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第2章 夕闇の塔
9.嬉しくないハプニング
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「きゃああああああ!」
——自分から、こんなに甲高い声が出るとは思わなかった。
謎の半裸男性にびっくりして、自分の喉から出た音にもびっくりして、さらにその男の人にドアの中に引きずり込まれた時には、もう口から心臓が飛び出してしまうかと思った。
「っ!」
男性はわたしの手首を捻りあげると、思い切り壁に叩きつけた。
反射的に受け身は取ったけれど、背中を強く打ち付けたことで一瞬息が詰まった。
「——喧しい」
背筋が凍るような低音。
あぁ、どう考えても怒っていらっしゃるわ。
わたしを叩きつけたその男は、長い黒髪を片手でかき上げると、忌々しげにこちらを睨みつけてきた。
「何だ貴様は。どうやってここまでやって来た」
何かしら、この迫力は。
ただ問われているだけなのに、緊張で汗が吹き出す。
上半身裸の男性を前に目のやり場に困っていたこともあり、わたしは慌てて視線を地面に落として頭を下げた。
「答えよ、俺が問うている。貴様——どこの刺客だ?」
「……申し訳ございません。知らぬこととは言え、この塔に先住の方がいたとは思いもよらず……。お着替え中に、大変失礼いたしました」
「は?」
着替え中にノックもせずにいきなり見知らぬ人間が入ってきたら、誰だって怒って当然だろう。
というかわたし、あまりにもはしたないのでは?
その事実に気づいてしまえば、みるみる顔に熱が集まってくる。
先ほどまでとは違う緊張感で、わたしの心臓は激しく脈打ち始めていた。
「…………」
「…………」
えっ。何かしら、この沈黙は。
下げた頭のてっぺん、つむじあたりに痛いほど視線を感じるのだけど、全然喋ってくれないので非常に気まずい。
思い切ってちらりと視線を上げると、やはりこちらを見ていた彼とバッチリ目があってしまった。
そこに(何故か)呆然とした様子で立ち尽くしていたのは、驚くほど端正な顔立ちをした男性だった。
もしかしてこの人、寝起きだったのかしら。
乱れた黒髪はそれでも艶やかで、その間から覗く切れ長の目は驚いたように見開かれていた。
上半身の筋肉はまるで彫刻のように美しく、何気なく立っているようで、その姿には一分の隙もない。
そしてその身から溢れる——闇の魔力。
この人、魔族だわ。
どういう理屈か知らないが、夕闇の塔の一室に、魔族が住み着いている。
……いや、たぶん違うわね。
何のためかはわからないけれど、彼はこのドアを媒体にして、二箇所の空間を繋げているのだ。
って、ちょっと待って。
転移門でさえ大勢の魔術師によってようやく発動させられるものなのに、こんな一枚の扉で常時空間を繋いでおくなんて、聞いたことがない。
この人、とんでもない魔力の持ち主なんじゃ……。
「……お前」
あ、「貴様」から「お前」になったわ!
少し怒りをおさめてくださったのかしら。
なんて考えていたら、つかつかと歩いてきた彼に再び壁際に追いやられてしまった。
つい癖でスルリと間合いから抜け出すと、男性は物言いたげに形の良い眉根を寄せたけれど、何も言わなかった。
その時、ふいに階下から呼び声がした。
「お嬢様! どちらにいらっしゃいますか、アレキサンドラお嬢様! どうかされましたかー!?」
いけない、ニーヤたちだわ!
このままだと、わたしが寝起きの半裸男性の部屋に突撃したことがばれてしまう。
「ごめんなさい、このお詫びは後日」
わたしは急いで黒いドアから走り出ると、即座に閉めた。
何かが激突したような大きな物音がしたけれど、気にしている場合ではない。
空間魔術の仕組みは高度すぎてわからないので、とりあえず封印の魔術を重ねがけしておく。
あの男性には勝手に鍵をかけてしまって申し訳ないけれど、これで誰かがうっかりドアを開けてしまうというハプニングは防げるはず。
パチパチと一際大きく紫の火花が散った後には、闇の気配はすっかり消え失せていた。
「はぁ、それにしても驚いたわね……まだ心臓がどきどきしているわ」
わたしは大きく深呼吸を繰り返して、階下に向かって「大丈夫、今戻るわ」と声を張り上げた。
途中で合流したニーヤとダイスに、階段から足を踏み外しそうになって驚いただけと苦しい言い訳をしつつ、内心で祈る。
あぁ、二度とあんな事故が起こりませんように!
