お役御免となったらしいので、魔王側の聖女として再雇用してもらいました〜人はそれを裏ボスと呼ぶ〜

tamon

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第1章 筆頭聖女、断罪される

4.侯爵令嬢レア

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 王都から黒の谷までは、通常ならば馬車で五日以上はかかる。
 でも今回は、なんと王室の所有する転移門を使わせて貰えることになった。
 聖女の仕事をしている時だって、よほどのことがない限りは使用できないものなのに。
 どうやらラルフ様は、早々にわたしを遠ざけてしまいたいらしい。
 隣国でお仕事中のお父様が戻ってくる前に、いろいろと片付けてしまおうと考えているのかもしれない。
 両脇を数十人の兵で固められながら王都の端、転移門までやってくると、そこには意外な人物が待っていた。
 
 バルテン侯爵家の長女、レア。

 わたしの従姉妹であり、おそらくはラルフ様の新たな婚約者になる令嬢だ。
 金の巻き毛をふわりと風に揺らし、キャンディみたいな甘いピンク色の瞳でわたしをじっと見つめている。
 ラルフ王子の兵士たちは、彼女の姿を認めると一斉に膝をつき、礼をとった。


「お姉様……」

 ぽろりと目尻から涙をこぼして、レアは白魚のような手を祈るように組み合わせる。
 たった数ヶ月年下なだけだけど、彼女は幼い頃からわたしをずっと「お姉様」と呼んでいる。

「レア、貴女どうしてここに……聖女のお仕事は?」

 彼女がわたしの代わりを務めてくれていると聞いたのだけど。

「ごめんなさい」

 え?

「ごめんなさい。そう、レアを睨まないでください……!」
「睨む……?」

 そんなつもりはないのだけども。
 聖女のお仕事は……?

「あぁ、お顔が怖いわ……!」

 ひ、ひどい。
 レアははらはらと大粒の涙を流し始めたけれど、わたしの方も突然顔が怖いと言われてしまってショックを受けていた。
 ——小さく舌打ちが聞こえた。
 それも、いくつも。
 驚いて兵士たちを見やると、こちらを睨み付けているいくつもの顔、顔、顔。

「あら……」

 その射殺さんばかりの強い視線にビックリして、つい手持ちの扇子で顔を隠してしまった。
 ついでに彼らの百倍くらいの殺気を開放しようとしているニーヤとダイスの二人にも、こそりとサインをだして「落ち着いて」と伝えておく。
 転移門を真っ赤な血で染めあげてはいけない。

「わ、わたくし。レアは、お姉様をずっとずっと尊敬しておりましたわ」
「まぁ、ありがとう?」

 兵士たちが「なんと傲岸な…!」とますます殺気立つ。
 どうやら受け答えを間違ったらしい。

「でも! でも、レアは大聖女です!」
「そうよね。聖女のお仕事、今日はおやすみなの?」
「…………」

 場におかしな沈黙が落ちる。


「だから……お姉様を尊敬しているから、愛しているからこそ、レアは貴女を断罪しなくちゃいけなかったんです! やっぱりお姉様のしたことは許されることではありません!」
「それなんだけれど……わたし、何をしてしまったのかしら?」
「…………」

 また黙ってしまった。
 でも今度はすぐに立ち直ると、レアはキッ!と涙をたたえた目でわたしを睨みあげた。

「レアは、お姉様の脅しには屈しません!」
「?」

 わからない。
 これって会話になっているのかしら?
 困ってしまってニーヤたちを振り返ると、彼らも鎮痛な面持ちで首を横に振った。
 ニーヤが口パクで「こいつバカですよ!」と何度も繰り返している。
 ダイスに至っては、出発前に三回は確認したトランクの中身を再び点検する作業に入っていた。

 それにしてもなんというか、今日のレアは随分と舌たらずに喋るわね。
 彼女は、確かに人前ではよくこうして震えているのだけれど、普段はもっとハキハキと知的に喋る。
 神殿ですれ違うたびに、「死ね」「調子に乗るな」「ブス」「服ダッッサ」「頭の中クルミか?」「仕事遅すぎ(笑)亀の方が早い(笑)」「媚びんな顔面オリハルコンが」と、豊富な語彙でわたしを罵っていた子と同一人物とは思えない。
 鼻でも詰まっているんだろうか。

「風邪? お大事にね」
「はぁ!?」
「ごめんなさい、そろそろ行くわね。今日中に夕闇の塔に着いてしまいたいの」

 途端、レアの表情が変わった。
 あぁ。これはわたしにもわかる。
 ある意味、とても見覚えがある顔だから。
 こちらを嘲るような、自分が絶対的強者に立っていると、時の笑み。

「夕闇の塔……お気の毒だわ。お姉様とお話できるのも、これが最後だということね」
「今生の別れでもないし、謹慎が解けたら会いに行くわ。お仕事頑張ってね」
「何を呑気なことを。お姉様だって知っているでしょう? あの場所に立ち入ることは人間にとって——特に私たち光属性を持つ者にとっては、死と同義よ」

 あ、ニーヤたちがぼちぼち荷物をまとめ始めたわ。
 ダイスが「しまった、靴下これ左右違うぞ」とか言っている声が聞こえてくる。
 あるある。何度確認してもそういうこと、あるわよねえ。

「では、行くわね」
「では行くわね!?」

 転移門へ歩き出したわたしたちの後ろを、しぶしぶと兵士たちも着いてくる。
 気の毒なことに、彼らはわたしたちの護衛という名目で——実際は見張るために、一緒に黒の谷に行かなくてはならないのだ。
 王子の私兵まで昇りつめたのに、国の端も端に派遣されるというのは彼らも辛いと思う。
 転移門の重厚な扉が兵士たちの手によってゆっくりと開かれると、乳白色のとろりとした光が溢れ出した。
 それは次々に色を変え、やがて七色の光をたたえてわたしたちの体を包み込んだ。

 うーん、何度見ても派手な魔法だわ。
 やがて転移が始まると、全ての感覚が膜に包まれたようにぼんやりとしてきた。
 自分がどこに立っているのかすらおぼろげになっていく中で、


「さよなら、お姉様! あたしは幸せになるわ! ざまあみろ!」


 レアの勝ち誇ったような声だけが、ずいぶんと長い間、虹色の空間にわんわんと響き渡っていた。
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