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1章 ~現在 王宮にて~
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父には母の他にも妻がいることも、その女性が養子にした子どもを育てていることも、ギデオンはぼんやりと知っていた。
だけど子どものギデオンに詳細を教えるような者はなく、ギデオンは薔薇の宮で育てられている少年も自分と同じような生活をしていると思っていたのだ。
だけど目の前の光景はあまりにも自分と違っていた。
ギデオンが父に会えるのは年に数回だけで、父は必要なことだけを話す人だった。
母とこんな風に寄り添っているところなど見たことがない。いつも母が一生懸命話し掛けて、父は頷くか二言三言応えるだけだった。
それに父の笑顔を見るのは初めてだ。こんな風に優しく笑う人だったのか。
ギデオンは何かに囚われたようにその場を動くことができず、眼を逸らすこともできなかった。
そんな呪縛が解けたのは、駆けていた少年が躓いて転んだ時だ。
「エディ!」
「エドワード!大丈夫か!!」
顔色を変えた女性がカウチから立ち上がる。
父は少年へ向かって駆けだした。
――そんなの大袈裟だ!!
ギデオンが思った通り、エドワードと呼ばれた少年は父が駆け寄ってくるまでの間に自力で立ち上がる。
そして青褪めて棒立ちになる女性のところへ父と一緒に戻っていった。
「驚かせてごめんなさい、母様」
「ああ、エディ。あなた、無事なのね?」
「うん。少し擦りむいただけだよ」
少年が膝へ視線を向ける。
確かに膝には擦り傷ができて血が滲んでいるけれど、このくらいの年頃なら普通のことだろう。
だけど女性は少年を抱き締めるとポロポロと涙を零した。
「良かった……っ!あなたが無事で良かったわ……っ!」
父はそんな女性と一緒に少年も抱き締める。
そして宥めるように女性の背中を撫でた後、優しい声で話し掛けた。
「今日は陽に当たり過ぎたようだ。そろそろ中に戻ろうか」
「……ええ、そうですね」
頷いた女性の涙を父が指で拭う。
「転んだりしてごめんなさい」としょんぼり視線を下げる少年の頭にポンと手を乗せると、父を真ん中にして3人が歩き出した。
3人はゆっくりと宮殿へ向かって行く。
ギデオンはその背中が見えなくなるまでじっと見つめていた。
向こうに見えている宮殿が薔薇の宮であることは誰に聞かなくてもわかっていた。
それから百合の宮へ戻るまでの間に、ギデオンは侍従から3人のことを聞いたのだ。
父は正妃であるエリザベートを溺愛していること。いつも薔薇の宮で寝起きして、執務の間にも2人と過ごす為に薔薇の宮へ戻っていること。養子に迎えた少年―エドワード―を実子のように可愛がっていること。
3人は1日3回の食事も一緒に摂っているという。
実子のように可愛がっているってなんだ!
実子なのはギデオンなのに、ギデオンはあんなに優しくされたことはない。
儀式の時以外で食事を共にしたこともない。
笑いかけられたことも、心配して駆け寄られたことも、慰めるように頭に触れられたことも――っ!!!
気がつけばギデオンは駆け出していた。
ここはもう見慣れた百合の宮の庭園だ。
後ろから慌てたような侍従の声が聞こえたけれど、ギデオンは振り切るように駆け続けた。
そうしてたどり着いたのが、幼い頃よく遊んだ樹の元だったのだ。
今はもう育ち過ぎて2人で樹洞に入ることはできない。
だけどギデオン1人だけならなんとか入り込むことができた。
ここなら誰にも見つからない。知っているのはシェリルだけだ。
だけど冷たくなったシェリルが探しに来ることはないだろう。
今は誰にも知られずに思いっきり泣きたかった。
まさかそれをシェリルに見られているなんて、思っていなかったのだ。
だけど子どものギデオンに詳細を教えるような者はなく、ギデオンは薔薇の宮で育てられている少年も自分と同じような生活をしていると思っていたのだ。
だけど目の前の光景はあまりにも自分と違っていた。
ギデオンが父に会えるのは年に数回だけで、父は必要なことだけを話す人だった。
母とこんな風に寄り添っているところなど見たことがない。いつも母が一生懸命話し掛けて、父は頷くか二言三言応えるだけだった。
それに父の笑顔を見るのは初めてだ。こんな風に優しく笑う人だったのか。
ギデオンは何かに囚われたようにその場を動くことができず、眼を逸らすこともできなかった。
そんな呪縛が解けたのは、駆けていた少年が躓いて転んだ時だ。
「エディ!」
「エドワード!大丈夫か!!」
顔色を変えた女性がカウチから立ち上がる。
父は少年へ向かって駆けだした。
――そんなの大袈裟だ!!
ギデオンが思った通り、エドワードと呼ばれた少年は父が駆け寄ってくるまでの間に自力で立ち上がる。
そして青褪めて棒立ちになる女性のところへ父と一緒に戻っていった。
「驚かせてごめんなさい、母様」
「ああ、エディ。あなた、無事なのね?」
「うん。少し擦りむいただけだよ」
少年が膝へ視線を向ける。
確かに膝には擦り傷ができて血が滲んでいるけれど、このくらいの年頃なら普通のことだろう。
だけど女性は少年を抱き締めるとポロポロと涙を零した。
「良かった……っ!あなたが無事で良かったわ……っ!」
父はそんな女性と一緒に少年も抱き締める。
そして宥めるように女性の背中を撫でた後、優しい声で話し掛けた。
「今日は陽に当たり過ぎたようだ。そろそろ中に戻ろうか」
「……ええ、そうですね」
頷いた女性の涙を父が指で拭う。
「転んだりしてごめんなさい」としょんぼり視線を下げる少年の頭にポンと手を乗せると、父を真ん中にして3人が歩き出した。
3人はゆっくりと宮殿へ向かって行く。
ギデオンはその背中が見えなくなるまでじっと見つめていた。
向こうに見えている宮殿が薔薇の宮であることは誰に聞かなくてもわかっていた。
それから百合の宮へ戻るまでの間に、ギデオンは侍従から3人のことを聞いたのだ。
父は正妃であるエリザベートを溺愛していること。いつも薔薇の宮で寝起きして、執務の間にも2人と過ごす為に薔薇の宮へ戻っていること。養子に迎えた少年―エドワード―を実子のように可愛がっていること。
3人は1日3回の食事も一緒に摂っているという。
実子のように可愛がっているってなんだ!
実子なのはギデオンなのに、ギデオンはあんなに優しくされたことはない。
儀式の時以外で食事を共にしたこともない。
笑いかけられたことも、心配して駆け寄られたことも、慰めるように頭に触れられたことも――っ!!!
気がつけばギデオンは駆け出していた。
ここはもう見慣れた百合の宮の庭園だ。
後ろから慌てたような侍従の声が聞こえたけれど、ギデオンは振り切るように駆け続けた。
そうしてたどり着いたのが、幼い頃よく遊んだ樹の元だったのだ。
今はもう育ち過ぎて2人で樹洞に入ることはできない。
だけどギデオン1人だけならなんとか入り込むことができた。
ここなら誰にも見つからない。知っているのはシェリルだけだ。
だけど冷たくなったシェリルが探しに来ることはないだろう。
今は誰にも知られずに思いっきり泣きたかった。
まさかそれをシェリルに見られているなんて、思っていなかったのだ。
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