大好きな人に番が現れたので潔くセフレ離れします

きるる

文字の大きさ
55 / 92

レオダッド侯爵家 1

しおりを挟む


「イリエ、ふわふわのスクランブルエッグは美味か?」
「…ん、はひ、おいひぃ、です」
「レリィ、食べながらだと答えづらいだろうに」
「愚か者が。もしょもしょして可愛いから敢えて尋ねている」
「ああ、なるほど。イリエさん、あーん」
「っ、あの、…むぐ。もぐもぐ…」
「頬膨らませてまるで子栗鼠のようだ。愛で甲斐があるな」
「娘が居たらこんな感じなのかな、マッシュポテトは美味しいかい?」
「むぐ…はぃ、おいふ、…しいでふ、…です」
「「ふふ」」
「…いい加減返せ」


イリエがフェリウスの両親に左右から給餌されている正面の席で、不貞腐れたように厚切りベーコンを突くフェリウスがぼやく。


「イリエは物ではない。だからお前は痴れ者なのだ。返さん!」
「今言った言葉を省みてみろ」
「そうやって人の揚げ足を取る前に己の行動こそ省みるべきだっただろう。今は指咥えて見てるがいい」
「はいはい、二人共そこまで。イリエさんが困惑してしまうよ」


母子の遠慮の無いやり取りにイリエがぽかんとしていると、カルロが間に入る。


「ごめんね、イリエさん。この二人はこれが通常仕様会話なんだよ」
「通常仕様……もぐもぐ」
「レリィの話し方は独特だろう?彼女は隣国の元工作員なんだけど、生まれなのか育ちなのか言葉遣いがその辺の貴族男性よりも勇ましいんだ。美しい姿から発せられるこの発言が本当に可愛らしくてね」
「元工作員…」
「旦那様、奥様、その辺になさいませ」


母子の間を取り持つつもりが、愛妻自慢とその素性まで話され、イリエが情報過多になりそうになった時、静かではあるがすっと響くような低い声がその場を制した。

そこにはモノクルを着けた執事然とした格好の姿勢の良い男性。
長めの赤茶色の髪は綺麗に撫でつけ後ろで一本に縛られており、細めの三白眼から表情は伺えない。ダークネイビーの燕尾服を着こなしカルロよりは少し年下に見える。


「イリエ嬢は起床されてから坊ちゃまより諸々聞かされてはいるとは思いますが、それでも貴族の家に招かれている現状。これ以上恐縮し混乱させてどうするのですか。坊ちゃまの隣に座らせて差し上げてください」
「出たな、蛇」
「まあ確かにジュダの言う通りではあるけど。可愛いし嬉しいしで、ついね」
「坊ちゃま…」
「…あの片眼鏡の言った名称は忘れるんだ、イリエ」


侯爵夫妻に対し無遠慮で慇懃無礼な態度と、流れるように発された坊ちゃま発言。
この食堂の中でそれに合う人物は一人しか居ないと視線を向ければ即座に忘却希望を出された。

するとレリエルが耳元でこっそりと教えてくれた。


「蛇に口答え。フェリウスも懲りないな。羞恥劇場の開幕だ」
「…え?」
「坊ちゃま。忘れろとは聞き捨てになりませんな。このジュダがどれほど坊ちゃまに手古摺らされていたことか」


レリエルの言葉の意味が分からなかったイリエだが、それはジュダの続けた言葉から明らかとなった。


「ジュダ、この場で話すことじゃない」
「随分と生意気になられましたな。あれは忘れもしません。坊ちゃまが七歳になられた時のこと…眠れずに、でもご両親の元に行くのが恥ずかしいのだともじもじしながらジュダの元に枕を持っていらっしゃったではないですか」
「枕を持って…」
「ちょっ…!」
「「ぶはっ」」


ご両親の噴き出す音とフェリウスが珍しく焦る表情。


「坊ちゃまとお呼びする度に今のような不遜な表情でなく、もっといじらしく微笑ましい顔をされて喜んでいたではないですか」
「…何年前の話だ!」
「世間の荒波に揉まれ擦れてしまったとはいえ、粋がるなどみっともない。もっと素直になられたらよろしいのです」


ジュダはそう言葉を締めくくり、わざとらしく目元を覆った。モノクルが邪魔しているので仕草のみであることは確実だろう。

高貴な貴族の家なのにとても和やかで穏やかな光景だと感じたイリエは何だか肩の荷が下りたように思わず微笑んでしまった。


「ふふ」


イリエが笑ったことでもっと不機嫌になりそうなフェリウスにそうではないのだと伝える。


「フェリウスさんの周りには素敵な方が沢山居ます」
「…素敵?」
「私のような新参者が、緊張しないようにと皆さんが気遣っていただけたことがとても有り難くて」
「そういう考えはとても素敵だね」
「蛇は単に弄りたかっただけなのでは?」


イリエは左右を陣取る二人に了承を得て、フェリウスの隣に移動させてもらう。
席を引いてくれたジュダに「機会をいただきありがとうございます」と軽くお辞儀をすると、ジュダが僅かに眉を上げてからお辞儀で返してきた。

フェリウスの隣に座る前に、カルロとレリエル始めその場に居るジュダとその他の使用人達に向き直る。


「改めまして、人族のイリエと申します。先日まで王都にあるタルカル食堂で働いておりました。お酒が入っていたとはいえ、皆様にご挨拶もなく邸にお邪魔したことをお詫びいたします。…因みに私は十歳の時、枕だけでなく毛布に包まって母と父の部屋へ突撃し一緒に寝たいと床で駄々を捏ねて困らせたことがあります」


フェリウスのちょっと恥ずかしい過去を聞いたイリエがこれでおあいこだと言う風に話すと、レリエルからは「ぷっ可愛いから」と噴き出され、カルロからは「暴れる栗鼠…」とぼやかれ、周りの空気も和んだような気がした。

そして横に居たフェリウスが「なにそれ可愛い」と言ったかと思うと、急にイリエの手をぐいっと引かれよろめいたイリエはすとんと座った。

フェリウスの膝の上に。


「…っ、フェリウスさん…!」
「イリエと番縁の申請に行く。俺の唯一の相手」


掠れた低音でそう言いながらフェリウスはイリエの腰に手を回し頭にすりすりと頬を寄せてきた。


「っ…、フェリウスさん、あの、これは、み、皆さんに失礼が―――」
「目の前の二人はいつもだぞ。気にするな」
「へ…」


そう言われ、正面―――カルロとレリエルに視線を向けた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

騎士団長様、クビだけは勘弁してくださいっ!

楠ノ木雫
恋愛
 朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。  テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。 「お前との婚約は破棄だ」  ある日王城で開かれたガーデンパーティーの警備中婚約者に婚約破棄を言い出された。テレシアは承諾したが、それを目撃していた先輩方が見かねて城下町に連れていきお酒を奢った。そのせいでテレシアはべろんべろんに酔っ払い、次の日ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服では……!? ※3連休中は一日5話投稿。その後は毎日12時、20時に一話ずつ投稿となります。 ※他の投稿サイトにも掲載しています。 ※この作品は短編を新たに作り直しました。設定などが変わっている部分があります。(旧題:無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...