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思わず声を張り上げてしまったその瞬間、背筋に冷たいものが走った。
直ちに凄まじい後悔に襲われる。
見開いた目から無理やり力を抜き、私は逃げるように視線を自分の足元へと落とした。
間違いなく、激しい叱責が飛んでくる。
感情を制御できずに醜態をさらした代償として、ここでの地獄のような生活が最悪の形で幕を開けるのだ。
そんな確信に近い予感に身をすくめ、ロゼッタさんの怒鳴り声を待っていた私の耳に届いたのは、意外なほど静かな声だった。
「そう断じる根拠でもあるのかい?」
ロゼッタの声には、私をたしなめようとする刺々しさも、攻撃的な響きもなかった。
ただ純粋に、問いを投げかけるような口調。
私は弾かれたように顔を上げ、震える声で正直に答えた。
「……いいえ。証拠はありません。ただの心証です。ですが、父は誰よりも高潔な軍人であり、深い愛国心の持ち主でした。決して、そのようなあるまじき不正をする方ではありません」
「……」
ロゼッタはしばらく何も言わず、ただ射抜くような眼差しで私の瞳をじっと見つめていた。
その視線が何を意味するのか、私には見当もつかない。
沈黙の重みに耐えかね、私は再び視線を伏せた。
どれほど長く感じられる時間が流れただろうか。
やがて、ロゼッタが静かに口を開いた。
「まあ、いいさ。今はあなたの父親の話をする場でもなさそうだしね」
緊張の糸が切れた反動で、ふと私は跳ねるように深いお辞儀をした。
「も、申し訳ありません……!」
何度も、何度も、壊れた人形のように深く頭を下げる。
頭が冷えてみれば、自分がどれほど恐ろしいことを口にしたか、ようやく理解が追いついたのだ。
「国が下した正式な判決に異を唱えるなど、言語道断でした。王の裁定を否定することは、それ自体が新たな反逆罪になり得るというのに……。分不相応な口答えをしました。どうか、どうかお許しを……」
「落ち着きなさい」
永遠に続きそうだった私の謝罪を、ロゼッタの淡白な言葉が遮った。
「そんなにかしこまらなくていいから。さっきのは、あくまで君個人の意見だろう? それも根拠のない、ただの心証だ」
「さ、さようでございます……」
「なら別にいいじゃないか。私はただのメイド長で、あなたは父親を敬愛する一人の娘にすぎない。違うかい?」
「……違いありません」
恐る恐る頷く私を見るロゼッタの眼光は、最初に出会った時の鋭利な色とは、わずかに違って見えた。
この短い問答を通じて、私は悟った。
この人は依然として底知れず恐ろしく、峻烈な厳しさを秘めた人物ではあるが、決して理不尽な人ではないのだと。
「ならいい。とにかく、君の父親の話はここまでにして……」
ロゼッタはそう言うと、わずかに緩んだように見えた表情を再び引き締め、椅子から勢いよく立ち上がった。
つられるように、私とクロエも反射的に背筋を伸ばす。
その振動でベッドが小さく揺れた。
ロゼッタは私たちの方へ、正確には私の方へと歩み寄ると、人差し指をすっと上へ向けた。
無駄のない、軍人のような節度を感じさせるジェスチャー。
その意図を汲み取り、私はベッドから立ち上がった。
するとロゼッタは、まるで身体検査でもするかのように、私の体にあちこち触れ始めた。
肩の厚みを確かめ、腕の筋肉を揉み、腰回りの骨格を確かめられる。
その手つきはあまりに事務的で、まるで奴隷市場の買い手が、商品の健康状態や筋肉の付き具合を確認しているかのようだった。
品定めされる「商品」になり下がったような、何とも言えぬ気分に見舞われる。
私はただ生唾を飲み込み、受動的にその検分を受け入れるしかなかった。
「ひょろひょろじゃないか」
下半身から上半身へと手の動きを移し、私の二の腕を無造作に揉みながら、ロゼッタさんが吐き捨てるように言う。
「どう見ても労働に耐えられる体つきではないね」
「……」
「元令嬢ゆえ致し方ないとはいえ、あんまりだ。あなたは痩せすぎている」
そう言われても、私はただ淡々とその言葉を受け止めることしかできなかった。
平民に身を落とし、日々の糧を得るために泥を這いずるような生活を始めてからというもの、鏡を覗き込む余裕など一秒たりともなかったから。
今の自分がどんな無様な面(つら)をしているのか、想像すら及ばない。
ふと、デスクの上に置かれた円形の鏡に視線が吸い寄せられる。
そこに映る自分の姿を認めた瞬間、私は絶句した。
(これが……私?)
