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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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カールはハーブティーを一気に飲み干した。ハーブティーは疲れた体を癒やしてくれるが、のんびりしている時間はないのだ。一刻も早くエリザベートの元へ帰りたい。
「それで、あちらから連絡はないんだな?」
「はい。侍医からは何も。《《あちらの方》から手紙は届いておりますが……」
「それは気にしなくていい」
カールの冷たい一言に侍従の顔が曇る。
あちらというのは百合の宮のことだ。
侍医たちが普段仕事をしている医局や研究棟は外宮と鳳凰の宮の間にあり、彼らが寝起きする部屋は医局のすぐ隣に建っている。侍医が最優先に守るべきものは王の健康であり、次いで王妃なのだからそれは当然なのだが、そこから百合の宮は遠すぎる。
ルイザの出産予定日が近づき、もしも何か異変が起きた時や産気づいた時にすぐ駆けつけられないので最近は数人の侍医が百合の宮で詰めているのだ。
カールが訊いたあちらからの連絡とは、ルイザの出産が始まったという報せはないのかということなのだが、もし報せがあれば侍従は一番に報告に来るだろう。
つまりこうしてお茶を飲んでいられるというのは報せがなかったということで、わかりきったことを再確認しているだけなのだ。こんなやり取りがここ何日か続いている。
「……予定日が近づいてあちらの方もご不安なのでしょう。一度顔を見に行かれては如何でしょうか」
侍従がカールの顔を伺いながら言う。
あちらの方というのはルイザのことだ。いつの頃からか誰も百合の宮やルイザの名前を口に出さなくなった。カールがその名前を意識的に呼ばないようにしていることに気がついているのだろう。
カールの中にもルイザに申し訳ないと思う気持ちはある。
愛せないまでも尊重して大切にしようという気持ちはあったのだ。だけどいざルイザを前にするとエリザベートを裏切っている罪悪感で押し潰されそうになり、とてもルイザを気遣うような余裕は持てない。
侍従はそんなカールを理解しながらも、ルイザや生まれる子のことも案じているのだ。
その子もカールの子であることに違いはないのだから、と。
確かにルイザからの手紙は胸に来るものがあった。
初めの頃は「一緒にお茶を飲みましょう」「二人で庭の花を眺めたい」「共に庭園を歩きませんか」という取るに足らないものだったが、いつの頃からか「子ども部屋の壁は何色が良いでしょうか」「ベビーベットはどのようなものがお好みですか?」「子どもに贈るぬいぐるみや木馬を一緒に選んで下さい」「小さな洋服や靴下を揃えました。是非見に来て下さい」と切羽詰まったものになっていった。
カールはそのすべてに「そなたの好きに選んで良い」と応えている。
確かに初めての懐妊ですべて一人で抱え込むのは大変だろう。
ヴィラント伯爵夫妻はルイザの懐妊が分かってからも一度も王都に来ていない。夫人くらいはルイザの傍に付いていてやっても良いと思うが、真面目な夫妻は多大な補助金を受けているのだから領地の立て直しに邁進するべきだと思っているのかもしれない。
カールは不思議に思いながらも、彼らにルイザの境遇が知られずに済んでいることにホッとしていた。
彼らに苦言を呈されれば形だけでも百合の宮へ足を運ばないといけなくなるからだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
皆様、明けましておめでとうございます。
年始からこんな辛い話を書いていて良いのかと思いましたが、細々と続けていきますので、今年もよろしくお願いしますm(_ _)m
「それで、あちらから連絡はないんだな?」
「はい。侍医からは何も。《《あちらの方》から手紙は届いておりますが……」
「それは気にしなくていい」
カールの冷たい一言に侍従の顔が曇る。
あちらというのは百合の宮のことだ。
侍医たちが普段仕事をしている医局や研究棟は外宮と鳳凰の宮の間にあり、彼らが寝起きする部屋は医局のすぐ隣に建っている。侍医が最優先に守るべきものは王の健康であり、次いで王妃なのだからそれは当然なのだが、そこから百合の宮は遠すぎる。
ルイザの出産予定日が近づき、もしも何か異変が起きた時や産気づいた時にすぐ駆けつけられないので最近は数人の侍医が百合の宮で詰めているのだ。
カールが訊いたあちらからの連絡とは、ルイザの出産が始まったという報せはないのかということなのだが、もし報せがあれば侍従は一番に報告に来るだろう。
つまりこうしてお茶を飲んでいられるというのは報せがなかったということで、わかりきったことを再確認しているだけなのだ。こんなやり取りがここ何日か続いている。
「……予定日が近づいてあちらの方もご不安なのでしょう。一度顔を見に行かれては如何でしょうか」
侍従がカールの顔を伺いながら言う。
あちらの方というのはルイザのことだ。いつの頃からか誰も百合の宮やルイザの名前を口に出さなくなった。カールがその名前を意識的に呼ばないようにしていることに気がついているのだろう。
カールの中にもルイザに申し訳ないと思う気持ちはある。
愛せないまでも尊重して大切にしようという気持ちはあったのだ。だけどいざルイザを前にするとエリザベートを裏切っている罪悪感で押し潰されそうになり、とてもルイザを気遣うような余裕は持てない。
侍従はそんなカールを理解しながらも、ルイザや生まれる子のことも案じているのだ。
その子もカールの子であることに違いはないのだから、と。
確かにルイザからの手紙は胸に来るものがあった。
初めの頃は「一緒にお茶を飲みましょう」「二人で庭の花を眺めたい」「共に庭園を歩きませんか」という取るに足らないものだったが、いつの頃からか「子ども部屋の壁は何色が良いでしょうか」「ベビーベットはどのようなものがお好みですか?」「子どもに贈るぬいぐるみや木馬を一緒に選んで下さい」「小さな洋服や靴下を揃えました。是非見に来て下さい」と切羽詰まったものになっていった。
カールはそのすべてに「そなたの好きに選んで良い」と応えている。
確かに初めての懐妊ですべて一人で抱え込むのは大変だろう。
ヴィラント伯爵夫妻はルイザの懐妊が分かってからも一度も王都に来ていない。夫人くらいはルイザの傍に付いていてやっても良いと思うが、真面目な夫妻は多大な補助金を受けているのだから領地の立て直しに邁進するべきだと思っているのかもしれない。
カールは不思議に思いながらも、彼らにルイザの境遇が知られずに済んでいることにホッとしていた。
彼らに苦言を呈されれば形だけでも百合の宮へ足を運ばないといけなくなるからだ。
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皆様、明けましておめでとうございます。
年始からこんな辛い話を書いていて良いのかと思いましたが、細々と続けていきますので、今年もよろしくお願いしますm(_ _)m
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