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D-87:働かない使用人は「不良在庫」と同じです
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商会での取引を終え、意気揚々とベルシュタイン公爵邸に帰宅した私が目にしたのは、見るに耐えない「現場」の惨状だった。
玄関ホールの隅には数日分はあろうかという埃が溜まり、生け花は枯れ、磨き上げられているべき大理石の床はくすんでいる。
そして何より、使用人たちの目だ。
廊下ですれ違っても挨拶一つせず、あからさまに怠そうに肩を落としている。
(……これはひどいわね。完全な「組織の末期症状」だわ)
前世の物流センターでも、倒産間際の取引先は決まってこんな空気を纏っていた。
私の父であるベルシュタイン公爵は、数年前から愛人の元に入り浸り、領地経営も家計管理も放り出している。
その結果、使用人たちの給料は三ヶ月も遅配しているという。
「サービス残業は美徳」なんていうブラック企業の精神論が、この異世界では「貴族への忠誠」という言葉に置き換わっているだけ。
そんなもので腹が膨れるはずがない。
「いい?物流の基本は『流れる』こと。滞った組織は、ゴミが詰まった排水管と同じよ」
私は自室に戻ると、すぐに呼び鈴を鳴らした。
やってきたのは、やつれた顔のメイド長・マルタだ。
「……お呼びでしょうか、アニエス様。本日のティータイムは既にお済みのようですが」
「マルタ。今すぐ、この屋敷の全使用人を大広間に集めなさい。例外は認めないわ。三十分以内。遅れた者は即刻クビよ」
「えっ、ですが……」
「返事は『イエス、ボス』だけで十分よ。行きなさい」
三十分後。
大広間には、眠そうな顔をしたメイドや下男たちが、不満げな顔で並んでいた。
「またお嬢様のわがままか」「どうせお説教だろう」……そんなささやき声が聞こえてくる。
私は、広間の中央に置いた机の上に、銀の天秤商会から持ち帰ったばかりの革袋をドサリと置いた。
――ジャラリ、という重厚な金属音が広間に響き渡る。
「……な、何ですか、それは?」
「見ての通り、現金よ。今この瞬間から、私がこの屋敷の『暫定経営責任者(CEO)』を務めます」
私は革袋を開け、中から溢れんばかりの金貨を掴み出すと、一人一人の顔を見渡した。
「まずは未払いの給料三ヶ月分、全額今ここで支払います。さらに、本日以降、私の指示に完璧に従い、成果を出した者には、基本給の二割をボーナスとして上乗せすることを約束するわ」
広間が静まり返った。
不満げだった使用人たちの目が、一斉に金貨に釘付けになる。
現金は、どんな精神論よりも雄弁だった。
「ただし、条件があるわ。明日からこの屋敷に『超効率化』を導入する。無駄な会議、無駄な掃除の往復、無駄な忖度……それらはすべて排除します。私は、有能な怠け者は重用するけれど、無能な働き者は一秒も雇っておくつもりはないわ」
***
翌朝から、ベルシュタイン公爵邸の「組織改革」が爆速で始まった。
まず行ったのは、前世で叩き込まれた『5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)』だ。
掃除用具を「使う場所」のすぐ近くに配置し直させ、無駄な移動時間(リードタイム)を削減する。
洗濯の工程も、天候と乾燥時間を計算したシフト制を組み、深夜まで働いていたメイドたちに強制的な「法定休日」を与えた。
「マルタ、あなたはここに来なさい」
私は、長年この屋敷のボロボロの帳簿を一人で支えてきたメイド長を、執務机の前に座らせた。
「あなたが密かにやっていた『備品のリサイクル管理』、見事な出来だったわ。なぜこれを表に出さなかったの?」
「……そんな、私如きが勝手なことをしては、旦那様に叱られるかと……」
「馬鹿ね。その『勝手な工夫』こそが、この屋敷の最大の資産よ。今日からあなたを『資材管理部門のトップ』に任命するわ。私の脱出……いえ、これからの計画には、あなたのその緻密な目が必要なの」
マルタの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
報われない努力に耐えてきた彼女にとって、正確な「数値」に基づいた評価は、何よりの救いだったのだろう。
三日が過ぎる頃には、屋敷は見違えるほど輝き始めていた。
使用人たちは、もはや「悪役令嬢」を恐れて動いているのではなくなった。
自分の仕事が効率化され、プライベートな時間が増え、さらに評価が金貨に直結するという「健全な職場環境」を守るために必死になっていた。
もはやここは、ただの公爵邸ではない。
私の「国外脱出プロジェクト」を支える、最強のロジスティクス・センターへと変貌したのだ。
「ふ、ふふふ……」
おのずと、笑いが漏れる。
そんな折、完璧に整理整頓された私の机の上に、一通の招待状が届けられた。
「……カイル殿下から?今週末の夜会への招待状ね」
私はそれを指先で弄びながら、またも冷めた笑いを浮かべた。
かつての私なら、喜んで準備に奔走しただろう。
でも今の私にとって、王子の誘いなんて、予定表(ガントチャート)の進捗を妨げる「イレギュラーな割り込みタスク」でしかない。
「マルタ。殿下への返信を書きなさい。……『先約のため、出席の可否を再検討する』とね」
