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1章 ~現在 王宮にて~
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「恐れ入りますが、発言をしてもよろしいでしょうか」
声を上げたのはアンダーソン公爵夫人だった。シェリルの母である。
これまで黙ってことの成り行きを見守っていたけれど、決して物静かなわけでも消極的なタイプでもない。貴族の夫人らしく一歩下がったところで周囲の動向を観察し、必要なことははっきりと口にする。そんな人物だ。
国王が発言の許可を出すと、アンダーソン公爵夫人は胸に手を当て軽く頭を下げて謝意を示し、ギデオンへ視線を向けた。
「殿下には思いがけないことばかりで混乱されているでしょうね。……私どもは殿下のご事情を存じております。ですからどんな噂が聞こえてきても、シェリルが望むまではこちらから婚約の解消を申し出ないことを決めおりました」
アンダーソン公爵夫妻の元にも噂は聞こえてくる。ギデオンとの仲がぎこちないことも、ギデオンが学園で身分の低い令嬢と懇意にしていることも知っていた。
噂が酷くなる度に、公爵夫人はシェリルにこのまま婚約を続けて良いのか確認したものだ。だけどシェリルが婚約の解消を望むことはなかった。
「婚約の……解消?」
ギデオンが目を瞬かせる。
婚約破棄を言い出したのはギデオンだが、公爵家側から婚約の解消を言い出されるとは思っていなかった。
それはシェリルが王太子妃の地位に固執していると思っていたからだが……、その前提が覆されたのなら、公爵家側から婚約の解消を申し出られることもあったということか。
「当然でございましょう?このまま婚姻を結んでも、殿下の寵愛は愛妾となられる方へ注がれるのは明らか。そんな結婚をしても幸せになれるはずがありませんもの。……私どもは親として、娘の将来を案じておりました」
それでも正面切って反対したり考えを変えるよう説得したりしなかったのは、公爵夫妻の中にもギデオンに同情する気持ちがあったからだ。
それに王妃を愛し側妃を拒む国王に後継を儲ける為だと説得して受け入れさせたのは、前アンダーソン公爵を含めた高位貴族たちだ。その中には夫人の父である前侯爵も含まれる。そして何も知らない田舎の伯爵令嬢―ルイザ―を側妃に選んだのもまた、アンダーソン公爵を含めた高位貴族たちだった。
ルイザが側妃に選ばれたと聞いた時、公爵夫人はホッとしたものだ。
同じ年代の令嬢たちはみんな同じだったと思う。国王や王妃と公爵夫人は歳が離れているけれど、互いに想い合い慈しみ合う2人の仲は有名で、みんな憧れと羨望の眼差しを向けていたのだ。
あの2人の間に入りたいと望む令嬢などいなかった。
だからこそ自分たちと関わりの薄い田舎の伯爵令嬢が選ばれたと知って喜んだのだけれど……。
後ろめたさがあったことは否定できない。
だけど公爵夫人が本当の意味でその罪深さに気づいたのは、ギデオンがミーシャを寵愛していると、愛妾として迎えるつもりなのだと聞いた時だ。
このままではシェリルは形だけの正妃となり、ギデオンの愛情はすべて愛妾のミーシャへ注がれる。
これまでの行動から、ギデオンがシェリルを正妃として尊重するとは思えない。
夫に見向きもされないシェリルが王宮でどんな扱いを受けるのか、どれだけ肩身の狭い思いをするのか……。
そう思った時、浮かんだのはヴィラント伯爵夫妻―ルイザの両親―の姿だった。
彼らが王太子の外戚として権力を握ろうという野心ある貴族であれば、この罪悪感も少しは軽くなったかもしれない。だけど彼らは権力に少しの興味もない、家族と領民の幸せだけを願う善良な人たちだ。
そしてだからこそ彼らの娘が選ばれたとも言えた。
