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第2章 夕闇の塔
5.新居はタワーの最上階
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「着いたわね」
「着きましたねぇ」
目の前の「塔」を並んで見上げながら、わたしとニーヤはしばしの間揃ってぽかんと口を開けていた。
現時刻は、そろそろ夕暮れ時に差し掛かりそうなタイミング。
なんとか日が沈む前にたどり着けて本当によかった。
「まさか、夕闇の塔がこういう作りをしていたとは思いませんでした。安全性は高そうですが、荷物は少し運びにくいかもしれませんね……」
ダイスは困った顔をしてみせているけれど、その目は子どもが新しいおもちゃを見つけた時みたいに輝いていて、ちょっとワクワクしているのを隠し切れていない。
でもその気持ち、わかってしまう。
「こういうところに巣を作る鳥いましたよねぇ。崖の高いとこにぽこぽこ穴あけちゃうやつ」
「山岳地帯では崖にお家を作る民族もいるらしいわよ。それと同じ感じかしら」
確かに夕闇の塔は、塔の形はしていた。
だがなんと、それときたら、崖の中腹に張り付いているのだった。
黒の谷は、谷底がとにかく深い。
周囲はほぼ垂直に切り立った黒い岩壁に囲まれており、谷底に光が差す時間が非常に短いことからその名前がつけられたと聞いた。
もう一つ、この辺りの土地には闇の魔素がとびきり多く含まれているので、いろいろなものが黒くなるからっていう理由もあるみたいだけど……。
その恐ろしいほど急峻な崖の真ん中にポツリと塔が立っているのは、なんとも不思議で胸を踊らせる光景だった。
「どうやって建てたんですかねぇ、あんな大きいの」
「崖をくり抜いたんじゃないか?」
「おバカね、色が違うじゃない。どう見たって塔の方は白っぽい石でできてるでしょ」
「どちらにしてもすごく頑張ったのでしょうね、これを作った方々」
二人と楽しく感想を述べ合っていると、背後から大きな咳払いが聞こえた。
振り返ると、そこにはボロボロになったラルフ王子の私兵たちがいた。
……びっくりした。
この人たち、少し見ない間にどうしてしまったのかしら。
「あの、大丈夫ですか?」
気のせいか、人数も少し減っている気がする。
兵士はわたしの問いには答えず、チッと舌打ちをした。
流行っているのだろうか、わたしを無視するの……。
「……今からここで夜営をする。そこの侍女と騎士もどき、お前たちも手伝うように」
「はぁ?」
「騎士、もどきだぁ?」
飛び出しかけた二人の前に一歩出て、わたしはその体格の良い男性に向き合った。
おそらくは隊長さんなのだろう。よく見ればこの人も怪我だらけだ。
鎧は破損しているし、腕から結構な出血もしている。
「ここで夜営するよりも、夕闇の塔まで登ってしまいましょう。魔物が活性化するのは夜ですから、その方が安全ですわ」
わたしが提案すると、兵士たちはぎょっとした顔になった。
あ、そうだったわね。
「ごめんなさい、気が回らなくて。皆さんお怪我をしているんでした、そのままでは崖も登れませんものね。良かったら治療いたしますわ」
兵士たちは「崖を……」「登る…?」となにやらザワザワし始めたけれど、隊長(仮)はわたしをギッと睨み付けてきた。
「お前は馬鹿か? この時間から移動をするなんて正気の沙汰ではない。寝ずの番を立てつつ火を絶やさない方が、安全に決まっているだろうが!」
「でも、もう塔はすぐそこですし……それよりも先に手当てを」
いつもの癖でつい隊長(仮)の腕に触れようとしたら、恐ろしいほどの勢いで振り払われてしまった。
「触るな、穢れた聖女め! 俺を呪うつもりだろう! お前の治癒を受けるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ!」
「はい……?」
言っている内容はよくわからないが、随分と嫌われてしまっていることだけはわかる。
勿論、これまでだって好かれているとは思っていなかったけれど。
気の毒にもこの人たちは、これからわたしの謹慎が解かれるまで、この地で護衛とか見張りだとかいう名目の元に一緒に過ごさなくてはいけないのだから。
でも、困ったわね。
本当はもう少しお話しすべきなんだろうけど、もう日が沈みかけている。
……仕方ない。
「ニーヤ、ダイス。申し訳ないんだけれど……貴方たち、この方たちを塔まで運んでくれないかしら?」
「いくらお嬢様の頼みでも、ぜ~~~~ったい嫌です!」
「あいつらはここで野垂れ死ぬべきですよ」
まったく、なんでこの子たちはこんなに血の気が多いのかしらね。
それでも暴れる二人の首根っこを押さえつけながら丁寧にお願いを繰り返していると、やがて二人はしぶしぶと頷いてくれた。
「では、隊長さんはわたしの背に」
「貴様俺の話を聞いて……! って、背……?」
「あら! まぁまぁ、隊長さん。あれをご覧になって」
誰からともなく、わあ、と歓声が上がった。
黒々とした岩壁の中腹。
石造りの夕闇の塔が、沈む夕日を照り返して鮮やかに色づいている。
