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第2章 夕闇の塔
7.疑惑の聖女(隊長side)
しおりを挟む筆頭……いや、元筆頭聖女アレキサンドラ=アルエルニスと言えば、この国で知らない奴はいないだろう。
聖女——それは、光属性の魔力を所有するものの総称だ。
光属性を持って生まれるのは何故か皆女性で、自然とそう呼ばれるようになったそうだ。
地水火風に光という、魔力の五大属性の中でも最も稀有な光属性は、まぁ珍しいといっても五千人に一人という絶妙な割合で存在する。
つまり人口二十万人のタルティアナ王国には40人ほどは聖女がいるということになるわけだ。
しかしアレキサンドラは文字通り、持って生まれた魔力の桁が違った。
属性とその含有魔力を判別する水晶の儀で、彼女が手をかざした瞬間に水晶が弾け飛んだというのは、都市伝説でもなんでもなく実話らしい。
その場に居合わせ、水晶の破片を間近で浴びることになったラルフ王子曰く。
あの「魔力だけの冷酷な女」は、破片で怪我した王子を見ても表情一つ変えず、「あら、お気の毒様」と言い放ったらしい。五歳の少女が、だ。
史上最年少で筆頭聖女となったアレキサンドラは、タルティアナの中央神殿で大聖女の位を与えられた。
実際俺は、聖女が何をしているかは知らない。
他の者もきっとそうだろう。
だが彼女たちの祈りが世界に平穏をもたらすと、俺たちは信じている。
治癒や結界魔法を主とする聖魔法のイメージもあり、聖女は平和と愛の象徴なのだ。
だが、アレキサンドラはそうはならなかった。
その高い地位と魔力を盾に、あいつはとにかくやりたい放題だった。
中央神殿で神に祈ることもせずに、各地をフラフラと遊び歩いては、婚約者であるラルフ王子を蔑ろにして数多の男を誑かしていた。
一方であいつは、民衆の前で目立つことができる祭事にだけは参加して、筆頭聖女であることをしっかりとアピールする図々しさも持ち合わせていた。
そのしたたかさにはぞっとするものがある。
確かにあの女は、見た目は良い。
雪のような滑らかな白い肌。銀糸の髪は角度によって様々に色を変え、宝石のような紫の瞳に魅了された人間も多いだろう。
しかし、あの恐ろしいほど冷淡な顔!
婚約者のラルフ王子どころか王が話しかけてさえにこりともせず、発する言葉にはまるで温度が無い。
俺がラルフ王子のお傍に仕えて数年になるが、あの女がラルフ様に微笑みかけているのを見たことは一度たりとも無い。
相手を馬鹿にするにも程があるだろう。
聖女という存在が象徴するものとはかけ離れた冷酷ぶりに、王子が辟易したのは当然だ。
俺たちにも笑顔で労いの言葉をかけてくださるレア様の方が、余程筆頭聖女に相応しいというのが我々親衛隊の意見だった。
そして何よりも恐ろしいことに。
アレキサンドラは身の毛もよだつ方法で、世を転覆しようとしていた。
なんとあれは国中の聖女たちを少しずつ暗殺し、光の魔力を己に蓄えて唯一の存在になろうとしていたのだ。
ラルフ様が仰るには、聖女たちの持つ光の魔力を合計すると、どの時代も必ずその総量が一定になるとの研究がある。らしい。
アレキサンドラは、この世界の光属性の総量を百とすれば、そのうちの半分以上を一人で保持しているような女だ。
それほどまでに彼女の操る聖魔法は圧倒的で——しかも、それが日に日に強くなっていっていたのだ。
疑念が生まれたのは当然だろう。
確かに魔力は成長によって増減するが、ああも極端に上がっていくことなど通常は考えられない。
だから聖女たちの変死が続いた時——我々は真っ先にアレキサンドラを疑った。
一人の聖女が亡くなれば、その力は国内の聖女に再分配されるか、新たに生まれた子どもに引き継がれる。
しかし再分配されるはずの光の魔力は、アレキサンドラただ一人が回収していたのだ。
そして、ある日。
大聖女の位を持つレア様が、ついに気がついた。
アレキサンドラの体から、わずかにだが、確かに闇の魔力の匂いがすることに。
