婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat

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第4話 追放の日、薔薇の香りとともに

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王都を離れる前夜、リリアナは部屋の窓辺に立ち尽くしていた。  
冬の風がカーテンを揺らし、遠くで鐘が鳴る。  
その音は、王城で過ごした日々の終わりを告げるようでもあった。  

机の上には、紅い薔薇の花弁が一枚。  
思い出の象徴のように、それはリリアナの指先で静かに震えている。  
その香りを吸い込むたび、胸の奥が苦しくなる。  

「明日には、もう私の部屋じゃなくなるのね。」  

誰に聞かせるでもない呟きだった。  
家中の使用人たちは、すでに彼女から距離を取るようになっていた。  
婚約破棄のあと、公爵家の名誉を守るため、父は“娘を国外で静養させる”という建前を選んだのだ。  
実際には、半ば追放に近い。  
王都の誰もが、リリアナの失墜を愉快そうに語る中、家の者さえ彼女を庇おうとしなかった。

(お父様も、お母様も……私のことを恥じている。)

唇を噛んだ。  
涙はもはや流れなかった。その代わりに、心の奥が静かに凍っていく。  

扉の向こうで、ノックの音がした。  
ゆっくり開いた先に立っていたのは、長年仕えてきた侍女のマリアだった。  
唯一、最後まで彼女に寄り添ってくれた人だ。  

「お嬢様……その、荷造りはお済みですか?」  
「ええ、もう少しで最後の箱も詰め終わるわ。」  
「……本当に、行かれてしまうのですね。」  
「仕方ないわ。これ以上ここにいても、お互いが傷つくだけだから。」  

マリアの瞳が潤んだ。  
「リリアナお嬢様、私は……信じています。本当はあのようなこと、なさっていないと……。」  
「ありがとう。でも、その言葉だけで十分よ。」  
リリアナは微笑んだ。  
その笑みがかえって悲しく、マリアは言葉を詰まらせた。  

「この薔薇……お嬢様が初めて殿下からいただいたものでしょう?」  
机の上の花弁に視線を落としながら、マリアがそっと言った。  
「ええ。殿下は“リリアナに似ている”って言ってくださったの。」  
「……殿下はなぜ、あんなことを。」  
「わからない。ただ、もうどうでもいいわ。愛していた人が、私を信じてくれなかった。それだけが事実よ。」  

風が吹き抜け、薔薇の花弁が宙に舞う。  
一枚、また一枚と散るその姿が、まるで過去が剥がれ落ちていくようだった。  
リリアナは最後の花弁を手のひらに乗せ、そっと指先で握りつぶす。  
香りが淡く消えていった。  

***

翌朝、王都の馬車寄せ。  
空はまだ霞に覆われ、雪の気配が漂っている。  

馬車のそばでは、執事が旅の手配を確認していた。  
その様子を眺めるリリアナの横顔は、どこか凛としていた。  
すべてを失った女の顔ではない。  
むしろ、何かを脱ぎ捨てて初めて手にした静けさがそこにあった。  

「リリアナ……。」  

低い声がした。  
振り向けば、父アーデルハイト公爵が立っていた。  
その顔に情の色はなかった。ただ義務として見送りに来た、それだけの表情。  

「父様。」  
「王家には謝罪の文を出した。お前の件で家に累が及ぶことはない。国外での生活費はこちらから送る。」  
「ありがとうございます。」  
「……リリアナ。お前がどんな噂を立てようと、我が家は関与しない。」  

突き放すような言葉。それでもリリアナは微笑んでいた。  
怒りも悲しみも超えたその微笑が、かえって父の言葉を鈍らせた。  

「お父様。ご安心ください。もう誰の肩書きも、名誉も、借りるつもりはございません。私は、この先、自分で生きていきます。」  
「……そうか。」  
公爵はわずかに目を伏せ、そのまま背を向けた。  
去り際、わずかに風でマントが揺れたが、彼は一度も振り返らなかった。  

***

馬車が動き出す。  
通り過ぎる景色の中で、リリアナは最後に王城の塔を見上げた。  
そこには、彼女の知らぬ世界が残っている。愛した人と、その隣に立つ“彼女”。  
もう二度と関わることのない場所。  

(さようなら、アルベルト様。)  

胸の奥で、誰にも聞こえない声で呟いた。  
頬を撫でる冷たい風が、まるでその別れを祝福するように優しかった。  

***

王城の奥、白い回廊を歩くフェリシアは、鏡に映る自分を見つめていた。  
婚約破棄の件が正式に評議会で承認されたと聞き、王太子妃としての教育が始まろうとしている。  
だが、その笑顔はどこかぎこちない。  

「リリアナ様、もう王都にはいらっしゃらないそうです。」  
侍女の報告に、フェリシアの唇がひきつる。  
「そう……。よかったわね。やっと……終わったのだわ。」  

けれど胸の奥に、説明できない虚ろな感情が広がった。  
勝ち取ったはずの幸福なのに、手のひらに乗せたそれは冷たく、脆い。  

夜になると、フェリシアはひとり寝台で目を閉じ、思い出したように呟く。  
「……なぜ、あの人は最後まであんなに綺麗な顔で笑えたの……?」  
その問いに答える者はいない。  
外では雪が降り始め、王城の塔を白く包み込み始めていた。  

***

日が沈むころ、リリアナの馬車は王都の外れを抜け、広い街道へ出た。  
太陽が沈み、薄紅の光が山々を染めている。  
御者の声が風に消え、ただ馬の蹄の音だけが響いた。  

窓の外に見える遠い地平線。そこに、まるで別の世界が広がっているように感じられた。  

「ここからが、私の人生の本当の始まり。」  

その言葉を背に、リリアナはゆっくりと瞼を閉じた。  
疲れ切った心が、ようやく眠りへと沈んでいく。  

夜の帳が下り、馬車の灯が一つ、また一つと遠ざかる。  
彼女の背後で散った薔薇の花弁が雪に埋もれ、静かに消えた。  

続く
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