断罪された公爵令嬢でしたが、今さら後悔してももう遅いです ~第二の人生は最愛の隣で~

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第3話 私はもう同じ過ちを繰り返さない

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アレクシスとの婚約破棄を申し出た翌日、王都はざわついていた。  
「公爵令嬢が自ら婚約を破棄したらしい」「あの王太子相手に?」「何か事情があるに違いない」――社交界は久しぶりの大きな話題に湧き立っていた。  

レティシアはその渦中にいたが、驚くほど心は静かだった。  
前世では何を言われても黙っていた。だがそれは、沈黙が身を守る術だと信じていたからだ。  
けれど結果はどうだった?  
誰も彼女の言葉を信じず、黙っていたことで“罪を認めた女”にされた。  

――だから、もう黙らない。今度こそ、己の言葉で生きる。  

鏡の前で身繕いを整えると、侍女リナが不安げに声をかけた。  
「お嬢様、本当にこのままお出かけになるおつもりですか? あれだけの騒ぎのあとで外に出れば、きっと皆様が何を言うか……」  
「言わせておけばいいのよ、リナ。誰かの噂で揺らぐほど、もう私は弱くないわ。」  
軽く微笑んで扇を開くと、手首にかかったブレスレットが光を弾いた。あの時カイルから受け取った指輪の代わりに、彼女は祖母の形見を身につけている。お守りのつもりだった。  

その日の訪問先は、学園への挨拶だった。  
二年前、すなわち断罪前の出来事をなぞるように、王立学院は新学期を迎えていた。当時の彼女は王太子妃教育のために通学日を減らしていたが、今度は違う。  
“普通の学生として通う”――それが彼女の最初の選択だった。  

学院の校門の前で馬車を降りた瞬間、周囲から視線が刺さる。  
「見ろ、公爵令嬢だ」「殿下を振ったって本当か?」  
噂はすでに広まっている。拍子抜けするほど速かったが、レティシアは恐れなかった。むしろ、自分に注がれる好奇の視線を鎧のように受け止めた。  

「おはようございます、皆さま。」  
軽く挨拶すると、ざわつきが止む。彼女の毅然とした態度に、誰も軽口を叩けなかったのだ。かつてのようにおどおどせず、真っすぐに相手の目を見る。それだけで空気は変わる。  

「レティシア様!」  
澄んだ声が響いた。振り向くと、そこにはエミリアが立っていた。  
まるで“運命の敵役”のように。  
「まあ、久しぶりね、エミリア嬢。」  
「ええ、とてもお元気そうで。王太子殿下とは……」  
「あら、その話? 殿下とはもう婚約を解消させていただいたの。」  

その穏やかな言葉に、周囲がどよめいた。  
エミリアの唇が震える。その顔に浮かんだのは、わずかな困惑と、嫉妬の混じった戸惑い。  
「でも、それではあんなにお似合いだったのに……どうして?」  
「愛されないまま王妃になるくらいなら、一人でいる方がましでしょう?」  

挑発でも、嘲りでもない。静かな事実として告げたその一言が、場の空気を凍らせる。  
エミリアは表情を保とうとしたが、わずかに笑みの端が引きつった。  

「そう……でも、王太子殿下はきっとお寂しいでしょうね。」  
「いいえ、殿下には貴女がいらっしゃるわ。」  
レティシアはわざと穏やかに微笑んだ。その笑顔が、エミリアにとっては最も痛い一撃だった。  
「ふふ……お上手ですこと。」  

ひとまずその場はそれで終わったが、レティシアの内側は燃えるように熱かった。  
このままでは同じ道を歩む。  
――今度こそ、私を陥れた者を自分の手で暴く。  

教室に向かう途中、背後から声がした。  
「……ああいう切り返し、実に見事だな。」  
振り向くと、そこにカイルがいた。紺の制服姿の彼は、一見穏やかだが、その瞳には深い知性の光が宿っていた。  
「殿下まで学院に?」  
「副学長の代理として視察中だ。だが、君の気迫に皆が気圧されていたぞ。」  
「そんなつもりじゃありません。ただ、黙っていられなかっただけです。」  