闇の魔力は、本来人間が使えるものでは無い。
その匂いがしたということは——おぞましい邪法に手を染めていることに他ならない。
狙いは国家転覆か、民衆を混乱に陥れることか。
定かではなかったが、のんびりとそれを調査している場合ではなかった。
ラルフ王子はさすがの慧眼で、あの女の企みにいち早く気づき即座に断罪した。
王やアレキサンドラの父親であるアルエルニス辺境伯の判断を挟まずに、あえてパーティー会場でそれを強行したのも、すべては速度を最優先するためだ。
断じて、一刻も早くレア様と結婚したかったからなどではないに違いない。
俺はラルフ様の判断に従い、アレキサンドラを塔にて処刑——いや、幽閉する大役を仰せつかった。
その信頼を裏切らないよう、この任務を全うしなければならない。
そう、考えていたのだが————
何かがおかしい。
俺はアレキサンドラたちを護送して一日目にして、早くも違和感を覚えていた。
黒の谷は、伝説で聞いていたよりもはるかに危険な場所だった。
足を踏み入れるなり襲いかかる、恐ろしい魔獣の群れ。
その巨躯は刃を通さない頑丈な毛皮に覆われており、王宮で屈指の戦闘力を誇った我々は一人、また一人とそれらの凶爪に倒れていった。
しかしあいつらは違った。
アレキサンドラの左右を固める取り巻きどもは、まるで撫でるように魔獣を弾き飛ばしていった。
あるいは拳で、あるいは盾で。
当の本人は相変わらず、憎らしいほどの涼しい顔で、二人と会話をしながらゆうゆうと歩いていく。
こいつら何か、おかしくないか?
おかしいよな?
俺の中の何かが崩れ始めたのは、そこからだった。
ほうほうの体で夕闇の塔の下までたどり着いた俺たちだったが、今日これ以上進むのは危険だと判断し、野営を決意した。
のだが。
あの女はなんと俺を、フルプレートで固めた成人男性を背負い——ちょっと良い匂いがした——ほぼ垂直な崖をありえない速度でよじ登ったのだ。
もう一度言う。
貴族の令嬢が、大聖女が、指の力だけで!
決して短くは無い岩壁を登り切ったのだ。
「隊長さん、それは違います」
あっという間に夕闇の塔まで登攀したアレキサンドラは表情一つ変えず、背中で呻いていた俺をそっと地面に下ろした。屈辱だ。
「指の力も大切ですが、最も重要なのは足と背中の使い方ですわ。背中の筋肉と、力の移動を意識してみてください。もちろんルート取りも大事です」
「そういうことじゃない……」
そうして、一夜明けた現在。
早朝、俺はアレキサンドラが岩壁を登ってくる小さな音で目が覚めた。
軽々と塔内に飛び込んできた姿に唖然としていると、「おはようございます」と澄んだ声で挨拶してくる。
「朝のお散歩をしてきたのです。お天気が良くて、つい遠くまで足を伸ばしてしまいました」
「頭がおかしい」
「はしゃいでしまって、お恥ずかしいですわ」
そう言ってアレキサンドラは、やはり氷のような無表情のまま、わずかに首を傾げてみせた。
不思議なことに、それが確かに照れているのだというのがなんとなくわかってしまい、俺も首を傾げた。
「ダイスとニーヤは朝ごはんのために、狩りに出ておりますの」
ちょっと席を外していますという風に言ってくれるが、普通に尋常では無い。
こいつ、何?
俺の頭もだんだんおかしくなってきて、難しいことが考えられなくなってきた。
「わたしは一足先に、上を少し覗いてきますね。隊長さんたちは朝ごはんまで、ゆっくりされていてください。もう少しであの子たちも戻ってくると思いますので」
「お、おう……」
そう言い残すと、スキップせんばかりに軽やかな足取りで、アレキサンドラは階段へと向かった。
楽しそうだな。
あいつ、魔物に襲われてここで死ぬ予定だったんだけどな。
「……寝なおそ」
俺は全ての思考を放棄して、薄い毛布にくるまった。
壁をよじ登る令嬢なんていなかった。
俺は何もみていない。
——だがその少し後。
俺は、絹を裂くような悲鳴に飛び起きる羽目になるのだった。
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