そこにいたのは、かつての輝きを失い、惨めに枯れ果てた一人の少女だった。
骸骨のように飢えさらばえているわけではないが、令嬢時代のみずみずしさは微塵もなく、ただただ水ぼらしい。
そのあまりの豹変ぶりに、指一本動かすこともできず、私は鏡の中の自分を凝視し続けた。
すると、ロゼッタがわざとらしく私と鏡の間に割り込み、その残酷な再会を遮る。
「前の職場がどんな環境だったかは知らないけれど」
ロゼッタの声が、静かに部屋に響く。
「ここベルンハルト家での仕事は厳しいよ。給料や待遇は都で一番だが、その分、要求される質も都で一番過酷だと言われている。そんなボロ布のような体では、三日と持たずに根を上げることになるだろうさ」
「も、申し訳……」
「いちいち謝るんじゃない!」
鋭い叱咤が、小さな、けれど確かな熱量を持った雷撃のように私に降り注ぐ。
私は感電したかのように肩を震わせ、慌てて声を絞り出す。
「は、はい! 承知いたしました」
「そもそも、あなたがここまで痩せ細ったのは、あなたのせいではあるまい。まともな食事も与えられなかったのだろう?一目でわかるわ」
……その通りだった。
私は沈黙することで、彼女の推測を肯定する。
ロゼッタは重苦しい溜息をひとつつくと、告げた。
「アルフォンス様のご指示だ。今日は大浴場で体を洗いなさい」
「……大浴場、ですか?」
「そう。寮にはメイド用の浴場があって、今は使用時間外だけれど、主(あるじ)の特別な命で、今お湯を沸かせている。……あなた一人のためにね」
最後の言葉に込められた重みに、私は再び肩をすくめてしまう。
「お湯が沸いたら呼びに来るから、それまではここで休んでいなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
「それと、さっきは何も食べなくていいと言ったけれど、今のあなたを空腹のまま放置するわけにはいかない。風呂の前に食事をこの部屋に運ばせるから、残さず食べなさい」
食事、という言葉に、私は微かな拒絶反応を示してしまった。今の私には、何ひとつ咀嚼する気力が残っていなかったからだ。
そして私の渋るような表情を、ロゼッタは見逃さなかった。
彼女の眼光が一段と険しくなる。
「私たちを、部下を虐待する人非人(ひとでなし)にするつもりかい? これは私から、上官としての最初の命令よ。夕食を食べなさい。さもなくば、たとえアルフォンス様が連れてきた相手だとしても、即座に解雇するわよ」
「……はい。承知いたしました。……お心遣い、感謝いたします」
ロゼッタから、二度目の溜息が漏れる。
ただ痩せているだけで、まるで彼女に対して何か重大な過ちでも犯しているかのような、奇妙な申し訳なさが生じる。
「とにかく」
そこでようやく、ロゼッタは踵を返した。
「今日はゆっくり休みをとりなさい」
それだけ言い残して、彼女は部屋を去った。
重厚なドアが静かに閉まる。
……ゆっくり、休みをとる。
その言葉が胸の奥底で心地よい残響となり、波紋のように広がっていく。
疲れ切った頭でその感覚に浸っていると、ふと、まだベッドに座ったままのクロエの存在を思い出した。
視線を向けると、私は思わず息を呑んだ。
私を見つめるクロエの両目がみるみるうちに潤み、今にも堰を切って溢れ出さんばかりに震えていたのだ。
直ちに凄まじい後悔に襲われる。
見開いた目から無理やり力を抜き、私は逃げるように視線を自分の足元へと落とした。
間違いなく、激しい叱責が飛んでくる。
感情を制御できずに醜態をさらした代償として、ここでの地獄のような生活が最悪の形で幕を開けるのだ。
そんな確信に近い予感に身をすくめ、ロゼッタさんの怒鳴り声を待っていた私の耳に届いたのは、意外なほど静かな声だった。
「そう断じる根拠でもあるのかい?」
