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重なった叫びは、夜の廊下に場違いなほど響いた。
交互に名前を呼び合った私たちを、ロゼッタさんは眉を潜めて交互に見つめる。
「知り合いかい?」
「……はい」
再び声が重なる。
あまりの偶然に、私たちは言葉を継ぐことができず、ただもじもじと視線を泳がせた。
沈黙に耐えかねたロゼッタさんの視線が私を射抜いたため、私は口を開いた。
「はい。クロエとは、その……。知り合いです。彼女は以前、私が住んでいた屋敷で働いてくれていました」
「ほう。二人は以前、同じ職場で働いていたというわけか」
ロゼッタさんは納得したように頷きかけたが、すぐに違和感に気づいたようだった。
彼女の視線が、再びクロエへと向けられる。
「……だとしたら、クロエ。君はなぜ、この子の名に『様』を付けて呼んだんだい?」
「あ、それは……その……」
クロエは口ごもり、視線を地面に落とした。
彼女は知っているのだ。
私の身に何が起き、ルミナス家がどのような末路を辿ったのかを。
姿は見えないものの、廊下の至る所で、他のメイドたちが息を潜めてこの会話を盗み聞きしている気配がした。
私は静かに、けれどロゼッタさんの耳にははっきりと届く声量で告白した。
「……私が、元貴族の令嬢だからです」
ロゼッタさんの息が、一瞬だけ止まる。
彼女はプロの家政婦長らしく、驚愕を悲鳴に変えるような失態は見せなかった。
けれど、その双眸には隠しきれない動揺の色が濃く滲んでいる。
彼女は確認するように、クロエへ静かな問いを投げた。
「本当かい、クロエ」
クロエは苦しげに、深く頷いた。
「……本当です」
重苦しい沈黙が流れる。
ロゼッタさんは目を閉じ、頭の中で目まぐるしく計算しているようだった。
やがて、彼女は一つ頷くと、私の方を見据えた。
「……とりあえず、中に入りなさい」
促されるままに、私たちはクロエの部屋へと足を踏み入れた。
背後で、重厚なドアが静かに閉められた。
ドアを閉めると、廊下の冷気が遮断される。
それだけで、強張っていた肩の力がふっと抜けるような感覚があった。
見知った相手であるクロエの私室という事実が、私にささやかな安らぎを与えてくれたのかもしれない。
室内は、心地よい熱気に満ちていた。
マントルピースに火が灯っているわけではない。この、部屋全体を均一に包み込むような温もりは、魔法具による暖房だった。
かつて公爵令嬢として暮らしていた私には、それが維持費の嵩む贅沢品であることがすぐに分かった。
使用人の部屋にまで魔法暖房を完備しているとは。ベルンハルト家の圧倒的な財力と、奉公人への行き届いた配慮の証と言えるだろうか。
部屋を見渡せば、そこにはクロエの愛らしい性格がそのまま形を成したような空間が広がっていた。
棚には可愛らしいあらゆる小動物の人形が並び、カーテンやベッドカバーは明るいパステルトーンの布地で統一されている。
重厚でどこか陰鬱な気配すら漂っていた廊下とは、まるで別世界のようだった。
そんな少女趣味なインテリアを眺め、ロゼッタがわずかに肩をすくめて溜息をつく。
「いつまでも浮き足立っているような部屋だね。まあ、掃除はそこそこ行き届いているようだけれど」
その言葉通り、室内は塵ひとつなく整頓されていた。
三人が座るには椅子が足りず、自然とロゼッタがデスク前の椅子に腰を下ろし、私とクロエがベッドの端に並んで座る形になった。
重苦しい沈黙を破ったのは、ロゼッタの鋭い声だった。
「それで――詳しい説明を、聞かせてもらえるかしら」
廊下で対峙していた時よりは幾分か落ち着きを取り戻していたが、それでも不安が消えることはない。
扉の向こうで、他のメイドたちが聞き耳を立てているのではないかという不安がずっと拭えない。
だけど、もはや隠し通せることではない。
私は覚悟を決めて口を開いた。
