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D-88:魔法のフリマと軍資金の確保
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王都で最も賑わう商業区。
その中心に鎮座する「銀の天秤商会」の重厚な扉を、私は一切の躊躇なく押し開いた。
出迎えた若手の店員が、私の姿を見るなり「あ、悪役令嬢……じゃなかった、アニエス様!」と分かりやすく顔を引きつらせる。
失礼ね、外面だけはまだ「高慢な公爵令嬢」を維持しているつもりなのだけれど。
「ガラム会長を呼びなさい。彼にしか理解できない『利益』を持ってきたわ」
取り付く島もない私の態度に、店員は慌てて奥へと消えていった。
ほどなくして現れたのは、脂の乗った初老の男、ガラム会長だった。
彼は私の顔を見るなり、社交辞令の笑みを浮かべる。
「これはアニエス様。宝石の買い取りでしたら、受付で……」
「宝石?そんな小銭の話をしに来たのではないわ。ガラム、あなたの商会の『心不全』を治しに来てあげたのよ」
私が突きつけたのは、馬車の中で書き上げた一枚のレポートだった。
そこには、この商会の配送ルートの重複、そして何より、倉庫に眠る「滞留在庫(デッドストック)」の推測値が書き連ねてある。
ガラムの目が、鋭い商人のものに変わるのがわかった。
「……アニエス様が、なぜ我が商会の帳簿を覗くようなことを?」
「覗いてなんていないわ。あなたのところの配送馬車の『積み荷の偏り』と『回転率』を数日間観察すれば、これくらいの数値、暗算で導き出せるもの」
私は優雅に椅子に座り、彼を見据えた。
この世界の商人たちは、魔法袋(アイテムボックス)という便利な道具に甘えすぎている。
魔法袋は中に入れたものの重さを消すが、その中身を「整理」する概念が希薄なのだ。
「あなたの倉庫には、中身が不明なまま『とりあえず』詰め込まれた魔法袋が山積みになっているはずよ。それがどれだけキャッシュフローを圧迫しているか、理解してる?」
「それは……しかし、中身を一つ一つ確認する人件費を考えれば、放置する方が効率的でして……」
「効率?笑わせないで。本当の効率化を見せてあげるわ」
私はガラムを連れて、商会の巨大な地下倉庫へと向かった。
案の定、そこには埃を被った魔法袋が並んでいる。
私はその一つを手に取り、中身をすべて床にぶちまけさせた。
出てきたのは、数年前の流行遅れの布地や、魔力の抜けた魔石。
「いい?見てなさい。魔法袋の空間展開には『重心』と『カテゴリー順序』があるのよ」
私は前世の物流センターで培った「パッキング技術」を応用し、魔法の法則に当てはめていく。
ただ詰め込むのではない。
魔力の流れに沿って、形状と属性を最適化しながら配置する。
すると、魔法袋の容量に「空き」が生まれ、さらに中身を検索するまでの時間が劇的に短縮されるのだ。
「……そんな馬鹿な。容量が二割も余った!?それに、念じるだけで目当てのものがすぐに出てくるなんて……」
「これが『ロジスティクス』の基礎よ。ガラム、この技術を教える代わりに、私の条件を飲みなさい」
私の提示した条件は二つ。
一つは、私が持ち込んだ資産を最高値で買い取ること。
そしてもう一つは、隣国グランツ帝国にあるあなたの支店へ、私の個人資金を「荷物の保険金」という名目で無税で送金しておくこと。
ガラムは冷や汗を拭いながら、私の手を取った。
「……承知いたしました。アニエス様、あなたは恐ろしいお方だ」
商談を終え、膨大な「預かり証」を手にした私は、心地よい疲労感とともに商会を出た。
これで資金移動の目処は立った。
国外脱出プロジェクトは、計画通りフェーズ2へ移行する。
***
夕闇に染まり始めた王都の街角。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
通りの向かい側に、一台の豪奢な馬車が止まっている。
その窓から私を凝視していたのは、透き通るような銀髪と、冷たい瞳を持つ男――ゼノス・フォン・グランツ公爵だった。
(……ゼノス?なぜこんなところに)
彼は馬車から降りることなく、ただ静かに私を見つめていた。
その瞳には、これまで向けられてきた「悪女への蔑み」は宿っていない。
「……アニエス嬢。公爵令嬢が一人で商会通いとは、随分と忙しそうだな」
低く響く彼の声が、私の背筋を冷たく撫でる。
私はいつものように無表情を装い、完璧なカーテシーを返した。
「ええ。断捨離(だんしゃり)ですわ、ゼノス様。不要なものは、早めに処分しておくに限りますもの。……殿下との婚約も、その一つです」
私がそう言って微笑むと、ゼノスの瞳がわずかに見開かれた。
私は彼の返事を待たず、迎えの馬車に乗り込む。
手元のメモ帳の「資金確保」という項目に、力強くチェックを入れる。
デッドラインまで、あと八十八日。
「……ゼノス」
冷徹の公爵という「予測不能な変数」が現れたけれど、私のガントチャートに遅れは許されない。
「さあ、次は……屋敷内の『人的資源』の整理ね」