ロゼッタの声には、私をたしなめようとする刺々しさも、攻撃的な響きもなかった。
ただ純粋に、問いを投げかけるような口調。
私は弾かれたように顔を上げ、震える声で正直に答えた。
「……いいえ。証拠はありません。ただの心証です。ですが、父は誰よりも高潔な軍人であり、深い愛国心の持ち主でした。決して、そのようなあるまじき不正をする方ではありません」
「……」
ロゼッタはしばらく何も言わず、ただ射抜くような眼差しで私の瞳をじっと見つめていた。
その視線が何を意味するのか、私には見当もつかない。
沈黙の重みに耐えかね、私は再び視線を伏せた。
どれほど長く感じられる時間が流れただろうか。
やがて、ロゼッタが静かに口を開いた。
「まあ、いいさ。今はあなたの父親の話をする場でもなさそうだしね」
緊張の糸が切れた反動で、ふと私は跳ねるように深いお辞儀をした。
「も、申し訳ありません……!」
何度も、何度も、壊れた人形のように深く頭を下げる。
頭が冷えてみれば、自分がどれほど恐ろしいことを口にしたか、ようやく理解が追いついたのだ。
「国が下した正式な判決に異を唱えるなど、言語道断でした。王の裁定を否定することは、それ自体が新たな反逆罪になり得るというのに……。分不相応な口答えをしました。どうか、どうかお許しを……」
「落ち着きなさい」
永遠に続きそうだった私の謝罪を、ロゼッタの淡白な言葉が遮った。
「そんなにかしこまらなくていいから。さっきのは、あくまで君個人の意見だろう? それも根拠のない、ただの心証だ」
「さ、さようでございます……」
「なら別にいいじゃないか。私はただのメイド長で、あなたは父親を敬愛する一人の娘にすぎない。違うかい?」
「……違いありません」
恐る恐る頷く私を見るロゼッタの眼光は、最初に出会った時の鋭利な色とは、わずかに違って見えた。
この短い問答を通じて、私は悟った。
この人は依然として底知れず恐ろしく、峻烈な厳しさを秘めた人物ではあるが、決して理不尽な人ではないのだと。
「ならいい。とにかく、君の父親の話はここまでにして……」
ロゼッタはそう言うと、わずかに緩んだように見えた表情を再び引き締め、椅子から勢いよく立ち上がった。
つられるように、私とクロエも反射的に背筋を伸ばす。
その振動でベッドが小さく揺れた。
ロゼッタは私たちの方へ、正確には私の方へと歩み寄ると、人差し指をすっと上へ向けた。
無駄のない、軍人のような節度を感じさせるジェスチャー。
その意図を汲み取り、私はベッドから立ち上がった。
するとロゼッタは、まるで身体検査でもするかのように、私の体にあちこち触れ始めた。
肩の厚みを確かめ、腕の筋肉を揉み、腰回りの骨格を確かめられる。
その手つきはあまりに事務的で、まるで奴隷市場の買い手が、商品の健康状態や筋肉の付き具合を確認しているかのようだった。
品定めされる「商品」になり下がったような、何とも言えぬ気分に見舞われる。
私はただ生唾を飲み込み、受動的にその検分を受け入れるしかなかった。
「ひょろひょろじゃないか」
下半身から上半身へと手の動きを移し、私の二の腕を無造作に揉みながら、ロゼッタさんが吐き捨てるように言う。
「どう見ても労働に耐えられる体つきではないね」
「……」
「元令嬢ゆえ致し方ないとはいえ、あんまりだ。あなたは痩せすぎている」
そう言われても、私はただ淡々とその言葉を受け止めることしかできなかった。
平民に身を落とし、日々の糧を得るために泥を這いずるような生活を始めてからというもの、鏡を覗き込む余裕など一秒たりともなかったから。
今の自分がどんな無様な面(つら)をしているのか、想像すら及ばない。
ふと、デスクの上に置かれた円形の鏡に視線が吸い寄せられる。
そこに映る自分の姿を認めた瞬間、私は絶句した。
(これが……私?)
