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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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日が経つにつれて皆の焦りは頂点に達しようとしていた。どれだけ待っていても今のままでは世継ぎは生まれないのだ。
カールの意志は固いと感じた前国王夫妻はマクロイド公爵に子息を差し出すよう何度も手紙を書いてくれていた。だけどマクロイド公爵の決意も固い。事態は膠着状態だった。
そんな中でカールを最も疲弊させたのはエリザベートだ。
側妃を拒むカールと違い、エリザベートは側妃を迎えるべきと考えていた。
自身が子を生めないなら側妃を迎えるしかない。
国王に側妃を薦めるのも正妃の務めだと、妃教育の教えから逃れられずにいたのだ。
「世継ぎの不在を皆が不安に思っています。側妃をお迎えにならなければ」
「何度も言っているだろう。側妃を迎えるつもりはない。俺にはリーザだけだ」
「私を愛してくださっているのは十分に伝わっております。ですから今は国のことを考えなければ」
「……世継ぎには養子を迎えるつもりだ。リーザが心配することはない」
「ですがマクロイド公爵は拒んでおられるのでしょう?」
「………………」
最近エリザベートとの会話はこれの繰り返しだ。
話を漏れ聞いた廷臣からは、エリザベートの方が王族としての自覚があると言われているらしい。
カールは己が悪く言われても何とも思わない。
ただエリザベートに他の女を受け入れるよう言われることが悲しかった。
「私は嫁いで来た時から覚悟ができております。思いがけず幸運を得たことで夢を見てしまいましたが……。こうなることはわかっていたのです」
「リーザ!!」
悲しそうに顔を伏せたエリザベートをカールが抱き締める。
こうして話し合いはいつも終わるのだ。
カールはエリザベートが回復してからも閨を行っていなかった。この国にも避妊薬はあるが、男女共に飲まなければ効果が半減する。
子を望むエリザベートに避妊薬を飲ませてまで行為に及ぶのは憚られた。
「兄上、もう良いではありませんか。義姉上はお気の毒だと思いますが、義姉上は納得しておられるのですから……」
マクロイド公爵がカールの気持ちを揺する。
エリザベートを愛しているのに、エリザベートを苦しませたくないのに、エリザベートが一緒に闘ってくれなければ孤立無援の心地だった。
そうする内に更なる悲劇がカールを襲う。
離宮で過ごしていた前国王と前王妃が立て続けに亡くなったのだ。
突然のことに謀殺を疑う声もあった。だけど詳しく話を聞いてみれば、心労が続いたところに2人揃って悪い風邪を引いたという。
何が2人を悩ませていたかなんて、わかりきっている。
世継ぎの不在を2人は何より心配していた。
だけど両親から側妃を娶れと言われたことはない。
2人はエリザベートを妃に迎えた時からこうなることは予想していたようだ。
わかっていて婚姻を許した我らにも責任があると零しているのを近侍の者が耳にしていた。
「申し訳ありません。父上、母上……」
2人の葬儀の日、カールは棺で眠る両親に深く詫びた。
側妃を娶りたくないというのはそれ程酷い我儘なのだろうか。
だけどこれで唯一カールの味方になってくれていた人たちを失ったのは間違いなかった。
カールの意志は固いと感じた前国王夫妻はマクロイド公爵に子息を差し出すよう何度も手紙を書いてくれていた。だけどマクロイド公爵の決意も固い。事態は膠着状態だった。
そんな中でカールを最も疲弊させたのはエリザベートだ。
側妃を拒むカールと違い、エリザベートは側妃を迎えるべきと考えていた。
自身が子を生めないなら側妃を迎えるしかない。
国王に側妃を薦めるのも正妃の務めだと、妃教育の教えから逃れられずにいたのだ。
「世継ぎの不在を皆が不安に思っています。側妃をお迎えにならなければ」
「何度も言っているだろう。側妃を迎えるつもりはない。俺にはリーザだけだ」
「私を愛してくださっているのは十分に伝わっております。ですから今は国のことを考えなければ」
「……世継ぎには養子を迎えるつもりだ。リーザが心配することはない」
「ですがマクロイド公爵は拒んでおられるのでしょう?」
「………………」
最近エリザベートとの会話はこれの繰り返しだ。
話を漏れ聞いた廷臣からは、エリザベートの方が王族としての自覚があると言われているらしい。
カールは己が悪く言われても何とも思わない。
ただエリザベートに他の女を受け入れるよう言われることが悲しかった。
「私は嫁いで来た時から覚悟ができております。思いがけず幸運を得たことで夢を見てしまいましたが……。こうなることはわかっていたのです」
「リーザ!!」
悲しそうに顔を伏せたエリザベートをカールが抱き締める。
こうして話し合いはいつも終わるのだ。
カールはエリザベートが回復してからも閨を行っていなかった。この国にも避妊薬はあるが、男女共に飲まなければ効果が半減する。
子を望むエリザベートに避妊薬を飲ませてまで行為に及ぶのは憚られた。
「兄上、もう良いではありませんか。義姉上はお気の毒だと思いますが、義姉上は納得しておられるのですから……」
マクロイド公爵がカールの気持ちを揺する。
エリザベートを愛しているのに、エリザベートを苦しませたくないのに、エリザベートが一緒に闘ってくれなければ孤立無援の心地だった。
そうする内に更なる悲劇がカールを襲う。
離宮で過ごしていた前国王と前王妃が立て続けに亡くなったのだ。
突然のことに謀殺を疑う声もあった。だけど詳しく話を聞いてみれば、心労が続いたところに2人揃って悪い風邪を引いたという。
何が2人を悩ませていたかなんて、わかりきっている。
世継ぎの不在を2人は何より心配していた。
だけど両親から側妃を娶れと言われたことはない。
2人はエリザベートを妃に迎えた時からこうなることは予想していたようだ。
わかっていて婚姻を許した我らにも責任があると零しているのを近侍の者が耳にしていた。
「申し訳ありません。父上、母上……」
2人の葬儀の日、カールは棺で眠る両親に深く詫びた。
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だけどこれで唯一カールの味方になってくれていた人たちを失ったのは間違いなかった。
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