【本編完結】幸福のかたち【R18】

2章

25 侯爵位簒奪計画②

「…私たちは今日、あなたの結婚式の為に、力になりたくてここに来たのよ。私たちはあなたの気持ちを知っているから。だけどあれは駄目よ！」

　アリシアの目に涙が滲む。

「あれは誰の花嫁衣裳なの？あの調度品を使うのは誰なのよ？！」

　社交界にあまり顔を出さないジェーンには親しくしている貴族がいない。
　結婚式に招待しているのも、親しい友人ではなく侯爵家として付き合いが必要な相手だけだ。
　彼らは侯爵家の惣領姫であるジェーンを値踏みするだけで気遣うことはない。

　あのドレスを着てバージンロードを歩くジェーンを、彼らはどう思うだろうか。
　少しでもこの家のことを知っている者であれば、あのドレスがジェーンに合わせたものではなく、義妹のエミリーの好みのものだとわかるだろう。その義妹はジョッシュと噂になっている。

　ジョッシュがジェーンと結婚するのは爵位の為であり、本当に愛しているのはエミリーなのだと、彼らは理解する。
　ジェーンの隣に立つジョッシュが、同じ会場にいるエミリーと親し気に見つめ合っていたら。
　
　ジェーンは、結婚式や披露パーティーで好奇の目に晒されるころになる。
　
　そしてあの婚礼調度類。
　趣味に合わないものであっても、ジェーンが使うのであればまだ良い。
　だけど子どもの頃からジェーンが持つ物をすべて欲しがり、奪ってきたエミリーだ。婚礼調度類だからといって遠慮するとは思えない。
　むしろいずれエミリーが使うものとして揃えられたとしか思えない品々だった。

――奪われるのは調度類ではなく、その調度類ごと女主人の部屋なのだとしたら？
　
　この家にジェーンを庇い、エミリーを咎める者はいないのだ。
　アリシアは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「ジョッシュ殿、君はジェーンとの間に跡取りを作るつもりはあるのか？」

　レオナルドだった。
　核心をついた質問に、誰もがぎょっとしてレオナルドを見る。
　それはジョッシュも同じだった。

「……っ！！まさかそんな、そんなこと…！！」

　聡いジェーンは、アリシアたちの表情を見て悟ったようだ。

「すまない、ジェーン。こんなことを君の耳には入れたくなかった。だけど正直に言うと、僕たちはそれを懸念している。シュッシュ殿、君は真実ジェーンと夫婦になるつもりがあるのか？エミリーが生んだ子どもを跡取りにしようと思っているのではないのか？」

「いくらルトビア公爵のご子息でも失礼ですよ！僕はそんなこと考えていません！確かにエミリーとは…ですが…」

　ジョッシュはレオナルドに語気荒く反論していたが、エミリーとの関係は既に誤魔化しようがないのだと悟ったようだ、
　元からジェーンに対しては隠すつもりもなく、同じ屋敷の中でも公然と関係を持っていたのだから当然である。
　
　貴族の結婚は、本人の意志ではなく家が決めたものだ。決められた相手以外の者を愛してしまうことはある。
　それでも家同士の契約である以上、相手に対して守るべき最低限の礼儀がある。
　だけどどれほどジェーンをぞんざいに扱っても、侯爵家から抗議が来ることはない。
　むしろデミオンとアンジュは、ジョッシュに冷たくされて傷ついているジェーンを見て楽し気に嗤っていた。
　
　いつの間にか、ジョッシュにとってジェーンは礼儀正しく接する必要のない相手になっていたのだ。