そこにいたのは、かつての輝きを失い、惨めに枯れ果てた一人の少女だった。
骸骨のように飢えさらばえているわけではないが、令嬢時代のみずみずしさは微塵もなく、ただただ水ぼらしい。
そのあまりの豹変ぶりに、指一本動かすこともできず、私は鏡の中の自分を凝視し続けた。
すると、ロゼッタがわざとらしく私と鏡の間に割り込み、その残酷な再会を遮る。
「前の職場がどんな環境だったかは知らないけれど」
ロゼッタの声が、静かに部屋に響く。
「ここベルンハルト家での仕事は厳しいよ。給料や待遇は都で一番だが、その分、要求される質も都で一番過酷だと言われている。そんなボロ布のような体では、三日と持たずに根を上げることになるだろうさ」
「も、申し訳……」
「いちいち謝るんじゃない!」
鋭い叱咤が、小さな、けれど確かな熱量を持った雷撃のように私に降り注ぐ。
私は感電したかのように肩を震わせ、慌てて声を絞り出す。
「は、はい! 承知いたしました」
「そもそも、あなたがここまで痩せ細ったのは、あなたのせいではあるまい。まともな食事も与えられなかったのだろう?一目でわかるわ」
……その通りだった。
私は沈黙することで、彼女の推測を肯定する。
ロゼッタは重苦しい溜息をひとつつくと、告げた。
「アルフォンス様のご指示だ。今日は大浴場で体を洗いなさい」
「……大浴場、ですか?」
「そう。寮にはメイド用の浴場があって、今は使用時間外だけれど、主(あるじ)の特別な命で、今お湯を沸かせている。……あなた一人のためにね」
最後の言葉に込められた重みに、私は再び肩をすくめてしまう。
「お湯が沸いたら呼びに来るから、それまではここで休んでいなさい」
「は、はい。ありがとうございます」
「それと、さっきは何も食べなくていいと言ったけれど、今のあなたを空腹のまま放置するわけにはいかない。風呂の前に食事をこの部屋に運ばせるから、残さず食べなさい」
食事、という言葉に、私は微かな拒絶反応を示してしまった。今の私には、何ひとつ咀嚼する気力が残っていなかったからだ。
そして私の渋るような表情を、ロゼッタは見逃さなかった。
彼女の眼光が一段と険しくなる。
「私たちを、部下を虐待する人非人(ひとでなし)にするつもりかい? これは私から、上官としての最初の命令よ。夕食を食べなさい。さもなくば、たとえアルフォンス様が連れてきた相手だとしても、即座に解雇するわよ」
「……はい。承知いたしました。……お心遣い、感謝いたします」
ロゼッタから、二度目の溜息が漏れる。
ただ痩せているだけで、まるで彼女に対して何か重大な過ちでも犯しているかのような、奇妙な申し訳なさが生じる。
「とにかく」
そこでようやく、ロゼッタは踵を返した。
「今日はゆっくり休みをとりなさい」
それだけ言い残して、彼女は部屋を去った。
重厚なドアが静かに閉まる。
……ゆっくり、休みをとる。
その言葉が胸の奥底で心地よい残響となり、波紋のように広がっていく。
疲れ切った頭でその感覚に浸っていると、ふと、まだベッドに座ったままのクロエの存在を思い出した。
視線を向けると、私は思わず息を呑んだ。
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