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第2部 4章
34 道中の出来事
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王宮を出発して4日目に王領へ入った。
窓の外には茅葺き屋根の家が建ち並び、長閑な風景が続いている。
勿論ここから見えるものだけがすべてではないとわかっているが、通り過ぎて来た村の人々は豊かな暮らしができているようだった。
「いよいよだね」
レイヴンの言葉にアリシアは頷いた。
夕方には滞在地となる王城に着く。
4日間、ほとんどの時間を2人きりで過ごした。それでも息が詰まると思うことは一度もなく、楽しく過ごすことができている。
それはレイヴンの心遣いのおかげだろう。
ここまでの間にも色々なことがあった。
警備のことがあるので観光などはできない。それでも休憩で立ち寄ったところでは、少し町中を見て歩くことができた。
どこの町でもレイヴンとアリシアの訪れを歓迎してくれた。
警護の騎士に両側を固められながらも、土産物屋で小物を買ったりもした。店主は恐縮していたけれど、そんな経験も良い思い出になる。
あるカフェで昼食を摂った時は、店の前に人だかりができていた。
集まる人に気がついたレイヴンに促され、アリシアはレイヴンと共に2階のバルコニーへ出る。
その瞬間に湧き上がる歓声と、笑顔で手を振る人々。
レイヴンとアリシアが手を振って応えると、歓声が一段と大きくなった。
「わたしたちの為に集まってくれてありがとう。皆の歓迎を嬉しく思う」
レイヴンが一言挨拶すると、民衆の熱狂が最高潮に達して悲鳴のような歓声や、「王太子殿下ー!!」「妃殿下ー!!」と、2人を呼ぶ声が方々で上がり、大小さまざまな国旗が振らるのが見えた。
婚姻時に王宮のバルコニーで国民の祝福を受けたことはある。
だけどこんなにも身近で熱狂的な歓迎を受けるとは思っておらず、立ち上る熱気と歓喜の渦に気がつけば全身に鳥肌が立っていた。
民衆の熱気に当てられ、アリシアも興奮していたのだ。
その後昼食を摂った2人は、カフェを取り囲んだ人々に見送られて馬車へ戻った。
これ程多くの人々が集まりながら、暴動じみた騒ぎや混乱が起きずに人々が警護の騎士の指示に整然と従っていたのは驚くべきことだ。
また、別の日の昼食は町から少し離れた湖の畔で食べた。
王宮にいては中々経験することのできないピクニックの代わりである。
お茶会など野外で食事をすることもあるけれど、その時とは全然違う経験にアリシアはドギマギしてしまう。
「あまり寒くなくて良かったね」
そう言って笑うレイヴンは、自分の分のひざ掛けをアリシアの膝へ掛けている。
「並んで座って一緒に使いましょう?」
アリシアがそう言うと、レイヴンは嬉しそうに笑ってアリシアの隣へ移動した。
2人で並んで湖を眺める。
初冬の湖では残念ながら水鳥の姿は見えないが、水面は青く澄んで美しい。
「今度は温かい時期に来たいね」
その希望が叶うのは難しいだろう。レイヴンもアリシアも簡単に王都を離れることはできない。
そう思いながらもアリシアは頷いた。
叶うのなら違う季節の湖もまた2人で眺めたいと思ったのだ。
食後は少しだけ湖の周りを歩いてから馬車へ向かった。
この時ちょっとした事件が起きた。
雰囲気を壊さないよう騎士たちは少し離れたところで警備していたのだが、その輪を潜り抜けて近づいてきた者がいたのだ。
騎士たちは一気に殺気立った。
結果を言えばただの村娘だった。
王太子や王太子妃が村近くに来ていると知って贈り物をしようと思ったと言う。
実際その娘は村で育てたのだろう小さな花束を持っていた。
ただ花束とはいえ、レイヴンやアリシアに渡されるものは厳しく調べられる。
それに騎士の制止を振り切って近づいたことも問題視された。
拘束された娘は泣きながらレイヴンに助けを求めたけれど、レイヴンが情けを掛けることはなかった。
娘が駆けつけて来た領地の警邏隊に連行されて行くと、アリシアはホッと息を吐いた。
レイヴンへ視線を向けると、レイヴンはまだ剣の柄に手を掛けている。
護衛の騎士を突破された後は、レイヴンがアリシアを守るしかない。レイヴンはあの娘を手に掛けるつもりで剣の柄を手にしていたのだ。
だけどこれまで訓練を受けていても実際に人を斬ったことはない。
レイヴンがそんな経験をしなくて良かったと思いながら、アリシアは柄を握るレイヴンの手に触れた。
レイヴンがビクッと体を震わせ、アリシアを見る。
「守って下さり、ありがとうございます」
アリシアがそう言うと、レイヴンはほうっと長く息を吐いた。
全身から力が抜けた様で、柄から手を離すとそのままアリシアを抱き締める。
「アリシアが無事で良かった…」
そう言って身を震わせるレイヴンを、アリシアは抱き締めた。
あの娘は本当に花束を渡そうとしただけかもしれない。
だけど都会的でないものの可愛い娘だった。きっと自分に自信があったのだろう。
ああしてレイヴンに近づけば、その可愛らしさでレイヴンの気が引けるかもしれないと考えたのだ。
レイヴンの相手をしたとしても平民が側妃になることはできない。
そんなことはわかりきっている。
あの娘の目的が一夜の相手をした褒賞なのか、どこかに囲われることなのか、それとも王都に連れ帰られることなのか、わからない。