なんて美しい光景なのだろう。
闇に沈みつつある谷の中で、塔は聖火のように赤々と輝いていた。
「着きましたねぇ」
目の前の「塔」を並んで見上げながら、わたしとニーヤはしばしの間揃ってぽかんと口を開けていた。
現時刻は、そろそろ夕暮れ時に差し掛かりそうなタイミング。
なんとか日が沈む前にたどり着けて本当によかった。
「まさか、夕闇の塔がこういう作りをしていたとは思いませんでした。安全性は高そうですが、荷物は少し運びにくいかもしれませんね……」
ダイスは困った顔をしてみせているけれど、その目は子どもが新しいおもちゃを見つけた時みたいに輝いていて、ちょっとワクワクしているのを隠し切れていない。
でもその気持ち、わかってしまう。
「こういうところに巣を作る鳥いましたよねぇ。崖の高いとこにぽこぽこ穴あけちゃうやつ」
「山岳地帯では崖にお家を作る民族もいるらしいわよ。それと同じ感じかしら」
確かに夕闇の塔は、塔の形はしていた。
だがなんと、それときたら、崖の中腹に張り付いているのだった。
黒の谷は、谷底がとにかく深い。
周囲はほぼ垂直に切り立った黒い岩壁に囲まれており、谷底に光が差す時間が非常に短いことからその名前がつけられたと聞いた。
もう一つ、この辺りの土地には闇の魔素がとびきり多く含まれているので、いろいろなものが黒くなるからっていう理由もあるみたいだけど……。
その恐ろしいほど急峻な崖の真ん中にポツリと塔が立っているのは、なんとも不思議で胸を踊らせる光景だった。
「どうやって建てたんですかねぇ、あんな大きいの」
「崖をくり抜いたんじゃないか?」
「おバカね、色が違うじゃない。どう見たって塔の方は白っぽい石でできてるでしょ」
「どちらにしてもすごく頑張ったのでしょうね、これを作った方々」
二人と楽しく感想を述べ合っていると、背後から大きな咳払いが聞こえた。
振り返ると、そこにはボロボロになったラルフ王子の私兵たちがいた。
……びっくりした。
この人たち、少し見ない間にどうしてしまったのかしら。
「あの、大丈夫ですか?」
気のせいか、人数も少し減っている気がする。
兵士はわたしの問いには答えず、チッと舌打ちをした。
流行っているのだろうか、わたしを無視するの……。
「……今からここで夜営をする。そこの侍女と騎士もどき、お前たちも手伝うように」
「はぁ?」
「騎士、もどきだぁ?」
飛び出しかけた二人の前に一歩出て、わたしはその体格の良い男性に向き合った。
おそらくは隊長さんなのだろう。よく見ればこの人も怪我だらけだ。
鎧は破損しているし、腕から結構な出血もしている。
「ここで夜営するよりも、夕闇の塔まで登ってしまいましょう。魔物が活性化するのは夜ですから、その方が安全ですわ」
わたしが提案すると、兵士たちはぎょっとした顔になった。
あ、そうだったわね。
「ごめんなさい、気が回らなくて。皆さんお怪我をしているんでした、そのままでは崖も登れませんものね。良かったら治療いたしますわ」
兵士たちは「崖を……」「登る…?」となにやらザワザワし始めたけれど、隊長(仮)はわたしをギッと睨み付けてきた。
「お前は馬鹿か? この時間から移動をするなんて正気の沙汰ではない。寝ずの番を立てつつ火を絶やさない方が、安全に決まっているだろうが!」
「でも、もう塔はすぐそこですし……それよりも先に手当てを」
いつもの癖でつい隊長(仮)の腕に触れようとしたら、恐ろしいほどの勢いで振り払われてしまった。
「触るな、穢れた聖女め! 俺を呪うつもりだろう! お前の治癒を受けるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ!」
「はい……?」
言っている内容はよくわからないが、随分と嫌われてしまっていることだけはわかる。
勿論、これまでだって好かれているとは思っていなかったけれど。
気の毒にもこの人たちは、これからわたしの謹慎が解かれるまで、この地で護衛とか見張りだとかいう名目の元に一緒に過ごさなくてはいけないのだから。
でも、困ったわね。
本当はもう少しお話しすべきなんだろうけど、もう日が沈みかけている。
……仕方ない。
「ニーヤ、ダイス。申し訳ないんだけれど……貴方たち、この方たちを塔まで運んでくれないかしら?」
「いくらお嬢様の頼みでも、ぜ~~~~ったい嫌です!」
「あいつらはここで野垂れ死ぬべきですよ」
まったく、なんでこの子たちはこんなに血の気が多いのかしらね。
それでも暴れる二人の首根っこを押さえつけながら丁寧にお願いを繰り返していると、やがて二人はしぶしぶと頷いてくれた。
「では、隊長さんはわたしの背に」
「貴様俺の話を聞いて……! って、背……?」
「あら! まぁまぁ、隊長さん。あれをご覧になって」
誰からともなく、わあ、と歓声が上がった。
黒々とした岩壁の中腹。
石造りの夕闇の塔が、沈む夕日を照り返して鮮やかに色づいている。
なんて美しい光景なのだろう。
闇に沈みつつある谷の中で、塔は聖火のように赤々と輝いていた。
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