「ヴィラント伯爵夫妻は王都へ出てこられる度に私どもの邸を訪ねて来られました。側妃殿下や殿下のことを頼むと、頭を下げておられたのです」
声を上げたのはアンダーソン公爵夫人だった。シェリルの母である。
これまで黙ってことの成り行きを見守っていたけれど、決して物静かなわけでも消極的なタイプでもない。貴族の夫人らしく一歩下がったところで周囲の動向を観察し、必要なことははっきりと口にする。そんな人物だ。
国王が発言の許可を出すと、アンダーソン公爵夫人は胸に手を当て軽く頭を下げて謝意を示し、ギデオンへ視線を向けた。
「殿下には思いがけないことばかりで混乱されているでしょうね。……私どもは殿下のご事情を存じております。ですからどんな噂が聞こえてきても、シェリルが望むまではこちらから婚約の解消を申し出ないことを決めおりました」
アンダーソン公爵夫妻の元にも噂は聞こえてくる。ギデオンとの仲がぎこちないことも、ギデオンが学園で身分の低い令嬢と懇意にしていることも知っていた。
噂が酷くなる度に、公爵夫人はシェリルにこのまま婚約を続けて良いのか確認したものだ。だけどシェリルが婚約の解消を望むことはなかった。
「婚約の……解消?」
ギデオンが目を瞬かせる。
婚約破棄を言い出したのはギデオンだが、公爵家側から婚約の解消を言い出されるとは思っていなかった。
それはシェリルが王太子妃の地位に固執していると思っていたからだが……、その前提が覆されたのなら、公爵家側から婚約の解消を申し出られることもあったということか。
「当然でございましょう?このまま婚姻を結んでも、殿下の寵愛は愛妾となられる方へ注がれるのは明らか。そんな結婚をしても幸せになれるはずがありませんもの。……私どもは親として、娘の将来を案じておりました」
それでも正面切って反対したり考えを変えるよう説得したりしなかったのは、公爵夫妻の中にもギデオンに同情する気持ちがあったからだ。
それに王妃を愛し側妃を拒む国王に後継を儲ける為だと説得して受け入れさせたのは、前アンダーソン公爵を含めた高位貴族たちだ。その中には夫人の父である前侯爵も含まれる。そして何も知らない田舎の伯爵令嬢―ルイザ―を側妃に選んだのもまた、アンダーソン公爵を含めた高位貴族たちだった。
ルイザが側妃に選ばれたと聞いた時、公爵夫人はホッとしたものだ。
同じ年代の令嬢たちはみんな同じだったと思う。国王や王妃と公爵夫人は歳が離れているけれど、互いに想い合い慈しみ合う2人の仲は有名で、みんな憧れと羨望の眼差しを向けていたのだ。
あの2人の間に入りたいと望む令嬢などいなかった。
だからこそ自分たちと関わりの薄い田舎の伯爵令嬢が選ばれたと知って喜んだのだけれど……。
後ろめたさがあったことは否定できない。
だけど公爵夫人が本当の意味でその罪深さに気づいたのは、ギデオンがミーシャを寵愛していると、愛妾として迎えるつもりなのだと聞いた時だ。
このままではシェリルは形だけの正妃となり、ギデオンの愛情はすべて愛妾のミーシャへ注がれる。
これまでの行動から、ギデオンがシェリルを正妃として尊重するとは思えない。
夫に見向きもされないシェリルが王宮でどんな扱いを受けるのか、どれだけ肩身の狭い思いをするのか……。
そう思った時、浮かんだのはヴィラント伯爵夫妻―ルイザの両親―の姿だった。
彼らが王太子の外戚として権力を握ろうという野心ある貴族であれば、この罪悪感も少しは軽くなったかもしれない。だけど彼らは権力に少しの興味もない、家族と領民の幸せだけを願う善良な人たちだ。
そしてだからこそ彼らの娘が選ばれたとも言えた。
「ヴィラント伯爵夫妻は王都へ出てこられる度に私どもの邸を訪ねて来られました。側妃殿下や殿下のことを頼むと、頭を下げておられたのです」
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