だけどレイヴンの寵を競う相手は貴族だけではないのだと、この時アリシアは悟ったのだ。
窓の外には茅葺き屋根の家が建ち並び、長閑な風景が続いている。
勿論ここから見えるものだけがすべてではないとわかっているが、通り過ぎて来た村の人々は豊かな暮らしができているようだった。
「いよいよだね」
レイヴンの言葉にアリシアは頷いた。
夕方には滞在地となる王城に着く。
4日間、ほとんどの時間を2人きりで過ごした。それでも息が詰まると思うことは一度もなく、楽しく過ごすことができている。
それはレイヴンの心遣いのおかげだろう。
ここまでの間にも色々なことがあった。
警備のことがあるので観光などはできない。それでも休憩で立ち寄ったところでは、少し町中を見て歩くことができた。
どこの町でもレイヴンとアリシアの訪れを歓迎してくれた。
警護の騎士に両側を固められながらも、土産物屋で小物を買ったりもした。店主は恐縮していたけれど、そんな経験も良い思い出になる。
あるカフェで昼食を摂った時は、店の前に人だかりができていた。
集まる人に気がついたレイヴンに促され、アリシアはレイヴンと共に2階のバルコニーへ出る。
その瞬間に湧き上がる歓声と、笑顔で手を振る人々。
レイヴンとアリシアが手を振って応えると、歓声が一段と大きくなった。
「わたしたちの為に集まってくれてありがとう。皆の歓迎を嬉しく思う」
レイヴンが一言挨拶すると、民衆の熱狂が最高潮に達して悲鳴のような歓声や、「王太子殿下ー!!」「妃殿下ー!!」と、2人を呼ぶ声が方々で上がり、大小さまざまな国旗が振らるのが見えた。
婚姻時に王宮のバルコニーで国民の祝福を受けたことはある。
だけどこんなにも身近で熱狂的な歓迎を受けるとは思っておらず、立ち上る熱気と歓喜の渦に気がつけば全身に鳥肌が立っていた。
民衆の熱気に当てられ、アリシアも興奮していたのだ。
その後昼食を摂った2人は、カフェを取り囲んだ人々に見送られて馬車へ戻った。
これ程多くの人々が集まりながら、暴動じみた騒ぎや混乱が起きずに人々が警護の騎士の指示に整然と従っていたのは驚くべきことだ。
また、別の日の昼食は町から少し離れた湖の畔で食べた。
王宮にいては中々経験することのできないピクニックの代わりである。
お茶会など野外で食事をすることもあるけれど、その時とは全然違う経験にアリシアはドギマギしてしまう。
「あまり寒くなくて良かったね」
そう言って笑うレイヴンは、自分の分のひざ掛けをアリシアの膝へ掛けている。
「並んで座って一緒に使いましょう?」
アリシアがそう言うと、レイヴンは嬉しそうに笑ってアリシアの隣へ移動した。
2人で並んで湖を眺める。
初冬の湖では残念ながら水鳥の姿は見えないが、水面は青く澄んで美しい。
「今度は温かい時期に来たいね」
その希望が叶うのは難しいだろう。レイヴンもアリシアも簡単に王都を離れることはできない。
そう思いながらもアリシアは頷いた。
叶うのなら違う季節の湖もまた2人で眺めたいと思ったのだ。
食後は少しだけ湖の周りを歩いてから馬車へ向かった。
この時ちょっとした事件が起きた。
雰囲気を壊さないよう騎士たちは少し離れたところで警備していたのだが、その輪を潜り抜けて近づいてきた者がいたのだ。
騎士たちは一気に殺気立った。
結果を言えばただの村娘だった。
王太子や王太子妃が村近くに来ていると知って贈り物をしようと思ったと言う。
実際その娘は村で育てたのだろう小さな花束を持っていた。
ただ花束とはいえ、レイヴンやアリシアに渡されるものは厳しく調べられる。
それに騎士の制止を振り切って近づいたことも問題視された。
拘束された娘は泣きながらレイヴンに助けを求めたけれど、レイヴンが情けを掛けることはなかった。
娘が駆けつけて来た領地の警邏隊に連行されて行くと、アリシアはホッと息を吐いた。
レイヴンへ視線を向けると、レイヴンはまだ剣の柄に手を掛けている。
護衛の騎士を突破された後は、レイヴンがアリシアを守るしかない。レイヴンはあの娘を手に掛けるつもりで剣の柄を手にしていたのだ。
だけどこれまで訓練を受けていても実際に人を斬ったことはない。
レイヴンがそんな経験をしなくて良かったと思いながら、アリシアは柄を握るレイヴンの手に触れた。
レイヴンがビクッと体を震わせ、アリシアを見る。
「守って下さり、ありがとうございます」
アリシアがそう言うと、レイヴンはほうっと長く息を吐いた。
全身から力が抜けた様で、柄から手を離すとそのままアリシアを抱き締める。
「アリシアが無事で良かった…」
そう言って身を震わせるレイヴンを、アリシアは抱き締めた。
あの娘は本当に花束を渡そうとしただけかもしれない。
だけど都会的でないものの可愛い娘だった。きっと自分に自信があったのだろう。
ああしてレイヴンに近づけば、その可愛らしさでレイヴンの気が引けるかもしれないと考えたのだ。
レイヴンの相手をしたとしても平民が側妃になることはできない。
そんなことはわかりきっている。
あの娘の目的が一夜の相手をした褒賞なのか、どこかに囲われることなのか、それとも王都に連れ帰られることなのか、わからない。
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