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第4話 冷たい婚約者と優しい第二王子
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それから数日後の午後、レティシアは王城へ呼び出された。
アレクシスとの婚約破棄の件について、正式に処理を行うためだ。
前世でもこのように人々の前で破棄を告げられたが、今回は自ら申し出た形。状況は同じでも意味はまるで違う。
馬車の窓から城の尖塔を眺めながら、レティシアは深く息を整えた。
「もう怯えることはないわ。これは私が選んだ道。」
その呟きが自分を勇気づけるようだった。
王の私室へと案内されると、アレクシスがすでに来ていた。いつものように隙のない姿、完璧な立ち居振る舞い。だが、その視線は明らかに冷えていた。
「よう、来たな。」
「殿下。お待たせいたしました。」
形式的に頭を下げると、彼は微かに眉を寄せる。
「相変わらず冷静だな。噂で聞いたが、社交界では堂々たる態度だったそうじゃないか。」
「ええ。女が一度口にしたことは、恥じるべきではありませんもの。」
「ずいぶん強気だ。」
「学びまして。」
レティシアが静かに微笑むと、アレクシスは何か言いたげに口を結んだ。
沈黙を破ったのは、王の重厚な声だった。
「話は聞いておる。そなたらの婚約は正式に解消とする。アルヴィオン公爵家への影響は最小限にとどめよう。」
「ありがとうございます、陛下。」
「アレクシス、異論はあるか。」
「……ありません。」
王太子は短く答えたが、その声には小さな棘があった。
書面への署名が終わると、儀礼的な会話だけが流れた。
だが、退出の間際、アレクシスはレティシアを呼び止めた。
「待て。」
振り返ると、黄金の髪が窓からの光を受けて揺れた。
「殿下、何か。」
「お前のような女が、自ら婚約を破棄するとは思わなかった。」
「人は変わります。」
「そうか。だが、俺はいずれ――」
彼は言葉を切り、低く笑った。
「いや、何でもない。」
その笑みは、前世で見た“憐れみ”と同じだった。だがレティシアは俯かず、真っ直ぐに見返した。
廊下を出ると、そこにはカイルが立っていた。
「ああ、やはり君も呼び出されていたか。」
「カイル殿下……」
その穏やかな声に、張りつめた緊張が少し緩む。
「王族の記録係として立ち会っていた。手続きは無事に済んだようだな。」
「ええ、おかげさまで。」
「それにしても、あの兄上が面を保つために苦労していたぞ。自分から婚約を解かれた経験など、あの人には初めてだからな。」
レティシアは小さく息を漏らした。
「本当に驚かせたようですね。」
「君のほうがよほど肝が据わっている。」
ふっと笑い合ったあと、彼女の視線が窓の外に移る。
春の空が青く澄み、庭園の花が風に揺れていた。
「……殿下は不思議ですわ。」
「なにがだ。」
「私が何も言わずにいても、笑わず、問いすぎず、ただ見てくださる。人は普通、そうしてはくれません。」
「君には、言葉より沈黙が必要に見える時もある。」
「……ありがとう、ございます。」
短い沈黙が、二人の間に穏やかに落ちた。
その優しさに甘えてしまいたい一方で、レティシアは心の奥で警鐘を鳴らしていた。
もう誰かに頼ってはいけない。どんな優しさも、いずれは自分を斬る刃になる。
それでも、カイルの瞳の奥にある誠実さが、一瞬だけ胸を温めた。
***
公爵邸に戻ると、玄関先で使用人が慌てたように駆け寄ってきた。
「お嬢様、大変です! マルセル伯爵夫人がお見えで……」
「マルセル夫人が?」
前世であの女こそ、エミリアを支援し、世論を操ってレティシアを貶めた中心人物だった。
つまり今、敵はもう動き出している。