「私の名は、エルナ・セレスティア・ルミナス。ローランド・セレスティア・ルミナスが当主を務めていた、ルミナス家の令嬢です。……いえ、令嬢、でした」
「ルミナス」の名を聞いた瞬間、ロゼッタの瞳に冷ややかな光が宿った。
どうやら事情はすぐに察したらしい。
彼女は、当時の新聞や社交界で回っていた情報をなぞるように、淡々と口にした。
「……そう。聞き及んでいるわ。その不祥事のせいで、一家全員が爵位を剥奪され、平民へ堕とされたという話はね」
彼女の眼差しが、さらに厳しさを増す。
「軍の補給物資を敵国へ横流ししたんですって? 国家反逆罪という大罪を思えば、一族全員が死刑、あるいは良くて奴隷落ちが妥当なところ。命があるだけ、随分と運が良かったのね」
ロゼッタは、わざと私を挑発するような、冷淡な口調で言い放つ。
私は何も言い返せず、ただ下唇を強く噛んだ。
(我慢よ、エルナ。耐えるの。今は、言い争いをしている場合じゃない……。この話題は、一刻も早く切り上げなければ)
これ以上の失言を防ごうと、さらに強く唇を噛み締める。
だが、ロゼッタの手綱が緩むことはなかった。
「ルミナス公爵……いえ、ルミナス氏は、今どこにいるの?」
「……存じません」
父が失踪したという事実は、もはや国中に知れ渡っている。彼女は私の心を逆なでするために、あえて尋ねているのだ。
ふと、直感した。
もしかすると、これは私の忍耐力や適性を試す「面接」のようなものではないだろうか。
そう考えると、不思議と心に冷徹な落ち着きが戻ってきた。
「卑怯な男ね」
だけど、ロゼッタの追撃は止まらない。
「あれほどの大罪を犯し、残された家族がどうなるか分かっていたはずなのに、自分一人で逃げ出すなんて。所詮、売国奴の考えることなんてその程度ということかしら……」
「……ません」
不意に、声が漏れた。
いけない、と思った時にはもう遅かった。
理性という名の枷が外れ、私の唇は勝手に、心の奥底にある叫びを紡ぎ出していた。
私は顔を上げ、ロゼッタを真っ向から見据えて言い放った。
「父上は……父上は、反逆者などではありません!」
交互に名前を呼び合った私たちを、ロゼッタさんは眉を潜めて交互に見つめる。
「知り合いかい?」
「……はい」
再び声が重なる。
あまりの偶然に、私たちは言葉を継ぐことができず、ただもじもじと視線を泳がせた。
沈黙に耐えかねたロゼッタさんの視線が私を射抜いたため、私は口を開いた。
「はい。クロエとは、その……。知り合いです。彼女は以前、私が住んでいた屋敷で働いてくれていました」
「ほう。二人は以前、同じ職場で働いていたというわけか」
ロゼッタさんは納得したように頷きかけたが、すぐに違和感に気づいたようだった。
彼女の視線が、再びクロエへと向けられる。
「……だとしたら、クロエ。君はなぜ、この子の名に『様』を付けて呼んだんだい?」
「あ、それは……その……」
クロエは口ごもり、視線を地面に落とした。
彼女は知っているのだ。
私の身に何が起き、ルミナス家がどのような末路を辿ったのかを。
姿は見えないものの、廊下の至る所で、他のメイドたちが息を潜めてこの会話を盗み聞きしている気配がした。
私は静かに、けれどロゼッタさんの耳にははっきりと届く声量で告白した。
「……私が、元貴族の令嬢だからです」
ロゼッタさんの息が、一瞬だけ止まる。
彼女はプロの家政婦長らしく、驚愕を悲鳴に変えるような失態は見せなかった。
けれど、その双眸には隠しきれない動揺の色が濃く滲んでいる。
彼女は確認するように、クロエへ静かな問いを投げた。
「本当かい、クロエ」
クロエは苦しげに、深く頷いた。
「……本当です」
重苦しい沈黙が流れる。
ロゼッタさんは目を閉じ、頭の中で目まぐるしく計算しているようだった。
やがて、彼女は一つ頷くと、私の方を見据えた。
「……とりあえず、中に入りなさい」
促されるままに、私たちはクロエの部屋へと足を踏み入れた。
背後で、重厚なドアが静かに閉められた。