カイルは小さく微笑んだ。  
「昔の君なら、耐えて笑っていたはずだ。今の君は、それをやめた。」  
「そうですね。前の私は、信じる人を選び間違えましたから。」  

その言葉に、カイルの目が一瞬だけ鋭さを増した。  
「――前の君?」  
レティシアははっとした。余計なことを言ったと気づいたが、すぐに誤魔化す。  
「ええ、昔の自分に、という意味です。私は、もう同じ失敗を繰り返しません。」  
「そうか。……期待している。」  

カイルは軽く頭を下げて去った。その背を見送りながら、レティシアは小さく拳を握った。  
(殿下が“信じられる人間”かどうか、慎重に見極めなくては。)  

***  

授業が終わった昼下がり、学院の庭園に出ると、日差しが柔らかに降り注いでいた。色とりどりの花壇の前にアレクシスが立っている。  
彼はちらりと彼女を見やり、言った。  
「まるで別人だな、レティシア。これが本当のお前か?」  
「殿下。お言葉を返しますが、本当の私を知ろうとされたことが、かつてございましたか?」  
「……強くなったな。」  
「そう見せているだけです。」  

そう言いながらも、心のどこかで緊張が走る。  
この人に心を動かされてはいけない――そう強く念じながらも、彼の表情の奥にわずかな戸惑いや後悔らしきものを読み取ってしまう。  
(駄目。どんな情を見せられても、もう騙されない。)  

「レティシア、なぜ突然あんな決断をした?」  
「殿下の傍に置かれても、私は貴方の王妃として誰かの支えにはなれません。形だけの愛を望むなら、他の方がふさわしいでしょう。」  
「まるで、すべてを見通しているような言い方だ。」  
「ええ、見たくもない未来なら、想像できますわ。」  

アレクシスは黙り込み、数秒の沈黙ののちわずかに笑った。  
「本当に君は変わった。……嫌いではない。むしろ興味が湧く。」  
「恐れ入りますわ。けれど、殿下のお気まぐれに付き合うつもりはございません。」  

彼女の言葉ははっきりと、刺すように言い放たれた。  
アレクシスの笑みが薄れ、代わりに静かな怒りが滲む。だがレティシアは下を向かない。  
これが、前の人生でできなかった“最初の抵抗”。  

***  

夕刻、公爵邸へ戻ると、父・ロランは険しい表情で彼女を待っていた。  
「レティシア。お前、王太子殿下に婚約破棄を申し出たそうだな。」  
「ええ。家の利益のために形ばかりの結婚をしても、互いに不誠実になるだけです。」  
「何を言うか! 王家との縁を失えば家の立場がどうなると思っている!」  

怒声に耐えながらも、レティシアは決して引かなかった。  
「けれど、お父様。殿下が本当に私を支えようとしてくださる方なら、最初から誰かの噂で心を離すようなことはなさらないはずです。」  
「口答えを――」  
「これは、私自身の決定です。公爵家は私の行動で不当に責められることはございません。……そのための根回しはすでに済ませました。」  

「根回し?」  
「陛下付きの顧問に、殿下の許可なく婚約破棄を認めていただきました。殿下の面子を保つ形で。」  
父の目が見開かれた。娘の成長を瞬時に理解したのだろう。声を荒げることもできず、ただ深く息を吐いた。  

「……誰がお前をここまで変えた?」  
レティシアはふと目を伏せた。  
(神様が与えた“二度目の人生”よ。けれどそれを言えるはずもない。)  
「時が、そうさせたのです。お父様。」  

ロランは黙って席を立った。その背中を見送りながら、レティシアは静かに息をつく。  

まだ一歩を踏み出したばかりだ。  
けれど確かに道は変わり始めている。  

この道の果てに、あの断罪の日はもう訪れない――そう信じたかった。  

(続く)
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