馬車の窓の外、遠ざかるゼノスの視線を背中に感じながら、私は次のタスクに向けて思考を加速させた。
その中心に鎮座する「銀の天秤商会」の重厚な扉を、私は一切の躊躇なく押し開いた。
出迎えた若手の店員が、私の姿を見るなり「あ、悪役令嬢……じゃなかった、アニエス様!」と分かりやすく顔を引きつらせる。
失礼ね、外面だけはまだ「高慢な公爵令嬢」を維持しているつもりなのだけれど。
「ガラム会長を呼びなさい。彼にしか理解できない『利益』を持ってきたわ」
取り付く島もない私の態度に、店員は慌てて奥へと消えていった。
ほどなくして現れたのは、脂の乗った初老の男、ガラム会長だった。
彼は私の顔を見るなり、社交辞令の笑みを浮かべる。
「これはアニエス様。宝石の買い取りでしたら、受付で……」
「宝石?そんな小銭の話をしに来たのではないわ。ガラム、あなたの商会の『心不全』を治しに来てあげたのよ」
私が突きつけたのは、馬車の中で書き上げた一枚のレポートだった。
そこには、この商会の配送ルートの重複、そして何より、倉庫に眠る「滞留在庫(デッドストック)」の推測値が書き連ねてある。
ガラムの目が、鋭い商人のものに変わるのがわかった。
「……アニエス様が、なぜ我が商会の帳簿を覗くようなことを?」
「覗いてなんていないわ。あなたのところの配送馬車の『積み荷の偏り』と『回転率』を数日間観察すれば、これくらいの数値、暗算で導き出せるもの」
私は優雅に椅子に座り、彼を見据えた。
この世界の商人たちは、魔法袋(アイテムボックス)という便利な道具に甘えすぎている。
魔法袋は中に入れたものの重さを消すが、その中身を「整理」する概念が希薄なのだ。
「あなたの倉庫には、中身が不明なまま『とりあえず』詰め込まれた魔法袋が山積みになっているはずよ。それがどれだけキャッシュフローを圧迫しているか、理解してる?」
「それは……しかし、中身を一つ一つ確認する人件費を考えれば、放置する方が効率的でして……」
「効率?笑わせないで。本当の効率化を見せてあげるわ」
私はガラムを連れて、商会の巨大な地下倉庫へと向かった。
案の定、そこには埃を被った魔法袋が並んでいる。
私はその一つを手に取り、中身をすべて床にぶちまけさせた。
出てきたのは、数年前の流行遅れの布地や、魔力の抜けた魔石。
「いい?見てなさい。魔法袋の空間展開には『重心』と『カテゴリー順序』があるのよ」
私は前世の物流センターで培った「パッキング技術」を応用し、魔法の法則に当てはめていく。
ただ詰め込むのではない。
魔力の流れに沿って、形状と属性を最適化しながら配置する。
すると、魔法袋の容量に「空き」が生まれ、さらに中身を検索するまでの時間が劇的に短縮されるのだ。
「……そんな馬鹿な。容量が二割も余った!?それに、念じるだけで目当てのものがすぐに出てくるなんて……」
「これが『ロジスティクス』の基礎よ。ガラム、この技術を教える代わりに、私の条件を飲みなさい」
私の提示した条件は二つ。
一つは、私が持ち込んだ資産を最高値で買い取ること。
そしてもう一つは、隣国グランツ帝国にあるあなたの支店へ、私の個人資金を「荷物の保険金」という名目で無税で送金しておくこと。
ガラムは冷や汗を拭いながら、私の手を取った。
「……承知いたしました。アニエス様、あなたは恐ろしいお方だ」
商談を終え、膨大な「預かり証」を手にした私は、心地よい疲労感とともに商会を出た。
これで資金移動の目処は立った。
国外脱出プロジェクトは、計画通りフェーズ2へ移行する。
***
夕闇に染まり始めた王都の街角。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
通りの向かい側に、一台の豪奢な馬車が止まっている。
その窓から私を凝視していたのは、透き通るような銀髪と、冷たい瞳を持つ男――ゼノス・フォン・グランツ公爵だった。
(……ゼノス?なぜこんなところに)
彼は馬車から降りることなく、ただ静かに私を見つめていた。
その瞳には、これまで向けられてきた「悪女への蔑み」は宿っていない。
「……アニエス嬢。公爵令嬢が一人で商会通いとは、随分と忙しそうだな」
低く響く彼の声が、私の背筋を冷たく撫でる。
私はいつものように無表情を装い、完璧なカーテシーを返した。
「ええ。断捨離(だんしゃり)ですわ、ゼノス様。不要なものは、早めに処分しておくに限りますもの。……殿下との婚約も、その一つです」
私がそう言って微笑むと、ゼノスの瞳がわずかに見開かれた。
私は彼の返事を待たず、迎えの馬車に乗り込む。
手元のメモ帳の「資金確保」という項目に、力強くチェックを入れる。
デッドラインまで、あと八十八日。
「……ゼノス」
冷徹の公爵という「予測不能な変数」が現れたけれど、私のガントチャートに遅れは許されない。
「さあ、次は……屋敷内の『人的資源』の整理ね」
馬車の窓の外、遠ざかるゼノスの視線を背中に感じながら、私は次のタスクに向けて思考を加速させた。
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