ドアを閉めると、廊下の冷気が遮断される。
それだけで、強張っていた肩の力がふっと抜けるような感覚があった。
見知った相手であるクロエの私室という事実が、私にささやかな安らぎを与えてくれたのかもしれない。
室内は、心地よい熱気に満ちていた。
マントルピースに火が灯っているわけではない。この、部屋全体を均一に包み込むような温もりは、魔法具による暖房だった。
かつて公爵令嬢として暮らしていた私には、それが維持費の嵩む贅沢品であることがすぐに分かった。
使用人の部屋にまで魔法暖房を完備しているとは。ベルンハルト家の圧倒的な財力と、奉公人への行き届いた配慮の証と言えるだろうか。
部屋を見渡せば、そこにはクロエの愛らしい性格がそのまま形を成したような空間が広がっていた。
棚には可愛らしいあらゆる小動物の人形が並び、カーテンやベッドカバーは明るいパステルトーンの布地で統一されている。
重厚でどこか陰鬱な気配すら漂っていた廊下とは、まるで別世界のようだった。
そんな少女趣味なインテリアを眺め、ロゼッタがわずかに肩をすくめて溜息をつく。
「いつまでも浮き足立っているような部屋だね。まあ、掃除はそこそこ行き届いているようだけれど」
その言葉通り、室内は塵ひとつなく整頓されていた。
三人が座るには椅子が足りず、自然とロゼッタがデスク前の椅子に腰を下ろし、私とクロエがベッドの端に並んで座る形になった。
重苦しい沈黙を破ったのは、ロゼッタの鋭い声だった。
「それで――詳しい説明を、聞かせてもらえるかしら」
廊下で対峙していた時よりは幾分か落ち着きを取り戻していたが、それでも不安が消えることはない。
扉の向こうで、他のメイドたちが聞き耳を立てているのではないかという不安がずっと拭えない。
だけど、もはや隠し通せることではない。
私は覚悟を決めて口を開いた。
「私の名は、エルナ・セレスティア・ルミナス。ローランド・セレスティア・ルミナスが当主を務めていた、ルミナス家の令嬢です。……いえ、令嬢、でした」
「ルミナス」の名を聞いた瞬間、ロゼッタの瞳に冷ややかな光が宿った。
どうやら事情はすぐに察したらしい。
彼女は、当時の新聞や社交界で回っていた情報をなぞるように、淡々と口にした。
「……そう。聞き及んでいるわ。その不祥事のせいで、一家全員が爵位を剥奪され、平民へ堕とされたという話はね」
彼女の眼差しが、さらに厳しさを増す。
「軍の補給物資を敵国へ横流ししたんですって? 国家反逆罪という大罪を思えば、一族全員が死刑、あるいは良くて奴隷落ちが妥当なところ。命があるだけ、随分と運が良かったのね」
ロゼッタは、わざと私を挑発するような、冷淡な口調で言い放つ。
私は何も言い返せず、ただ下唇を強く噛んだ。
(我慢よ、エルナ。耐えるの。今は、言い争いをしている場合じゃない……。この話題は、一刻も早く切り上げなければ)
これ以上の失言を防ごうと、さらに強く唇を噛み締める。
だが、ロゼッタの手綱が緩むことはなかった。
「ルミナス公爵……いえ、ルミナス氏は、今どこにいるの?」
「……存じません」
父が失踪したという事実は、もはや国中に知れ渡っている。彼女は私の心を逆なでするために、あえて尋ねているのだ。
ふと、直感した。
もしかすると、これは私の忍耐力や適性を試す「面接」のようなものではないだろうか。
そう考えると、不思議と心に冷徹な落ち着きが戻ってきた。
「卑怯な男ね」
だけど、ロゼッタの追撃は止まらない。
「あれほどの大罪を犯し、残された家族がどうなるか分かっていたはずなのに、自分一人で逃げ出すなんて。所詮、売国奴の考えることなんてその程度ということかしら……」
「……ません」
不意に、声が漏れた。
いけない、と思った時にはもう遅かった。
理性という名の枷が外れ、私の唇は勝手に、心の奥底にある叫びを紡ぎ出していた。
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