断罪された公爵令嬢でしたが、今さら後悔してももう遅いです ~第二の人生は最愛の隣で~

nacat

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第1話 断罪の日、すべてを失った

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透明な冬の日差しが、王都の中央広場を薄く照らしていた。整然と並ぶ貴族たちの視線が一斉に前を向く。その先に立たされているのは、一人の若い令嬢。氷のように白い肌と、金糸のように輝く髪。その姿はまさしく公爵家の令嬢レティシア・アルヴィオンだった。

しかし、今の彼女の目には光がなかった。  

「レティシア・アルヴィオン。貴女は王太子殿下の婚約者でありながら、王家を裏切り、他国との通謀を図った罪で告発されている。申し開きはあるか?」

壇上で厳しい声を響かせたのは、王国裁判会議の長老だった。群衆はざわめき、息を呑むようにその返答を待った。

レティシアは唇を震わせながらも、かすれた声で答えた。  
「そのようなこと、しておりません……。誰が、そんな……」

だが、その声は途中で遮られる。  
すっと前に出た青年、王太子アレクシスが冷ややかな声を放った。  

「もうよい、レティシア。お前の偽りの言葉を聞くのは、これで最後だ。お前が裏で宰相の息子を愛人として囲い、私を欺いていたことなど、すでに証人の証言で明らかだ。」

「そんな……アレクシス様……!」

レティシアの頬を涙が伝う。だがその涙を見ても、彼の瞳は氷のように冷たかった。それは、かつて彼女が愛し、その未来を信じ切っていた男とは思えない目だった。

周囲の貴族たちがひそひそと囁き始める。  
「見損なったわね……」  
「清楚ぶっていて、裏ではそんなことを……」  
「公爵令嬢でも、王太子妃の座には釣り合わなかったのか」

誰もが彼女を、罪人として見ている。その誤解を解くためにどれほど喉を震わせても、誰も聞いてはくれない。

「貴女が、すべてを認めないというのなら、この場で婚約を破棄します。そして、アルヴィオン公爵家はその責任を問われ、爵位の一部を没収する。」

アレクシスの宣告に、広場はざわめきに包まれた。  
レティシアの背後にいた父親は顔を伏せ、何も言わなかった。母は泣き崩れそうな顔をしていたが、その手を伸ばすこともできない。王家の前で逆らえば、家ごと滅ぶことを知っているからだ。

「……どうしてですの、アレクシス様。わたくしは、あなたのために……あなたの役に立てるように努力して……」

「黙れ。」  
短く吐き捨てるように彼は言った。  
「お前がすべきは弁解ではない。今さら言葉を飾るより、その罪を償うことだ。」

彼の背後には、一人の少女が寄り添っていた。  
淡い栗毛を持つその少女はエミリア――レティシアの遠縁にあたる子爵令嬢。数か月前まで下級貴族の出として誰にも顧みられなかったはずの彼女が、今は王太子の腕の中に甘えるように立っている。

「アレクシス様……本当に、よろしかったのですか? レティシア様は、昔はとてもお優しい方でしたのに……」

「エミリア、君は優しいな。だが、偽りの優しさに惑わされる必要はない。」

群衆はそのやり取りを見て、ため息まじりに肯定するように頷いた。  
「やっぱりエミリア嬢こそふさわしいわ」  
「庶民出でも清らかな娘なのね」

レティシアには、その全ての言葉が滑稽に響いた。――天はどこまで残酷なのだろう。正義は誰の口からも語られず、真実は捻じ曲げられ、彼女だけが“罪人”の烙印を押されていく。

「……わかりました。」  
レティシアは震える声で言った。  
「アレクシス様――いえ、殿下。どうぞその婚約、破棄なさってくださいませ。これ以上、殿下の前に立つことなど許されぬ身でございます。」

「潔いな。」  
アレクシスはわずかに眉を動かし、彼女を見下ろした。  
「せめて、最後の誇りは守れるようだ。」

レティシアは静かに微笑んだ。  
それは自嘲にも似ていた。  
―誇り? それを奪ったのは、貴方ではなくて?

衛兵が彼女に歩み寄り、腕を掴んだ。その腕を痛めつけるような強い力に、思わず小さく息を零す。だが抵抗はしなかった。侮蔑の視線を浴びながら、彼女は広場の中心から引きずられていく。

空は高く、青く澄んでいた――なのに、彼女の視界には灰色しか見えなかった。

控えの部屋に連れ込まれると、誰もいなくなった。重い扉が閉ざされ、ただ一人きりになった瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。

「……私は、なにもしていないのに……」

呟いた声はあまりにも小さかった。  
誰も、それを聞く者はいない。  
涙が頬を伝い、床に落ちる。  
彼女は両手を握りしめ、かすれた声で吐き出した。  

「お願い、誰か……どうして、こんなことに……」

その瞬間、背後の扉がわずかに開く音がした。  
顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。  

第二王子カイル・ヴァレンティア。  
アレクシスとは異母兄弟であり、常に冷静沈着な人物として評判の男。  

「……レティシア嬢。」

低く、穏やかで、それでいて深い音色の声だった。  

「殿下……私を、嘲笑いに? それとも、憐れみに来られたのですか。」

「どちらでもない。」  
彼は静かに首を振った。  
「真実を、確かめに来た。」

レティシアはその言葉の意味を測りかねたまま、唇を噛んだ。  

「今さら……真実を知っても、遅いですわ。全て、もう……終わったことです。」

「終わっていない。」  
カイルの瞳が一瞬だけ、鋭く光を宿した。  
「あなたを罪人に仕立てあげたのは、誰か。あなた自身も、心のどこかで気づいているはずだ。」

心臓が止まるような感覚がした。  
確かに――心の奥底で、彼女にも薄々察していたことがあった。  
あの文書の流出、宰相の息子との疑惑、根も葉もない噂。  
それを仕組める者など、限られている。  
レティシアが社交界で嫉妬を買い、孤立していたことを利用できる人間。

「……まさか。」

思考の隙間から一つの名が浮かび、唇が震えた。  
だがその名を口にすることはできなかった。  

カイルはその沈黙を理解したように、わずかに頷いた。  
「あなたが声を上げる日を待ちましょう。ですが――どうか、生き延びてください。」

「生きる……?」

「そうだ。」  
彼は短く言い切り、懐から一つの紋章付きの指輪を取り出した。  
「この指輪を持っていなさい。いつか、真実を証す時に役に立つ。」

差し出されたその指輪を、レティシアは呆然と見つめた。  
指輪に刻まれた紋は、彼女の知らない印。けれど、不思議な温かさがそこから伝わってくる。

「何故、私に……?」

「誰かが、あなたの味方でなければならない。」

そう言い残し、カイルは部屋を去っていった。  
扉が閉まる音が、長い余韻を残す。

レティシアはその場に崩れ落ち、手の中の指輪を見つめた。  
涙で滲む世界の中で、その小さな光だけが確かに輝いていた。  

失われたものの大きさに、胸が痛みで締め付けられる。  
愛も、信頼も、未来も、すべて燃え尽きてしまった。  

それでも――今はまだ、終わりではない。  

「……カイル殿下、貴方が言う通りなら……この指輪に、すべてを賭けますわ。」

彼女は静かに瞳を閉じた。  
心の奥底に、憎しみでも後悔でもない、かすかな諦念と決意が芽生える。

次に目を開けた時、その決意がどんな未来を呼ぶのか――まだ彼女は知らなかった。  

ただ、この瞬間こそが、後に“彼女の運命を変えた日”として語られることになる。  

(続く)
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