応接間の扉を開けると、ふっくらとした夫人が笑顔で立ち上がった。
「まあまあ、レティシア嬢! なんてお綺麗に……また一段とお成長なさって!」
「ご丁寧にありがとうございます、夫人。ご用件は?」
核心を突くように問いかけると、夫人の笑みがわずかに引きつる。
「まあ、堅いことをおっしゃらないで。少し女同士の話をと思いまして。あら、お茶が香ばしいですわね。」
「どうぞお掛けください。」
女の戦場は言葉だ。相手の調子に流されれば敗北する。
「実はね、レティシア嬢。殿下の件でお疲れではないかと心配していたの。けれど、婚約を解かれるなんて、今どき珍しい決断よ。」
「そうですわね。でも、お互いのために必要だったと思っていますの。」
「まあ……潔いお言葉ね。でも殿下もお寂しいでしょうね。最近はエミリア嬢とよくご一緒とか――」
「ええ、伺っておりますわ。殿下にはお似合いの方でしょう。」
あまりにあっさりとした返答に、夫人は目を瞬かせた。
「まあ……まあまあ……そうですの、あの子、本当に素直で愛らしくて。」
「ええ、そうですね。素直で……誰も疑わないところなど、特に。」
レティシアの瞳がきらりと光る。夫人はその一瞬の鋭さに、笑みを固めた。
それで十分だ。前世のように侮られるわけにはいかない。あの女が再び陰で糸を引こうとするなら、今度こそ潰す。
応接間を出たあと、リナが恐る恐る尋ねた。
「お嬢様……あのご婦人、なにを?」
「ただの探りよ。“わたしがどこまで掴んでいるか”を見に来ただけ。」
「それでは――」
「ええ。やはり裏がある。」
廊下を進みながら、レティシアは小さく呟いた。
「彼らがまた同じ罪を計画しているなら、私が止める。今度は泣くだけの令嬢じゃない。」
窓の外には夕陽が沈みかけ、王都の街並みを赤く染めていた。
光が彼女の金の髪を照らす。まるで炎のように燃え盛るその姿に、リナは息を呑んだ。
もう後戻りはできない。
けれど――それでいい。
いつかこの手で、真実を掴み取るために。
(続く)
アレクシスとの婚約破棄の件について、正式に処理を行うためだ。
前世でもこのように人々の前で破棄を告げられたが、今回は自ら申し出た形。状況は同じでも意味はまるで違う。
馬車の窓から城の尖塔を眺めながら、レティシアは深く息を整えた。
「もう怯えることはないわ。これは私が選んだ道。」
その呟きが自分を勇気づけるようだった。
王の私室へと案内されると、アレクシスがすでに来ていた。いつものように隙のない姿、完璧な立ち居振る舞い。だが、その視線は明らかに冷えていた。
「よう、来たな。」
「殿下。お待たせいたしました。」
形式的に頭を下げると、彼は微かに眉を寄せる。
「相変わらず冷静だな。噂で聞いたが、社交界では堂々たる態度だったそうじゃないか。」
「ええ。女が一度口にしたことは、恥じるべきではありませんもの。」
「ずいぶん強気だ。」
「学びまして。」
レティシアが静かに微笑むと、アレクシスは何か言いたげに口を結んだ。
沈黙を破ったのは、王の重厚な声だった。
「話は聞いておる。そなたらの婚約は正式に解消とする。アルヴィオン公爵家への影響は最小限にとどめよう。」
「ありがとうございます、陛下。」
「アレクシス、異論はあるか。」
「……ありません。」
王太子は短く答えたが、その声には小さな棘があった。
書面への署名が終わると、儀礼的な会話だけが流れた。
だが、退出の間際、アレクシスはレティシアを呼び止めた。
「待て。」
振り返ると、黄金の髪が窓からの光を受けて揺れた。
「殿下、何か。」
「お前のような女が、自ら婚約を破棄するとは思わなかった。」
「人は変わります。」
「そうか。だが、俺はいずれ――」
彼は言葉を切り、低く笑った。
「いや、何でもない。」
