影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
19 / 142
1章 ~現在 王宮にて~

18

しおりを挟む
 父には母の他にも妻がいることも、その女性が養子にした子どもを育てていることも、ギデオンはぼんやりと知っていた。
 だけど子どものギデオンに詳細を教えるような者はなく、ギデオンは薔薇の宮で育てられている少年も自分と同じような生活をしていると思っていたのだ。

 だけど目の前の光景はあまりにも自分と違っていた。
 ギデオンが父に会えるのは年に数回だけで、父は必要なことだけを話す人だった。
 母とこんな風に寄り添っているところなど見たことがない。いつも母が一生懸命話し掛けて、父は頷くか二言三言応えるだけだった。
 それに父の笑顔を見るのは初めてだ。こんな風に優しく笑う人だったのか。
 ギデオンは何かに囚われたようにその場を動くことができず、眼を逸らすこともできなかった。

 そんな呪縛が解けたのは、駆けていた少年が躓いて転んだ時だ。

「エディ!」

「エドワード!大丈夫か!!」

 顔色を変えた女性がカウチから立ち上がる。
 父は少年へ向かって駆けだした。

――そんなの大袈裟だ!! 
 
 ギデオンが思った通り、エドワードと呼ばれた少年は父が駆け寄ってくるまでの間に自力で立ち上がる。
 そして青褪めて棒立ちになる女性のところへ父と一緒に戻っていった。

「驚かせてごめんなさい、母様」

「ああ、エディ。あなた、無事なのね?」

「うん。少し擦りむいただけだよ」
 
 少年が膝へ視線を向ける。
 確かに膝には擦り傷ができて血が滲んでいるけれど、このくらいの年頃なら普通のことだろう。
 だけど女性は少年を抱き締めるとポロポロと涙を零した。

「良かった……っ!あなたが無事で良かったわ……っ!」

 父はそんな女性と一緒に少年も抱き締める。
 そして宥めるように女性の背中を撫でた後、優しい声で話し掛けた。

「今日は陽に当たり過ぎたようだ。そろそろ中に戻ろうか」

「……ええ、そうですね」

 頷いた女性の涙を父が指で拭う。
「転んだりしてごめんなさい」としょんぼり視線を下げる少年の頭にポンと手を乗せると、父を真ん中にして3人が歩き出した。

 3人はゆっくりと宮殿へ向かって行く。
 ギデオンはその背中が見えなくなるまでじっと見つめていた。
 向こうに見えている宮殿が薔薇の宮であることは誰に聞かなくてもわかっていた。



 それから百合の宮へ戻るまでの間に、ギデオンは侍従から3人のことを聞いたのだ。
 父は正妃であるエリザベートを溺愛していること。いつも薔薇の宮で寝起きして、執務の間にも2人と過ごす為に薔薇の宮へ戻っていること。養子に迎えた少年―エドワード―を実子のように可愛がっていること。
 3人は1日3回の食事も一緒に摂っているという。


 実子のように可愛がっているってなんだ!
 実子なのはギデオンなのに、ギデオンはあんなに優しくされたことはない。
 儀式の時以外で食事を共にしたこともない。
 笑いかけられたことも、心配して駆け寄られたことも、慰めるように頭に触れられたことも――っ!!!

 気がつけばギデオンは駆け出していた。
 ここはもう見慣れた百合の宮の庭園だ。
 後ろから慌てたような侍従の声が聞こえたけれど、ギデオンは振り切るように駆け続けた。
 そうしてたどり着いたのが、幼い頃よく遊んだ樹の元だったのだ。

 今はもう育ち過ぎて2人で樹洞に入ることはできない。
 だけどギデオン1人だけならなんとか入り込むことができた。

 ここなら誰にも見つからない。知っているのはシェリルだけだ。
 だけど冷たくなったシェリルが探しに来ることはないだろう。
 今は誰にも知られずに思いっきり泣きたかった。

 まさかそれをシェリルに見られているなんて、思っていなかったのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

処理中です...