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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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ルイはゆっくり成長していった。
授業といってもまだ字の読み書きを覚えるようなものではない。
離れた場所にぬいぐるみを並べて、ゾフィーが「猫」と言ったら猫のぬいぐるみを、「犬」と言ったら犬のぬいぐるみを取ってくる。他にも色んな形の積み木の中から「三角」と言われたら三角形の積み木を選び、「四角」と言われたら四角の積み木を選ぶ。庭園に出て「みっつのどんぐり」を探したり、「いつつの松ぼっくり」を探したりしていた。
次第にエリザベートが絵本を呼んでいても、指を指して「にゃんにゃん」ではなく「ねこしゃん」と言うようになり、おやつのビスケットを「みっつほちい!」と要求するようになった。
だけどエリザベートを「いってらっしゃい」と見送るのはまだ苦手なようで、毎朝「やなのぉ」と抱きついてくる。
「お仕事が終わったらすぐに帰ってくるわ」と抱き締め、後ろ髪を引かれながら乳母に託すのが日常だった。
ゾフィーは家庭教師を始めてから少しの間、プライベートで薔薇の宮を訪れるのを控えていた。
「伯母様」と「伯爵夫人」の間でルイが混乱すると思ったからだ。
その代わりアンヌが伯爵邸に寄って伯爵家の子どもたちを連れてきてくれる。今年6歳になった伯爵家の次女チェルシーも仲間入りだ。
チェルシーと初めて会ったルイは「う?」と不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに馴染んで一緒に遊んでいた。
王家の子は中々同じ年頃の子と遊ぶことができない。ルイは存在を隠されているから尚更だ。
そんな中で公爵家や伯爵家の子どもたちと遊べるのは幸運だった。
ルイは王家とダシェンボード公爵家、ルヴエル伯爵家の皆で育てていると言っても過言ではなった。
ゾフィーがまた伯母として薔薇の宮を訪れるようになった切っ掛けは、ルイが熱を出して寝込んだことだった。
無理をさせないよう気をつけていたのに、また季節の変わり目に風邪を引いてしまったのだ。
エリザベートは子ども用のベッドで赤い顔をして苦しげに息をするルイの頭をそっと撫でる。
「ごめんね、ルイ。お仕事に行ってくるわね」
「やなのぉ、おかしゃまぁ」
いつもは泣きそうになりながら、それでも堪えて見送ってくれるのに、今日はエリザベートの袖を握って引き留めようとする。
具合が悪い時は心細くなるものだ。いつもはできる我慢もこんな時はできなくなる。
「ごめんね、ルイちゃま。お仕事が終わったらすぐに帰ってくるわ」
いつものセリフを言い聞かせながらエリザベートも泣きそうになる。
ルイがこんなに体が弱いのは、エリザベートが生んだからだ。もっとちゃんと健康な母親だったらこんなことにならなかっただろう。
「本当にごめんね、ルイちゃま……」
頭を抱き寄せ、額を合わせる。
ルイの額は驚くほど熱かった。
「……執務の時間ではないのですか?」
不意に聞こえた声にエリザベートは驚いて顔を上げる。
そこには哀しげな顔をしたゾフィーがいた。
ゾフィーの顔を見てエリザベートは思い出す。今日は家庭教師の日なのだ。
だけどルイの発熱で動揺したエリザベートは、ゾフィーにお休みの連絡をしていなかった。
「ルヴエル伯爵夫人、申し訳ありませんが今日は……」
「ええ。風邪を引かれたのですね。……妃殿下、今日は私が伯母として傍についていてはいけませんでしょうか」
ゾフィーの言葉にエリザベートは目を瞬かせる。
それは願ってもない申し出だった。
ゾフィーは信頼できる人だ。ルイを可愛がってくれている。
自分が傍にいられない時に、ゾフィーがいてくれるのなら安心できた。
女主人がいない時に親戚とはいえゾフィーが薔薇の宮に滞在することはできない。
だけどそれは、唯の親戚だったならだ。
今のゾフィーはルイの家庭教師で、既に何度も滞在している。
それにゾフィーは非公式な家庭教師なので、授業の進行状況を誰かと共有する必要もなかった。
「……お願いしても良いかしら?」
「勿論です」
ゾフィーはにこっと笑う。
それは伯爵夫人の笑顔ではなかった。
「おかしゃま、おかしゃまぁ!」
エリザベートが立ち上がると、ルイが必死でドレスを掴む。
そんなルイをゾフィーは優しく抱き留めた。
「ルイちゃま、今日は伯母様が傍にいるからお母様にいってらっしゃいしましょうね」
「すぐに帰ってくるわ。できるだけ急いでね」
エリザベートはルイのつむじに口づけを落とす。
そしてさっと身を翻すと扉へ向かった。未練がましく残っていてもルイ悲しみが長引くだけだ。
「やなのぉ!おかしゃまぁ!!」
あぁぁぁーー!あああーーっ!と泣く声が聞こえてくる。
だけどゾフィーが慰めてくれるから、すぐに泣き止むだろう。
優しい声で絵本を読んでもらったらきっとすぐに眠ってしまう。