——自分から、こんなに甲高い声が出るとは思わなかった。
謎の半裸男性にびっくりして、自分の喉から出た音にもびっくりして、さらにその男の人にドアの中に引きずり込まれた時には、もう口から心臓が飛び出してしまうかと思った。
「っ!」
男性はわたしの手首を捻りあげると、思い切り壁に叩きつけた。
反射的に受け身は取ったけれど、背中を強く打ち付けたことで一瞬息が詰まった。
「——喧しい」
背筋が凍るような低音。
あぁ、どう考えても怒っていらっしゃるわ。
わたしを叩きつけたその男は、長い黒髪を片手でかき上げると、忌々しげにこちらを睨みつけてきた。
「何だ貴様は。どうやってここまでやって来た」
何かしら、この迫力は。
ただ問われているだけなのに、緊張で汗が吹き出す。
上半身裸の男性を前に目のやり場に困っていたこともあり、わたしは慌てて視線を地面に落として頭を下げた。
「答えよ、俺が問うている。貴様——どこの刺客だ?」
「……申し訳ございません。知らぬこととは言え、この塔に先住の方がいたとは思いもよらず……。お着替え中に、大変失礼いたしました」
「は?」
着替え中にノックもせずにいきなり見知らぬ人間が入ってきたら、誰だって怒って当然だろう。
というかわたし、あまりにもはしたないのでは?
その事実に気づいてしまえば、みるみる顔に熱が集まってくる。
先ほどまでとは違う緊張感で、わたしの心臓は激しく脈打ち始めていた。
「…………」
「…………」
えっ。何かしら、この沈黙は。
下げた頭のてっぺん、つむじあたりに痛いほど視線を感じるのだけど、全然喋ってくれないので非常に気まずい。
思い切ってちらりと視線を上げると、やはりこちらを見ていた彼とバッチリ目があってしまった。
そこに(何故か)呆然とした様子で立ち尽くしていたのは、驚くほど端正な顔立ちをした男性だった。
もしかしてこの人、寝起きだったのかしら。
乱れた黒髪はそれでも艶やかで、その間から覗く切れ長の目は驚いたように見開かれていた。
上半身の筋肉はまるで彫刻のように美しく、何気なく立っているようで、その姿には一分の隙もない。
そしてその身から溢れる——闇の魔力。
この人、魔族だわ。
どういう理屈か知らないが、夕闇の塔の一室に、魔族が住み着いている。
……いや、たぶん違うわね。
何のためかはわからないけれど、彼はこのドアを媒体にして、二箇所の空間を繋げているのだ。
って、ちょっと待って。
転移門でさえ大勢の魔術師によってようやく発動させられるものなのに、こんな一枚の扉で常時空間を繋いでおくなんて、聞いたことがない。
この人、とんでもない魔力の持ち主なんじゃ……。
「……お前」
あ、「貴様」から「お前」になったわ!
少し怒りをおさめてくださったのかしら。
なんて考えていたら、つかつかと歩いてきた彼に再び壁際に追いやられてしまった。
つい癖でスルリと間合いから抜け出すと、男性は物言いたげに形の良い眉根を寄せたけれど、何も言わなかった。
その時、ふいに階下から呼び声がした。
「お嬢様! どちらにいらっしゃいますか、アレキサンドラお嬢様! どうかされましたかー!?」
いけない、ニーヤたちだわ!
このままだと、わたしが寝起きの半裸男性の部屋に突撃したことがばれてしまう。
「ごめんなさい、このお詫びは後日」
わたしは急いで黒いドアから走り出ると、即座に閉めた。
何かが激突したような大きな物音がしたけれど、気にしている場合ではない。
空間魔術の仕組みは高度すぎてわからないので、とりあえず封印の魔術を重ねがけしておく。
あの男性には勝手に鍵をかけてしまって申し訳ないけれど、これで誰かがうっかりドアを開けてしまうというハプニングは防げるはず。
パチパチと一際大きく紫の火花が散った後には、闇の気配はすっかり消え失せていた。
「はぁ、それにしても驚いたわね……まだ心臓がどきどきしているわ」
わたしは大きく深呼吸を繰り返して、階下に向かって「大丈夫、今戻るわ」と声を張り上げた。
途中で合流したニーヤとダイスに、階段から足を踏み外しそうになって驚いただけと苦しい言い訳をしつつ、内心で祈る。
あぁ、二度とあんな事故が起こりませんように!
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