その笑みは、前世で見た“憐れみ”と同じだった。だがレティシアは俯かず、真っ直ぐに見返した。
廊下を出ると、そこにはカイルが立っていた。
「ああ、やはり君も呼び出されていたか。」
「カイル殿下……」
その穏やかな声に、張りつめた緊張が少し緩む。
「王族の記録係として立ち会っていた。手続きは無事に済んだようだな。」
「ええ、おかげさまで。」
「それにしても、あの兄上が面を保つために苦労していたぞ。自分から婚約を解かれた経験など、あの人には初めてだからな。」
レティシアは小さく息を漏らした。
「本当に驚かせたようですね。」
「君のほうがよほど肝が据わっている。」
ふっと笑い合ったあと、彼女の視線が窓の外に移る。
春の空が青く澄み、庭園の花が風に揺れていた。
「……殿下は不思議ですわ。」
「なにがだ。」
「私が何も言わずにいても、笑わず、問いすぎず、ただ見てくださる。人は普通、そうしてはくれません。」
「君には、言葉より沈黙が必要に見える時もある。」
「……ありがとう、ございます。」
短い沈黙が、二人の間に穏やかに落ちた。
その優しさに甘えてしまいたい一方で、レティシアは心の奥で警鐘を鳴らしていた。
もう誰かに頼ってはいけない。どんな優しさも、いずれは自分を斬る刃になる。
それでも、カイルの瞳の奥にある誠実さが、一瞬だけ胸を温めた。
***
公爵邸に戻ると、玄関先で使用人が慌てたように駆け寄ってきた。
「お嬢様、大変です! マルセル伯爵夫人がお見えで……」
「マルセル夫人が?」
前世であの女こそ、エミリアを支援し、世論を操ってレティシアを貶めた中心人物だった。
つまり今、敵はもう動き出している。
応接間の扉を開けると、ふっくらとした夫人が笑顔で立ち上がった。
「まあまあ、レティシア嬢! なんてお綺麗に……また一段とお成長なさって!」
「ご丁寧にありがとうございます、夫人。ご用件は?」
核心を突くように問いかけると、夫人の笑みがわずかに引きつる。
「まあ、堅いことをおっしゃらないで。少し女同士の話をと思いまして。あら、お茶が香ばしいですわね。」
「どうぞお掛けください。」
女の戦場は言葉だ。相手の調子に流されれば敗北する。
「実はね、レティシア嬢。殿下の件でお疲れではないかと心配していたの。けれど、婚約を解かれるなんて、今どき珍しい決断よ。」
「そうですわね。でも、お互いのために必要だったと思っていますの。」
「まあ……潔いお言葉ね。でも殿下もお寂しいでしょうね。最近はエミリア嬢とよくご一緒とか――」
「ええ、伺っておりますわ。殿下にはお似合いの方でしょう。」
あまりにあっさりとした返答に、夫人は目を瞬かせた。
「まあ……まあまあ……そうですの、あの子、本当に素直で愛らしくて。」
「ええ、そうですね。素直で……誰も疑わないところなど、特に。」
レティシアの瞳がきらりと光る。夫人はその一瞬の鋭さに、笑みを固めた。
それで十分だ。前世のように侮られるわけにはいかない。あの女が再び陰で糸を引こうとするなら、今度こそ潰す。
応接間を出たあと、リナが恐る恐る尋ねた。
「お嬢様……あのご婦人、なにを?」
「ただの探りよ。“わたしがどこまで掴んでいるか”を見に来ただけ。」
「それでは――」
「ええ。やはり裏がある。」
廊下を進みながら、レティシアは小さく呟いた。
「彼らがまた同じ罪を計画しているなら、私が止める。今度は泣くだけの令嬢じゃない。」
窓の外には夕陽が沈みかけ、王都の街並みを赤く染めていた。
光が彼女の金の髪を照らす。まるで炎のように燃え盛るその姿に、リナは息を呑んだ。
もう後戻りはできない。
けれど――それでいい。
いつかこの手で、真実を掴み取るために。
(続く)
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