令嬢から成り下がったメイドの分際で、侯爵様と目が合ってしまって

真好

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 王宮の「大舞踏の間」に、乾いた紙の裂ける音が響き渡った。

 国王の手によって無残に引き裂かれたのは、つい先ほどまでエルナを死へと追い詰めていた「即時処刑執行書」だった。

「クレイソン公爵。貴公の罪はもはや言い逃れができぬ。司法を私物化し、忠臣を陥れ、さらには軍用物資の横流しによって国の根幹を脅かした……。これらは到底、許容できるものではない」

 国王の声は、かつてないほど重く、冷徹だった。

 膝をついたまま震える公爵を見下ろし、王は最後通牒を突きつけた。

「クレイソン公爵家の爵位を剥奪し、家門の取り潰しを命ずる。全財産は没収し、本人および主犯格の親族は、北方の軍用鉱山への無期懲役とする。――衛兵、この者らを連れて行け」

「あ、ああ……っ!!」

 クレイソン公爵は、もはや言葉を紡ぐこともできず、その場に崩れ落ちた。

 かつて王国の重鎮として権勢を誇った男の末路は、あまりにも無惨で、滑稽ですらあった。

 衛兵たちが公爵の腕を掴もうとしたその時、絶叫がホールを切り裂く。

「認めないわ!そんなこと、認めないわよ!!」

 イザベラだった。

 深紅のドレスを振り乱し、彼女は狂ったようにエルナへ飛びかかろうとする。

 その端正だった顔は、嫉妬と絶望で見る影もなく歪んでいた。

「私が、ベルンハルト侯爵夫人の座を射止めて、この国で最も羨望される女性になるはずだったのに!なぜ、こんな泥棒猫に……。昨日まで汚らしい床を磨いていた、卑しいメイドごときに負けなきゃいけないのよ!早く、早くその女の首を撥ねなさいよ!」

 イザベラの金切り声が、静まり返ったホールに虚しく響く。

 周囲の貴族たちは、かつて自分たちが取り入ろうとした令嬢のあまりの醜態に、冷ややかな視線を向けるだけだった。

 そしてエルナに届く前に、アルフォンスがその前に立ちはだかる。

 アルフォンスの瞳から、一切の温度が消える。

 彼が微かに魔力を練り上げた瞬間、ホールの床が一気に白く凍りつき、凄まじいプレッシャーがイザベラを押し潰した。

「……その薄汚い口で、私の大切な婚約者の名を呼ぶな」

 アルフォンスの声は、地獄の底から響くような重圧を伴っていた。

「君が求めていたのは私の地位と権力だけであり、君が『卑しい』と嘲笑った彼女が守り抜いたのは、誇りと真実だ。……衛兵、この女を連れて行け。二度と私の視界に入る場所に置くな」

「いや、離して!アルフォンス様、貴方は私を愛するはずなのよ!嫌ぁぁぁぁ!!」

 絶望の悲鳴を上げながら、イザベラは引きずり出されていく。

 彼女の夢見た栄華は、自ら蒔いた悪意の種と共に、永遠に閉ざされた。



***

 嵐のような騒動が去り、ホールには静寂が戻った。

 国王は、アルフォンスの隣で気高く立つエルナへと視線を向けた。

「エルナ・ルミナス。……いや、ルミナス公爵令嬢。この数年、我が国の司法の過ちによってそなたに強いた屈辱と苦難、心より謝罪する」

 国王が自ら頭を下げる姿に、会場は再びどよめきに包まれた。

 王は、傍らに控えた書記官に命じ、新たな勅令を読み上げさせた。



【ルミナス家への名誉回復と補償に関する勅令】



・ルミナス公爵家の爵位の完全回復、および全領地の即時返還する。

・没収されていた資産に加え、クレイソン公爵家から没収した全私財を「慰謝料」としてルミナス家へ譲渡する。

・今後十年間、ルミナス領における全公租公課を免除する。

・王宮の正門前に、ルミナス家の清廉さを称える記念碑を建立する。



 エルナは震える唇を噛み締め、深く、静かに礼をした。

「……過分なるお言葉、恐悦至極に存じます、国王陛下」

 その声は、かつてメイドとして耐え忍んでいた時のものではない。

 数年間の屈辱を乗り越え、真実を勝ち取った、気高き公爵令嬢の響きだった。



***

「……終わったな、エルナ」

 アルフォンスが、衆人環視の中でエルナの肩を抱き寄せた。

 周囲の貴族たちは、かつてメイドとして嘲笑っていた女性に対し、今や「あのベルンハルト侯爵が命を懸けて愛する、王国で最も有力な女主人」として、羨望と畏怖の眼差しを向けている。

「アルフォンス様……。私、夢を見ているようです」

「夢ではない。これからは、君を辱める者はこの国に一人もいない。もしそんな不届き者が現れれば、私がこの手で氷漬けにしてやろう」

 アルフォンスの独占欲の強い言葉に、エルナは初めて、心の底から安堵の笑みを浮かべた。

 その翠色の瞳には、もう絶望の影はなかった。

「レイ、エドガー」

 アルフォンスが背後に控える二人の副団長を呼ぶ。

「は。既に準備は整っております。北の国境砦へ、最速の魔導馬車を手配しました」

 アルフォンスは、エルナの手を力強く握りしめた。

「……行こう、エルナ。君に会わせたい人がいる」
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