かつての婚約者を「保留(ペンディング)」フォルダに放り込み、私は次の指示を出すために立ち上がった。
デッドラインまで、あと八十六日。
私のチームは、もう走り出している。
玄関ホールの隅には数日分はあろうかという埃が溜まり、生け花は枯れ、磨き上げられているべき大理石の床はくすんでいる。
そして何より、使用人たちの目だ。
廊下ですれ違っても挨拶一つせず、あからさまに怠そうに肩を落としている。
(……これはひどいわね。完全な「組織の末期症状」だわ)
前世の物流センターでも、倒産間際の取引先は決まってこんな空気を纏っていた。
私の父であるベルシュタイン公爵は、数年前から愛人の元に入り浸り、領地経営も家計管理も放り出している。
その結果、使用人たちの給料は三ヶ月も遅配しているという。
「サービス残業は美徳」なんていうブラック企業の精神論が、この異世界では「貴族への忠誠」という言葉に置き換わっているだけ。
そんなもので腹が膨れるはずがない。
「いい?物流の基本は『流れる』こと。滞った組織は、ゴミが詰まった排水管と同じよ」
私は自室に戻ると、すぐに呼び鈴を鳴らした。
やってきたのは、やつれた顔のメイド長・マルタだ。
「……お呼びでしょうか、アニエス様。本日のティータイムは既にお済みのようですが」
「マルタ。今すぐ、この屋敷の全使用人を大広間に集めなさい。例外は認めないわ。三十分以内。遅れた者は即刻クビよ」
「えっ、ですが……」
「返事は『イエス、ボス』だけで十分よ。行きなさい」
三十分後。
大広間には、眠そうな顔をしたメイドや下男たちが、不満げな顔で並んでいた。
「またお嬢様のわがままか」「どうせお説教だろう」……そんなささやき声が聞こえてくる。
私は、広間の中央に置いた机の上に、銀の天秤商会から持ち帰ったばかりの革袋をドサリと置いた。
――ジャラリ、という重厚な金属音が広間に響き渡る。
「……な、何ですか、それは?」
「見ての通り、現金よ。今この瞬間から、私がこの屋敷の『暫定経営責任者(CEO)』を務めます」
私は革袋を開け、中から溢れんばかりの金貨を掴み出すと、一人一人の顔を見渡した。
「まずは未払いの給料三ヶ月分、全額今ここで支払います。さらに、本日以降、私の指示に完璧に従い、成果を出した者には、基本給の二割をボーナスとして上乗せすることを約束するわ」
広間が静まり返った。
不満げだった使用人たちの目が、一斉に金貨に釘付けになる。
現金は、どんな精神論よりも雄弁だった。
「ただし、条件があるわ。明日からこの屋敷に『超効率化』を導入する。無駄な会議、無駄な掃除の往復、無駄な忖度……それらはすべて排除します。私は、有能な怠け者は重用するけれど、無能な働き者は一秒も雇っておくつもりはないわ」
***
翌朝から、ベルシュタイン公爵邸の「組織改革」が爆速で始まった。
まず行ったのは、前世で叩き込まれた『5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)』だ。
掃除用具を「使う場所」のすぐ近くに配置し直させ、無駄な移動時間(リードタイム)を削減する。
洗濯の工程も、天候と乾燥時間を計算したシフト制を組み、深夜まで働いていたメイドたちに強制的な「法定休日」を与えた。
「マルタ、あなたはここに来なさい」
私は、長年この屋敷のボロボロの帳簿を一人で支えてきたメイド長を、執務机の前に座らせた。
「あなたが密かにやっていた『備品のリサイクル管理』、見事な出来だったわ。なぜこれを表に出さなかったの?」
「……そんな、私如きが勝手なことをしては、旦那様に叱られるかと……」
「馬鹿ね。その『勝手な工夫』こそが、この屋敷の最大の資産よ。今日からあなたを『資材管理部門のトップ』に任命するわ。私の脱出……いえ、これからの計画には、あなたのその緻密な目が必要なの」
マルタの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
報われない努力に耐えてきた彼女にとって、正確な「数値」に基づいた評価は、何よりの救いだったのだろう。
三日が過ぎる頃には、屋敷は見違えるほど輝き始めていた。
使用人たちは、もはや「悪役令嬢」を恐れて動いているのではなくなった。
自分の仕事が効率化され、プライベートな時間が増え、さらに評価が金貨に直結するという「健全な職場環境」を守るために必死になっていた。
もはやここは、ただの公爵邸ではない。
私の「国外脱出プロジェクト」を支える、最強のロジスティクス・センターへと変貌したのだ。
「ふ、ふふふ……」
おのずと、笑いが漏れる。
そんな折、完璧に整理整頓された私の机の上に、一通の招待状が届けられた。
「……カイル殿下から?今週末の夜会への招待状ね」
私はそれを指先で弄びながら、またも冷めた笑いを浮かべた。
かつての私なら、喜んで準備に奔走しただろう。
でも今の私にとって、王子の誘いなんて、予定表(ガントチャート)の進捗を妨げる「イレギュラーな割り込みタスク」でしかない。
「マルタ。殿下への返信を書きなさい。……『先約のため、出席の可否を再検討する』とね」
かつての婚約者を「保留(ペンディング)」フォルダに放り込み、私は次の指示を出すために立ち上がった。
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