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レオダッド侯爵家 1
しおりを挟む「イリエ、ふわふわのスクランブルエッグは美味か?」
「…ん、はひ、おいひぃ、です」
「レリィ、食べながらだと答えづらいだろうに」
「愚か者が。もしょもしょして可愛いから敢えて尋ねている」
「ああ、なるほど。イリエさん、あーん」
「っ、あの、…むぐ。もぐもぐ…」
「頬膨らませてまるで子栗鼠のようだ。愛で甲斐があるな」
「娘が居たらこんな感じなのかな、マッシュポテトは美味しいかい?」
「むぐ…はぃ、おいふ、…しいでふ、…です」
「「ふふ」」
「…いい加減返せ」
イリエがフェリウスの両親に左右から給餌されている正面の席で、不貞腐れたように厚切りベーコンを突くフェリウスがぼやく。
「イリエは物ではない。だからお前は痴れ者なのだ。返さん!」
「今言った言葉を省みてみろ」
「そうやって人の揚げ足を取る前に己の行動こそ省みるべきだっただろう。今は指咥えて見てるがいい」
「はいはい、二人共そこまで。イリエさんが困惑してしまうよ」
母子の遠慮の無いやり取りにイリエがぽかんとしていると、カルロが間に入る。
「ごめんね、イリエさん。この二人はこれが通常仕様会話なんだよ」
「通常仕様……もぐもぐ」
「レリィの話し方は独特だろう?彼女は隣国の元工作員なんだけど、生まれなのか育ちなのか言葉遣いがその辺の貴族男性よりも勇ましいんだ。美しい姿から発せられるこの発言が本当に可愛らしくてね」
「元工作員…」
「旦那様、奥様、その辺になさいませ」
母子の間を取り持つつもりが、愛妻自慢とその素性まで話され、イリエが情報過多になりそうになった時、静かではあるがすっと響くような低い声がその場を制した。
そこにはモノクルを着けた執事然とした格好の姿勢の良い男性。
長めの赤茶色の髪は綺麗に撫でつけ後ろで一本に縛られており、細めの三白眼から表情は伺えない。ダークネイビーの燕尾服を着こなしカルロよりは少し年下に見える。
「イリエ嬢は起床されてから坊ちゃまより諸々聞かされてはいるとは思いますが、それでも貴族の家に招かれている現状。これ以上恐縮し混乱させてどうするのですか。坊ちゃまの隣に座らせて差し上げてください」
「出たな、蛇」
「まあ確かにジュダの言う通りではあるけど。可愛いし嬉しいしで、ついね」
「坊ちゃま…」
「…あの片眼鏡の言った名称は忘れるんだ、イリエ」
侯爵夫妻に対し無遠慮で慇懃無礼な態度と、流れるように発された坊ちゃま発言。
この食堂の中でそれに合う人物は一人しか居ないと視線を向ければ即座に忘却希望を出された。
するとレリエルが耳元でこっそりと教えてくれた。
「蛇に口答え。フェリウスも懲りないな。羞恥劇場の開幕だ」
「…え?」
「坊ちゃま。忘れろとは聞き捨てになりませんな。このジュダがどれほど坊ちゃまに手古摺らされていたことか」
レリエルの言葉の意味が分からなかったイリエだが、それはジュダの続けた言葉から明らかとなった。
「ジュダ、この場で話すことじゃない」
「随分と生意気になられましたな。あれは忘れもしません。坊ちゃまが七歳になられた時のこと…眠れずに、でもご両親の元に行くのが恥ずかしいのだともじもじしながらジュダの元に枕を持っていらっしゃったではないですか」
「枕を持って…」
「ちょっ…!」
「「ぶはっ」」
ご両親の噴き出す音とフェリウスが珍しく焦る表情。
「坊ちゃまとお呼びする度に今のような不遜な表情でなく、もっといじらしく微笑ましい顔をされて喜んでいたではないですか」
「…何年前の話だ!」
「世間の荒波に揉まれ擦れてしまったとはいえ、粋がるなどみっともない。もっと素直になられたらよろしいのです」
ジュダはそう言葉を締めくくり、わざとらしく目元を覆った。モノクルが邪魔しているので仕草のみであることは確実だろう。
高貴な貴族の家なのにとても和やかで穏やかな光景だと感じたイリエは何だか肩の荷が下りたように思わず微笑んでしまった。
「ふふ」
イリエが笑ったことでもっと不機嫌になりそうなフェリウスにそうではないのだと伝える。
「フェリウスさんの周りには素敵な方が沢山居ます」
「…素敵?」
「私のような新参者が、緊張しないようにと皆さんが気遣っていただけたことがとても有り難くて」
「そういう考えはとても素敵だね」
「蛇は単に弄りたかっただけなのでは?」
イリエは左右を陣取る二人に了承を得て、フェリウスの隣に移動させてもらう。
席を引いてくれたジュダに「機会をいただきありがとうございます」と軽くお辞儀をすると、ジュダが僅かに眉を上げてからお辞儀で返してきた。
フェリウスの隣に座る前に、カルロとレリエル始めその場に居るジュダとその他の使用人達に向き直る。
「改めまして、人族のイリエと申します。先日まで王都にあるタルカル食堂で働いておりました。お酒が入っていたとはいえ、皆様にご挨拶もなく邸にお邪魔したことをお詫びいたします。…因みに私は十歳の時、枕だけでなく毛布に包まって母と父の部屋へ突撃し一緒に寝たいと床で駄々を捏ねて困らせたことがあります」
フェリウスのちょっと恥ずかしい過去を聞いたイリエがこれでおあいこだと言う風に話すと、レリエルからは「ぷっ可愛いから」と噴き出され、カルロからは「暴れる栗鼠…」とぼやかれ、周りの空気も和んだような気がした。
そして横に居たフェリウスが「なにそれ可愛い」と言ったかと思うと、急にイリエの手をぐいっと引かれよろめいたイリエはすとんと座った。
フェリウスの膝の上に。
「…っ、フェリウスさん…!」
「イリエと番縁の申請に行く。俺の唯一の相手」
掠れた低音でそう言いながらフェリウスはイリエの腰に手を回し頭にすりすりと頬を寄せてきた。
「っ…、フェリウスさん、あの、これは、み、皆さんに失礼が―――」
「目の前の二人はいつもだぞ。気にするな」
「へ…」
そう言われ、正面―――カルロとレリエルに視線を向けた。
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