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きるる

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無知なりの防衛本能 4

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日々母娘の罵声と暴力、嫌がらせは当たり前。

始めは顔中が痣だらけだったが父から世間体が悪いと言われたのか、服から見られない箇所に痣や擦り傷、躾という名の体罰を幾度も受けた。

スルタナと同じ群青色のいつも褒められていた綺麗な長い髪は、ある日突然部屋に現れたユーチェに「暑っ苦しいから切ってあげるわ!ありがたく思ってよね」と髪を思い切り引っ張られて首近くからばっさりと切られた。

その時に首元にもハサミの刃が当たったらしく、「うわ。汚らしい女の血だわ。気持ち悪ーい」と去っていった。

ぼたぼたと流れる血に流石にと思ったばあやが処置はしてくれたが、「…余計な手間を」とぼやかれて心臓が止まるくらい苦しくなった。

使用人も父寄りの者ばかりで、食事も当然一緒に取ることもなくパンと水、たまに残り物を投げるように部屋に放られたのを食べていた。

喉が乾いても下の厨房に誰もいない限り入ることは怖くて出来ない。

一度厨房に入り飲み物をもらおうと思ったら「はあ。奥様を死なせておいて自分はのうのうと飲み物ですかぁ」と言われてから厨房にも行けなくなった。


誰もがウルスナを厭い、誰もがウルスナが全て悪い、ウルスナのせいだと口を揃えて言った。

母が死んでしまって父が哀れだと言う。

屋敷という小さな世界ではそれが真実であり正義なのだと思ってしまっていた幼いウルスナは何一つ反論できなかった。


湯を浴びるのも一人でやらなければならず、何とか自分で出来るようになっても使用人が邪魔してきたり、冷たい水を持ったユーチェが「さっぱりするわ!」と頭からかけられたりした。

夜が更けてから一人でひっそりと盥に湯を溜め清拭をするくらいしかウルスナは出来なかった。

常に勝手に部屋に入られるので、ウルスナの部屋のものは殆どユーチェが奪っていってしまった。

ウルスナは以前スルタナから買ってもらったお揃いの小さな硬貨入れだけは絶対に取られたくなかったので、それだけはいつも見つからない場所に隠し難を逃れていた。


そんな中ウルスナの唯一の癒しは、彼らの目を盗んで母が大好きだったピアノを弾くことだけだった。

父と母娘が屋敷に居ない時だけ使用人の目を盗んでウルスナは母の部屋に入り小さな音でピアノをひたすら奏でていた。

だがある日、思ったより早く帰ってきた異母姉が部屋に飛び込んできて髪を捕まれピアノの椅子から引き摺り降ろされた。

そして床についたウルスナの右手を思い切り踵の高い靴で踏み潰したのだ。

ボキボキと嫌な音が聞こえた後にぶちりと嫌な音。

声も出せないくらいの痛みと、折れたのか指も動かず感覚も感じないことにウルスナは絶望する。

更にはピアノに置いてあった楽譜をびりびりに破かれ、楽譜がある棚を片っ端から出して次々に破るユーチェに我慢できずにウルスナは彼女に飛びついていた。

二人で取っ組み合いながらごろごろと転げ回っていたのだが、突然思い切り頭を蹴られたウルスナは蟀谷から血を流して倒れてしまった。

そこには憤怒の表情をしたベリチェがいて「このガキが…!可愛い娘になんて事を…!」と髪を掴んで引きずって壁に叩きつけられた。

流石に大きな音に気付いた使用人が止めに入り、ウルスナは雑な扱いで何も処置されずに部屋に放られた。

その日からウルスナの右手の人差し指が少しおかしな方向に曲がり、手の腱を損傷してしまったのか殆ど動かなくなってしまった。

ピアノで一番使う人差し指が動かなくなったことのショックが大きく、ウルスナは泣きながらずっと痛む手をそのままに夜を明かした。

楽譜を破り捨てたユーチェは父から叩かれたらしく、ウルスナへの報復に部屋に訪れてまた手を攻撃しようとしてきたので、ウルスナは蹲って耐えた。

何度も頭や背中を蹴られ踏み潰されても、手だけは攻撃させないように必死だった。



その日以降、母の部屋には誰も入れなくなった。

鍵を閉めてしまい父が従者と共に入る時しかそこは開けられない。

そして父がそこに入った翌日には必ずベリチェがウルスナの元に来ていつも以上に折檻に精を出してきた。

一度ウルスナを虐げている時に「あの阿婆擦れ死に女が!」と叫んだ時の言葉をリチャードが聞いていたらしく、頬を殴られて「次言ったら叩き出す」と言われたと。

その分べリチェは小さく恨みがましい声で「あの糞女…!」と呟きながら何度もウルスナを虐げた。


母を悪く言うベリチェを何故迎え入れたのか疑問だらけだったウルスナは、ある日度々散々な状態を遠目から見る父に対して、そんなに憎いなら追い出すなり孤児院にでも入れてくれと懇願したことがあった。


それに対しての父の言葉は。


「お前は一生飼い殺しだ。お前のせいでスルタナは死んだ。お前が苦しむ様を見て私は一抹の安らぎを得る。その為に生かしているに過ぎん」


優しかった――――もう優しかった頃など思い出せないほどだが、実の父親からここまで憎まれていることにウルスナは絶望する。

父のウルスナへの愛情は母あってのものであったということを思い知らされた。――――いや、初めから母のおまけだった。


「何故お前が生き残っている。お前だけが死ねば良かった。スルタナが全てだった私に同じ髪色と瞳だけのお前への愛情は微塵にも無い。―――――この母殺しが」




この時十歳だったウルスナは全てを諦め自分の心を殺すことを決めた。


全てを無関心に心を動かさずに淡々と受け入れることを誓った。

六歳から受け続けた実の父親と優しかったばあやと使用人達、そして継母と異母姉からの心身へのありとあらゆる攻撃を全て受け止めて流すことをこの時決意した。


全ては母が居てこその娘への対応だったのだと。

母を殺したウルスナはこうされても仕方ないのだと。


齢十歳でウルスナはそれを心の奥底に刻んだ。





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