影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

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2章 ~過去 カールとエリザベート~

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「おとしゃま、おかしゃま。おはよごじゃいます」

「ああ、おはよう。ルイ」

「おはよう、ルイ。さあこちらにいらっしゃい」

 エリザベートが呼び掛けると、ルイが嬉しそうに駆け寄ってくる。
 エリザベートがぎゅっと抱き締めて、次はカールの番だ。
 カールはルイをそのまま抱き上げると、3人並んでソファに座った。
 
 ルイがゾフィーの授業を受け始めて半年が経った。
 少し前までは部屋へ来ると「おとしゃま!おかしゃま!」と声を上げて走って来ていたのだ。
 それがこうして朝の挨拶をできるようになった。
 
 今はこうして少しの時間を一緒に過ごした後、ルイは子ども部屋へ戻って朝食を摂る。カールとエリザベートは食堂で食事だ。
 もう少しすればルイもカトラリーの使い方を覚えて一緒に食事をできるようになる。
 そうすればもっと長い時間を一緒に過ごせるのだ。

 一緒に食事をできる日が楽しみだわ。

 来る日を思い浮かべたエリザベートは微笑んで子ども用へ戻るルイを見送った。



 だけどエリザベートが思う日は来なかった。
 夏の暑い盛りが過ぎ、秋風が吹き始めた頃、ルイが風邪を引いて寝込んだのだ。

 
 初めはまた季節の変わり目の風邪だと思われた。
 ルイは高い熱を出し苦しんでいたが、そんな状況にどこか慣れてしまっていたのかもしれない。
 エリザベートもカールも薔薇の宮にいる時はベッドサイドに座り、ルイの看病をしていた。だけど日中はゾフィーや乳母に任せて執務へ行く。
 縋りつくルイを可哀想に思っても執務を休むことはできない。
 できないと――思ってしまったのだ。



 ルイの熱は大体いつも一週間程続く。長くても10日程だ。
 だけど何だか今回は様子がおかしい。
 一週間経っても熱が下がる兆しがなく、どんどん衰弱しているように見えた。

「侍医長、どういうことだ?何故熱が下がらない?!こんなに苦しそうなのは……っ!」

 部屋の中にカールの怒声が響く。
 ルイを起さないように声を抑えているが、苛立っているのは明らかだ。
 エリザベートもルイの小さな手を握り、不安そうに寝顔を眺めている。

「申し訳ありません、いつもと同じ薬を処方しているのですが……」

 侍医長が視線を伏せる。
 ルイは高熱が続いてぐったりしている。ぜえぜえと苦しそうな息を繰り返し、食事を口元へ運んでもあまり食べられずにいた。最近はスープやヨーグルトなどの流動食を少しだけ口にしている状態で、すっかり痩せてしまっている。薬湯も少しずつ掬って流し込んでいるが、少し飲むとむせてしまって中々飲み込めずにいた。

「少しでも熱が下がってくれれば良いのですが……」

 侍医長の沈痛な声が響く。
 だけどそんな願いも空しくひと月経っても熱は下がらなかった。





「ルイちゃま、ルイちゃま。お母様はここよ。ここにいるわ」

 エリザベートはルイの声が弱々しくなり、泣いて縋る元気もなくなった頃から執務を休んでいた。
 何故もっと早くにこうしなかったのか後悔が募る。
 最近のルイは意識が朦朧としていてエリザベートの顔もわからないようだ。ただうわ言のように「おか…しゃま」と呼ぶ。

 ダシェンボード公爵家とルヴエル伯爵家の者たちは代わる代わる見舞いに訪れ、回復するよう祈りながら時間を過ごした。プレストンは何もできない自分に苛立っているようだ。
 侍医たちは文献を読み漁り、市場を駆けずり回って新たな薬を求めている。
 誰も彼もがルイの回復を祈り、ただ過ぎていく時間に焦燥を募らせていた。






「陛下、お疲れなのではないですか?少し休まれた方がよろしいのでは」

 マクロイド公爵に声を掛けられ、カールはハッと顔を上げた。
 どうやら書類を読みながら眠ってしまっていたようだ。ノックの音は聞こえなかったが、それ程深く眠っていたのだろう。

「大丈夫だ。それより早く仕上げてしまわないと」

 カールは眠気を振り切るように少し大きな声を出した。
 マクロイド公爵が痛ましそうな顔で目を伏せる。

「執務をしながら眠るなんて」と怒る者はいない。
 ここの所カールは激務だ。
 エリザベートをルイの傍にいさせる為に王妃の仕事もすべて引き受けている。
 だけどルイを案じる気持ちはカールも同じだ。一分一秒でも長くルイの傍にいる為に、薔薇の宮では仕事をしなくて良い様にすべて執務時間中に終わらせようとしている。
 そして薔薇の宮に戻った後は、一晩中ルイの傍についているのだ。もう何日も真面に寝ていない。

「……それではこちらの書類はわたしが引き受けます」

 マクロイド公爵が机に置かれた書類の一部を持ち上げる。
 どうやら仕事を手伝う為に来てくれようだ。
 自分の仕事だけでも手一杯だろうに、有難い。

『計算違いだと思っているんじゃないのか』

 有難いと思っているはずなのに、その横顔を見ているとそんなことを言いそうになった。

 カールの子に王位を継がせようと子を作らずにいたマクロイド公爵家だが、昨年男子が生まれている。
 もしルイに万が一のことがあれば、その子が王太子の最有力候補だ。こんなことならもう少し待てば良かったと思っているのでは――。

 いいや、いいやっ!万が一のことなんかない!!

 カールは大きく頭を振って思い浮かんだ嫌な考えを追い払う。


 万が一のことなんかない!
 だから公爵が何を考えていたとしても、それはただの杞憂だ。
 そんなこと、あるはずないじゃないか!
 


――だけどもし、あってしまったら?



 カールはぶるりと体を震わせる。
 そして離宮の両親へ手紙を書いた。 





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