お役御免となったらしいので、魔王側の聖女として再雇用してもらいました〜人はそれを裏ボスと呼ぶ〜

tamon

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第2章 夕闇の塔

8.黒の谷、最初の朝

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 翌日の朝。
 まるで楽しい予定を前にした子どものように早朝から覚醒してしまったわたしは、日が昇る前に静かに体を起こした。
 ごつごつした石の玄関ホールは、お世辞にも寝心地が良いとは言えなかったけれど、幸い野営には慣れているのでぐっすりと眠ることができた。
 軽く関節を動かしてみる。

 うん、問題ないわね。

 昨日は一日中動きやすい軽装でいたこともあって、疲れもほとんど残っていないようだ。


 早朝の薄闇に覆われたホールで、体を起こしているのはわたしだけだった。
 ニーヤとダイスはわたしのすぐそばで、呼吸をしているのかどうか怪しいくらい静かに眠っている。
 兵士たちは疲れ切っていたのだろう、大きないびきをかいている者、怪我からの発熱で呻いている者、しきりに寝返りをうっている者など様々だ。
 もちろん、中には静かに眠っている人もいるけれど。

 公的な騎士団ではないとはいえ、彼らも王族お抱えの兵士たちだ。
 きっとそれなりに身分のある者たちが多いのだろうけれど、兵士たちの雑魚寝の雰囲気というのは、どこもそんなに変わらないのね。
 なんだか少し、懐かしい。


 簡単に髪を梳ってからくるくると頭上にまとめると、わたしは音を立てないようにして立ち上がった。
 足音と気配をできるだけ殺して彼らに近づいて、その枕元にしゃがみ込む。

 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸を数回。
 両手をそっと上に向けると、魔力がパキパキと音を立てて集まってくる。
 威力と範囲をほどほどに拡大。

「——癒しをヒール

 対象を複数人に広げた治癒魔法を一度だけかけると、同時にほんの一瞬だけ、玄関ホールに紫色に輝く粒子が舞い散った。
 わたしはあまり魔力コントロールが上手ではなくて、魔術を使うとなぜか余剰魔力がこうして結晶化してしまう。
 やたらと光るだけで、特に人体に影響はないので許してほしい。

「これくらいならバレないわよね……」

 特に怪我の重い人には、個別に少しだけ重ねてヒールをかけてまわった。
 それから睡眠魔法をふんわりとヴェールのようにかけて、おしまい。

 怪我や病気を治すには、とにかく睡眠が大切だ。
 治癒魔法だって結局は自然治癒力を底上げしているだけなのだから、まずは眠って体力をつけなければ治るものも治らないものね。
 
 勝手に一仕事終えた気分になったわたしは、それから日が昇るまでの間、黒の谷をぐるりと散歩してみることにした。
 黒の谷は、中央に一本の川が流れた渓谷らしい。
 自然豊かな森は確かに伝説通り、何もかもが黒色をしている。
 途中で拾った良い感じの枝をふりふり森を歩いていると、同じように朝のランニングに出ていたニーヤとダイスと顔を合わせたので、今後のために食糧の確保をお願いしておいた。
 彼女達はわたしが散歩好きということをよく知っているので、目覚めた時にわたしがいなくても特に気にしないし、何かを言ったりはしない。
 こういう関係は貴族にはあるまじきことというのはお互いわかっているけれど、アルエルニスではそう珍しいことでもない。

 それにしても。
 少し歩いてみただけでも、改めて黒の谷の深さに驚いてしまう。
 この感じだと、谷底には相当日が高くならないと光が差し込まないでしょうね。
 夕闇の塔は崖の中腹にあるので、もうちょっと日照率が良いんじゃないかと期待しているけれど……。
 塔の生活がある程度落ち着いたら、一度本格的に探検してみたいわね。
 見たこともない生き物がたくさんいそうで、ワクワクする気持ちが抑えきれない。



 散歩を終えて塔に戻ると、ちょうど隊長さんが起きてきたところだった。
 楽しい散策を終えてなんだか気分が高揚してしまっていたわたしは、彼に軽く挨拶をして、ニーヤたちが戻ってくる前に少しだけ塔の上部を覗いてみることにした。


「これは……掃除のしがいがありそうね」


 塔の階段は螺旋状で、中心部分が吹き抜けになっていた。
 この塔、思っていたよりもずっと大きかったみたい。
 見上げていると首が痛くなりそうなくらい、高さもある。
 意外なほどに窓が多いけど、そのどれもが朽ちていてほとんどただの穴になっているので、開放感は抜群だ。
 ようやく届き始めた朝の光に砂埃が反射して、キラキラと輝いている。

 一歩一歩ボロボロの石階段を登っていくと、途中いくつも部屋を発見する。
 さすがにこれを覗いてみるのは、後にした方が良さそうね。

 ——そう、思っていたのだけれど。

 明らかに一つ、他とは雰囲気の異なる扉があって、わたしは足を止めた。
 真っ黒な飾り気のないドアからは、わずかだけれども抑えきれない闇の魔力が流れ出ている。
 おそらくわたしが昨晩感じたのは、この魔力だ。


 ——何故こんなところに、こんなものが?


 開けるつもりはなかった。
 ただ、そっと指先で触れただけで、そのドアはまるでわたしを招き入れるように開いていった。
 そこでわたしが見たものは———


 お着替え中でどう見ても半裸の、謎の男性だった。
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