悪役令嬢は婚約破棄の後、氷の騎士に溺愛される〜裏切られた令嬢の逆転劇〜

nacat

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第6話 騎士邸での再会

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王都の外れ、古い大通りから一本入った小道の先に、灰色の石造りの館があった。軍の規律を象徴するように整然とした佇まいでありながら、どこか静かな温もりを宿している。そこがオルフェンの邸宅――氷の騎士が私的に暮らす唯一の場所だった。

「こんなところに……騎士団の副団長のお屋敷があるなんて」

クラリスは馬車の窓から外を見つめながら、小さく息を漏らした。王都の喧騒から離れた場所にあり、まるで孤高の氷の領域だ。門の前に立つ衛兵は彼らの顔を見ると即座に敬礼し、静かに門を開いた。馬車が敷石の道を進む間、クラリスは胸の中で繰り返し言い聞かせていた――今さら迷うな、と。

馬車が止まり、シェイドが扉を開ける。オルフェンが先に降り立ち、手を差し出した。その大きく節ばった指先が、ほんの一瞬のためらいを見せながら、彼女の手を掴む。冷たいと思っていた指は、不思議なほど温かかった。

「ここなら安全だ。誰も君を追い詰めることはない」

オルフェンの低い声が響く。クラリスは軽く頷いた。「……お世話になります」  
館の中はまるで空気そのものが整っているように静かだった。白い壁、深紅の絨毯、無駄な装飾のない広間。だがその簡素さの中に、住む主の強い意志が見える。使用人は少なく、皆静かに深々と頭を下げた。

執務室に通されると、書棚には剣術論や魔術研究の書物が整然と並び、机の上には地図と報告書の束があった。  
「副団長、まるでここがもう一つの司令室のようですわね」  
クラリスの冗談交じりの言葉に、オルフェンは少しだけ表情をほころばせる。  
「落ち着くんだ。屋敷にいても戦場にいるような気持ちでいられる」  
「戦場……ですか」  
「貴族社会も似たものだろう?」  
その言葉に、クラリスは小さく微笑むしかなかった。

一人の侍女が紅茶を入れて下がる。カップを口にしながら、クラリスは真剣なまなざしで言った。  
「実は、昨夜――修道院書庫で手に入れた資料を拝見いただきたくて参りました」  
オルフェンの目が細められる。「例の帳簿か」  
クラリスは革の鞄から台帳を取り出し、そっと差し出した。厚い古紙には筆跡の不統一と改ざんの跡がはっきりと浮かんでいる。  
「見てください、この部分。入学記録が不自然に擦り直されています。リリアーヌ嬢は“王立奨学生”とされていますが、推薦者署名が存在しません」  
「……つまり、最初から存在していなかった可能性がある」  
「ええ。けれど、この件を誰にも報告できません。王子殿下が耳にすれば、証拠ごと消えるでしょうから」  

オルフェンは台帳を手に取り、慎重にページを捲った。苦く息を吐く。  
「確かに。筆跡の違いだけでなく、使用されているインクの配合も異なる。王宮記録用ではない――偽造だ。よく見抜いた」  
「偶然見つけただけです。アドリス師が助けてくださらなければ、今ごろ全て燃やされていました」  
クラリスは紅茶のカップを置き、真っ直ぐに彼を見た。  
「……オルフェン様。私は殿下の罪を暴きたいわけではありません。ただ、真実を取り戻したいだけです。あの日の“ざまぁ”を受けて笑われたまま、終わらせたくない」  
その言葉には震えがなかった。代わりに、静かに燃える炎があった。  

オルフェンはしばらく彼女を見つめたまま何も言わなかった。やがてゆっくりと口を開く。  
「君の覚悟は本物だ。だが覚えておけ――真実を掘り返すということは、誰かの闇に触れるということだ。王子の背後に何があるか、俺もまだ掴み切れていない」  
「それでも構いません」  
クラリスの答えに、オルフェンは微かに目を伏せた。  
「分かった。ならば今日から君は俺の客としてここに暮らせ。外出も控えた方がいい。動向を知られれば命が危うい」  
「ご迷惑では……?」  
「迷惑なら既に助けていない」  
淡々とした声音に、思わず唇が笑みを描く。  

話が途切れた瞬間、外の廊下で急ぎ足の音が響いた。扉が開き、若い騎士が息を切らしながら報告する。  
「副団長! 王城より密使が到着しました。至急の召喚命令です」  
「……タイミングが悪いな」  
オルフェンはすぐに立ち上がり、外套を羽織る。  
「殿下から直接、かもしれない。クラリス、決して姿を見せるな。俺の部屋に鍵をかけて待て」  
「はい」  

彼が部屋を出ていくと、静寂が広がった。クラリスは窓辺に立ち、外を見下ろす。王都の空は薄く曇り、遠くの塔が霞む。そのとき、館の裏口から何かを引きずるような音がして、彼女は振り向いた。  
音は階下方向から。気配に導かれるように廊下を進むと、裏扉の前に小柄な少年が座り込んでいた。使用人見習いだろうか。だがその手には封も開けられていない王城の紋章入りの文書が握られている。  
「あなた、それは……?」  
少年は怯えたように顔を上げた。「僕、届けに来たんです。言われました、“副団長に直接渡せ”って」  
言われるが早いか、紙面が淡く光を放つ。クラリスの本能が叫んだ。  
「それを放して!」  
次の瞬間、封書が爆ぜるように光り、凄まじい衝撃音が部屋を揺らした。少年が吹き飛び、書棚が崩れる。  
クラリスはすぐさま駆け寄り、少年の身体を抱き起こす。息がかすかにあった。  
手の中の封筒の破片には、青い魔術印が刻まれていた――王城魔術隊の封印。  

オルフェンが駆け戻ってきた。  
「クラリス!」  
「無事です。でも……これを」  
彼女が渡した封筒の残骸を見た瞬間、彼の表情が激しく歪んだ。  
「これは……殿下の印章だ。俺を狙ったのか? まさか……」  
青い光が床に散ってなお消えず、まるで誰かの警告のように脈打っていた。  

「どうやら、俺たちはもう完全に敵と見なされたらしい」  
その低い声に、クラリスの背筋が震えた。  
「逃げるべきですか?」  
「いや。避けられないなら、迎え撃つ。真実を掴むために」  

窓の外で雷鳴が轟いた。  
クラリスは唇を結び、その胸の奥に確かな覚悟を刻みつける。  
彼の隣でなら、この嵐の中を歩ける気がした。  

(続く)
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