【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
306 / 697
3章

160 壮行会・昼の部③

しおりを挟む
 ジェーンは薄いピンクのドレスを着ていた。
 外交官として職務を行う為のドレスだ。華美ではないが女性らしい華やかさがある。
 未婚なので髪はハーフアップにしていて飾りは銀色の髪留め1つ。胸元にはペンダントトップに小さな赤い宝石がついた首飾りが見えた。

 あの赤い宝石はルビーである。
 キャンベル侯爵家はルビーの加工や販売、輸出事業で富を築いた一族だ。ジェーンは侯爵家の跡取りである自分に誇りを持っている。

 国王の言葉を受けてのスピーチだが、聴衆の大半は民衆なのでカテーシーは行わない。ここでの礼は胸に手を当てて軽く頭を下げるものだ。
 一礼して頭を上げたジェーンはゆっくりとしっかりした声で話し出した。


 有料席で舞台を見ていた令嬢たちはジェーンの美しい所作に息を飲んだ。
 ジェーンの立ち居振る舞いの拙さは有名だった。つい数か月前にも議会で拙いカテーシーを見せいている。
 それが信じられない程今のジェーンは美しい所作を見せていた。

 令嬢たちは最近社交界で聞いた話を思い出す。
 アリシアのお茶会に出た夫人たちがジェーンの所作を褒め称えていたのだ。
 夫人たちにはそんな嘘を吐く理由がない。だけど幼い頃から時間をかけて身につける所作が短期間で身に着くとは思えず、信じていなかったのだ。

 ジェーンはスピーチも巧みである。
 討論の技術は学生時代も評価されていた。人に聞かせるための話術はレオナルドに鍛えられている。
 
 ジェーンが語るのは未来の希望だ。アルスタは長年の同盟国で、互いに助け合って発展してきた。
 その関係を強化する為に使節団はアルスタへ行く。
 学べるだけのものを学び、取り入れられるものはすべて取り入れて帰ってくる。こちらの特産品や工芸品を紹介して、より多くの人に興味を持ってもらいたい。
 アナトリアの未来の為に力を尽くすことをジェーンはここで誓った。



 舞台に上がったジェーンは輝いていた。
 洗練された所作は努力の賜物である。今のジェーンを嘲笑う者などいるはずがない。

 演台で話すジェーンを見ながら、アリシアは涙を止めることができなかった。
 王太子妃として人前で感情を見せてはいけない。
 そう思っているのに、堪えようとしても涙が溢れてくる。
 アリシアたちが望み続けていたジェーンの姿がそこにあった。

 必死に嗚咽を堪えるアリシアをレイヴンが抱き寄せた。
 少しでも人の目から隠せれば良い。
 レイヴンの意図を察したアリシアがレイヴンの胸に頬を寄せる。
 王太子夫妻の様子を見ていた人は寄り添う2人の姿を見ることになった。


 広場の後ろの方で、民衆に紛れて舞台を見ている人影があった。
 元婚約者のジョッシュである。
 ジョッシュはこれまで使節団の壮行会に興味を持ったことなど無かった。
 だけど今年はジェーンがスピーチをすると兄から教えられた。それを聞いたジョッシュはじっとしていることができなかったのだ。

 ジェーンを疎んじ、婚約者としての義務をほとんど果たさなかったジョッシュだが、その理由の1つに所作の拙さがあった。
 ジェーンをエスコートしていると、一緒にいるジョッシュも嗤われていることが何度もあった。
 その度に恥ずかしい思いをしていたジョッシュは、何故こんなみっともない令嬢が婚約者なのかとうんざりしていたのだ。

 だけど今はその理由がわかっている。
 キャンベル侯爵夫妻がジェーンを疎んじ、淑女教育を受けさせていなかったからだ。
 それどころか暴力を振るわれていたジェーンは全身に酷い怪我を負っていた。

 何もないところでよく躓くのも、よく物を落とすのも傷が痛むせい。
 社交界で嗤われているのを誰よりも気にしていたのはジェーンだった。

 2人から解放されたジェーンは必死で淑女教育に取り組んだのだろう。
 半年ぶりのジェーンは眩しい程輝いていた。
 普通であればあの美しい所作を身につけるのに10年以上の時が掛かる。 
 今の姿を見ると、ジェーンが侯爵令嬢としての淑女教育を受けたいと切望していたのだとわかる。 



 ジョッシュは歓声を受けて頭を下げるジェーンに背中を向けた。
 エミリーにはここへ来ることを伝えていない。

 同じ両親に育てられながら、2人は反対の道へ進んだ。
 最近やっと平民としての生活に馴染んできたエミリーが、美しくなったジェーンを見たらまた心を乱すかもしれない。

 
 どうか幸せに。


 ジョッシュは少しも打ち解けることのなかったかつての婚約者へ心の中で告げると、妻の元へ戻る為に歩き出した。



しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...