目が覚めて淋しくなってもゾフィーがいるから安心だ。
エリザベートは目尻に浮かんだ涙を拭うとしっかりと前を向いた。
授業といってもまだ字の読み書きを覚えるようなものではない。
離れた場所にぬいぐるみを並べて、ゾフィーが「猫」と言ったら猫のぬいぐるみを、「犬」と言ったら犬のぬいぐるみを取ってくる。他にも色んな形の積み木の中から「三角」と言われたら三角形の積み木を選び、「四角」と言われたら四角の積み木を選ぶ。庭園に出て「みっつのどんぐり」を探したり、「いつつの松ぼっくり」を探したりしていた。
次第にエリザベートが絵本を呼んでいても、指を指して「にゃんにゃん」ではなく「ねこしゃん」と言うようになり、おやつのビスケットを「みっつほちい!」と要求するようになった。
だけどエリザベートを「いってらっしゃい」と見送るのはまだ苦手なようで、毎朝「やなのぉ」と抱きついてくる。
「お仕事が終わったらすぐに帰ってくるわ」と抱き締め、後ろ髪を引かれながら乳母に託すのが日常だった。
ゾフィーは家庭教師を始めてから少しの間、プライベートで薔薇の宮を訪れるのを控えていた。
「伯母様」と「伯爵夫人」の間でルイが混乱すると思ったからだ。
その代わりアンヌが伯爵邸に寄って伯爵家の子どもたちを連れてきてくれる。今年6歳になった伯爵家の次女チェルシーも仲間入りだ。
チェルシーと初めて会ったルイは「う?」と不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに馴染んで一緒に遊んでいた。
王家の子は中々同じ年頃の子と遊ぶことができない。ルイは存在を隠されているから尚更だ。
そんな中で公爵家や伯爵家の子どもたちと遊べるのは幸運だった。
ルイは王家とダシェンボード公爵家、ルヴエル伯爵家の皆で育てていると言っても過言ではなった。
ゾフィーがまた伯母として薔薇の宮を訪れるようになった切っ掛けは、ルイが熱を出して寝込んだことだった。
無理をさせないよう気をつけていたのに、また季節の変わり目に風邪を引いてしまったのだ。
エリザベートは子ども用のベッドで赤い顔をして苦しげに息をするルイの頭をそっと撫でる。
「ごめんね、ルイ。お仕事に行ってくるわね」
「やなのぉ、おかしゃまぁ」
いつもは泣きそうになりながら、それでも堪えて見送ってくれるのに、今日はエリザベートの袖を握って引き留めようとする。
具合が悪い時は心細くなるものだ。いつもはできる我慢もこんな時はできなくなる。
「ごめんね、ルイちゃま。お仕事が終わったらすぐに帰ってくるわ」
いつものセリフを言い聞かせながらエリザベートも泣きそうになる。
ルイがこんなに体が弱いのは、エリザベートが生んだからだ。もっとちゃんと健康な母親だったらこんなことにならなかっただろう。
「本当にごめんね、ルイちゃま……」
頭を抱き寄せ、額を合わせる。
ルイの額は驚くほど熱かった。
「……執務の時間ではないのですか?」
不意に聞こえた声にエリザベートは驚いて顔を上げる。
そこには哀しげな顔をしたゾフィーがいた。
ゾフィーの顔を見てエリザベートは思い出す。今日は家庭教師の日なのだ。
だけどルイの発熱で動揺したエリザベートは、ゾフィーにお休みの連絡をしていなかった。
「ルヴエル伯爵夫人、申し訳ありませんが今日は……」
「ええ。風邪を引かれたのですね。……妃殿下、今日は私が伯母として傍についていてはいけませんでしょうか」
ゾフィーの言葉にエリザベートは目を瞬かせる。
それは願ってもない申し出だった。
ゾフィーは信頼できる人だ。ルイを可愛がってくれている。
自分が傍にいられない時に、ゾフィーがいてくれるのなら安心できた。
女主人がいない時に親戚とはいえゾフィーが薔薇の宮に滞在することはできない。
だけどそれは、唯の親戚だったならだ。
今のゾフィーはルイの家庭教師で、既に何度も滞在している。
それにゾフィーは非公式な家庭教師なので、授業の進行状況を誰かと共有する必要もなかった。
「……お願いしても良いかしら?」
「勿論です」
ゾフィーはにこっと笑う。
それは伯爵夫人の笑顔ではなかった。
「おかしゃま、おかしゃまぁ!」
エリザベートが立ち上がると、ルイが必死でドレスを掴む。
そんなルイをゾフィーは優しく抱き留めた。
「ルイちゃま、今日は伯母様が傍にいるからお母様にいってらっしゃいしましょうね」
「すぐに帰ってくるわ。できるだけ急いでね」
エリザベートはルイのつむじに口づけを落とす。
そしてさっと身を翻すと扉へ向かった。未練がましく残っていてもルイ悲しみが長引くだけだ。
「やなのぉ!おかしゃまぁ!!」
あぁぁぁーー!あああーーっ!と泣く声が聞こえてくる。
だけどゾフィーが慰めてくれるから、すぐに泣き止むだろう。
優しい声で絵本を読んでもらったらきっとすぐに眠ってしまう。
目が覚めて淋しくなってもゾフィーがいるから安心だ。
エリザベートは目尻に浮かんだ涙を拭うとしっかりと前を向いた。
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