悠久の放浪者

神田哲也(鉄骨)

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第八話「約束の笑顔」

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 雨が降り続ける森の中で、ゴンタはずぶ濡れになりながらも駆け回り、薪を集めてくれていた。さらに、彼は食料まで見つけてきた。雨で湿った木々の間を器用に動き回り、小さな果実や木の実を両手いっぱいに抱えて戻ってくる。そして、その中には――。

「……これが試練か……!」

 以前、どうしても食べることができなかった、あのイモムシが含まれていた。鮮やかな緑色の胴体がプルプルと揺れているのを見て、思わず喉が鳴る。嫌な予感しかしない。  
 だが、今の俺には選択肢などなかった。空腹に耐え続けるよりは、たとえどんな味だろうと口にするしかない。

 俺は意を決してイモムシをつまみ上げた。できるだけ味を感じないように、目をつむり、鼻をつまんで、一気に口に放り込む。

「……っ!?」

 舌に広がるのは、ねっとりとしたクリーミーな食感と、ほんのり青臭い匂い。思わず吐き出しそうになったが、どうにか堪えて、無理やり噛み砕く。すると、濃厚な苦みが口の中いっぱいに広がった。

 涙目になりながらも、何とか飲み込む。食べられなくはない……が、決して好んで食べるものではなかった。  
 ゴンタはそんな俺をじっと見つめていたが、やがて満足そうに頷いた。

「ケイスケ、ツヨイ!」
「いや……ただの空腹には勝てなかっただけだ……」

 こんな試練、二度と味わいたくない。

 幸い水はいくらでもある。
 何度も水を飲んで口の中の感触を忘れようとしたのだが、なかなかのインパクトで、それからしばらくの間、何度も頭をよぎることになるのだった。

 それから半日が過ぎた。俺たちは周囲で拾った薪を乾かし、ついに火を起こすことができた。炎が揺らめき、身体がじんわりと温まる。濡れた衣服も、ようやく乾き始めた。
 ゴンタは相変わらず動き回り、食料や薪を集め続けている。その姿を見て、俺は改めて感心した。この環境で生き抜くことが当たり前の彼にとって、こういった作業は日常の一部なのだろう。俺も見習わなければならない。

「頼りになるなぁ……」

 独り言のように呟くと、ゴンタは嬉しそうに胸を張った。  

「アタリマエ!」

 彼の逞しさに比べると、俺はまだまだ未熟だ。ゴブリンたちは、俺がいなくても十分に生き抜いていけるのだろうと、そんなことを考えてしまう。

 そしてまた三日が過ぎた。

「まだ、止まないのか……」

 雨は依然として降り続いていたが、ゴンタが興奮した様子で俺の肩を叩く。

「どうしたんだ?」

 ゴンタは笑顔だった。
 俺はその表情に、何かいいことが起こったのだと察することができた。

「……まさか?」

 ゴンタは頷いて言った。

「ミンナ、ミツケタ!」

 俺はその言葉に驚き、そして安堵した。集落のみんなを見つけたのだという。  
 すぐに俺たちは移動を開始した。

 メイコ達に会えるとなると、もう振っている雨は気にならなくなった。
 ゴンタの先導でしばらく歩いた先。小さな丘のような上に生えている大きな木の下で、見覚えのある小柄な影が駆け寄ってくる。雨の中、泥だらけになりながら走ってくるその姿を、俺はすぐに認識した。

「ケイスケ!」
「メイコ……!」

 次の瞬間、彼女は俺の胸に飛び込んできた。ずぶ濡れの身体が冷えているのが伝わってくるが、それ以上に、こうして再会できたことが何よりも嬉しかった。俺は無意識のうちに彼女の背中に手を回し、その体温を確かめるように抱きしめる。

「無事でよかった……」
「ケイスケ、モ」
「うん」

 メイコはしばらくそのままでいたが、やがてゆっくりと身体を離す。そして悲しげな表情で俺を見上げて口を開いた。

「ムラ、モウナイ……ケイスケ、スメナイ」

 その言葉を聞き、俺は息をのんだ。

「……そうか」

 豪雨により、ゴブリンの集落は壊滅した。生き残った者も半数程度に減ってしまったという。  
 ゴンスケやゴンザブロウは無事らしいが、それでも被害は甚大だった。

「アメオワル、ケイスケ、デテイク」

 メイコは涙をこらえるように唇を噛んでいる。  
 俺はすぐに言った。

「俺も手伝うよ。集落を作り直すのを」

 しかし、メイコは首を横に振った。

「ダメ」
「なんで? 手伝うよ、村づくり」
「ダメ」

 理由は教えてくれなかった。  
 もしかしたら、厳しい生活の中で俺を養う余裕がないのかもしれない。それとも、俺がいることで何か問題が起こるのか……。
 何を言っても「ダメ」の一点張りだ。
 だがメイコの表情から、俺を嫌ったり、疎ましく思っての言葉でないことは十分に伝わってくる。

「……わかった」

 今まで世話になったのだ。これ以上わがままを言うつもりはなかった。

「いままで、ありがとう」

 俺がそう伝えると、メイコは悲しげに頷いた後、そしてゴンタの方を見た。

「ゴンタ、イッショ、イク。ダイジョウブ、ナルマデ」
「え?」

 驚く俺に、ゴンタが胸を張る。

「ゴンタ、ガンバル!」

 貴重な人手であるゴンタを、俺につけてくれるというのだ。きっと、俺が独りで生きていくのは無理だと判断したのだろう。  
 そしてゴンタ自身も、俺と一緒に行くことを決めてくれたのだ。

「……頼りにしてるよ」

 俺の言葉に、ゴンタは申し訳なさそうな顔をしつつも、どこか誇らしげだった。
 俺はメイコを見つめ、強く決意する。

「絶対、また会いに来る」

 メイコは驚いた顔をして、それから静かに頷いた。

「……マッテ、マス」

 そう言って、彼女は涙を拭い、笑った。  
 その笑顔は、とても綺麗に見えた。
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