。自分も有休取ってこっちに来るって言い張っていたから、あんたに会ってからすぐに準備して出てそう」
「…そうか。行動力凄いな」
「いつものことだよ。だからここに居る」
「わかった。――――感謝する」
「イリエの幸せを誰よりも願う」
「必ず」
「イリエ?」
ララがイリエの視界に入る。
「夢の中では好き放題」
「…好き放題」
「そう。我慢は必要ないよ。夢だからね」
「…うん」
ララはさらりと頬を撫でてくれ、荷物がどうとか言いながら去っていった。同時にイリエも揺れたのはフェリウスが動き始めたからだ。
(夢、だから好き放題、…で我慢も、しなくて…よくて)
イリエは酒の飲み過ぎでうとうとし始めるが、夢の中でも眠ってしまい、もしこの夢が覚めてしまったら嫌なので目を擦りながら耐える。
ひゅうっと寒い外気が体全体を撫でる。ぶるっと震えると、「すぐ馬車に乗る」と頭上から聞こえ頬を撫でられて安心する。
ガチャリと音が聞こえ、登る感覚のあとに寒さが和らいだ。フェリウスと誰かが話す声。馬車の中に入ったようで中はほんのりと灯っている。前に魔力の入ったランタンがあると聞いたことがあるようなないような。
そして何故かイリエはフェリウスの膝の上に座っている。
ゴトゴトと馬車が動き始める。辻馬車と違って乗り心地が良い。フェリウスの膝の上にも乗っているから尚更だ。
「イリエ」
大好きな声がイリエを呼ぶ。のろのろと顔を上げると目の前に大好きなフェリウスの顔。
「ローブ」
フェリウスが肩にイリエのものらしいローブを掛けてくれる。
夢にしては随分と現実味があるなと思いながらも前を止めてくれたフェリウスを見る。
仄かな灯りの中でもはっきり見える彼の銀色の瞳と漆黒のさらさらした髪が美しい。思わず手を伸ばしそうになるが、頭の中で徹底していた我慢がここでも発揮し引っ込めようとする。
だがその手を再度フェリウスが掴み頬に当ててきた。
「もう好きなだけ手を伸ばして良いんだ」
「……良い…?」
「良いよ」
良いよ、と了承を得られる言葉。
イリエはもう片方の手も恐る恐る伸ばして目の前の綺麗な顔の頬を包む。
「温かい…夢でも」
「そうだな」
頬を撫でながら、髪に触れる。思った以上に艷やかな髪はイリエよりも繊細でさらさらしている。
ふと思う。
夢だからこうしていられるのだ。
覚めたらもうこの幸せな時間は終わってしまう。
そして現実ではフェリウスは番の人と―――――。
ぞわりと恐怖と絶望がいっぺんに噴き出しそうになり、涙腺も決壊しそうになったイリエはぐっと目を瞑り手も握って耐え溢れ出そうな感覚に唇を無意識に噛み締める。
「イリエ、噛むな」
唇に温かい感触。目を開けるとフェリウスの節くれだった長い指がイリエの唇を撫でている。
「…ああ、そうか。イリエが先だな。俺の方は酔いが冷めた明日で良い」
小さく呟いたフェリウスが、今までに見たことのない愛おしそうな表情を浮かべ、イリエの唇と髪を撫でながら聞いてくる。
「我慢は要らない」
「…我慢」
「言いたいことも全部」
「ぜ、んぶ…」
「これは夢なんだろう?」
イリエは頷く。
「じゃあ、何でも言えるし出来る」
「何でも…」
「うん」
そしてフェリウスがイリエと視線を合わせた。
「好きなだけ触れても、何を言っても、…泣いても、全部良いんだ」
「…い…良い…の?」
「良いよ」
そっか。良いんだ。
もう、全部、良いんだ。
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