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第二十二話「約束と魔石の謎」
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「必ずよ、必ず! でないと何も教えてあげないんだから!」
ロビンは両手を腰に当て、俺の前で仁王立ちしていた。
細い眉がきゅっと吊り上がり、栗色の瞳が炎のように光っている。まるで、いたずらをした息子を叱りつける母親のような迫力だった。
「わかったって」
俺が両手を上げて降参のジェスチャーをすると、ロビンはぷいっと顔をそむけ、だが口元はわずかに緩んだ。
そのままくるりと踵を返し、髪を揺らして家の中へ戻っていく。
「明日だからね! 絶対だから!」
捨て台詞のように言い残して、木の扉を思いきり閉めた。
バタンという乾いた音が、夜気の中に響く。
風がひゅうと通り抜け、火の粉がぱちりと弾けた。
……なかなかの言われようだったな。
でも、言われるのも仕方がない。思い返してみれば、この異世界に来てからというもの、まともに風呂に入っていない。川で軽く汗を流す程度なら何度かあったけど、身体をしっかり洗った記憶はほとんどない。
特にゴンタと行動を共にしてからは、余裕なんて一切なかった。安全な水場を探すだけでも大変だったし、そもそもあの虫除けを全身に塗っていたから、それを洗い流すことに不安があった。
でもまあ、さすがに限界か。
ロビンの反応は、さながら『悪臭警報』レベルだった。俺はおそるおそる、自分の腕を鼻に近づけ、そっと嗅いでみる。
「……うわ」
思わず声が漏れた。たしかに、何というか、洗っていない犬のような、酸味を帯びた匂いがする。これは……ひどい。
「……うん、明日はちゃんと体を洗おう」
小さく独りごちながら、俺は自分の荷物を確認する。保存食の木の実、獣の毛皮、魔獣の角、そして──スマホ。
思い出した。茶色の魔石を飲み込んだった。
俺はポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。
画面がほのかに光を放ち、夜闇を照らす。
この世界で見慣れた焚き火の灯りとは違う、冷たい人工の光。
けれど今の俺には、それが何よりも“安心”の色に見えた。
ステータスアプリを開く。
そこに表示された数値を見て、俺は小さく息をのむ。
・言語習得速度上昇(LV2)
・肉体再生速度上昇(LV2)
・肉体強度(LV1)
・魔素との同期(3%)
・風素との同期(3%)
・火素との同期(2%)
・水素との同期(2%)
・土素との同期(3%)
・光素との同期(15%)
「……土素の同期率が上がってる」
口に出して呟いた瞬間、確信が生まれた。間違いない。今回の茶色の魔石は、土の属性に関係していたんだ。前に緑色の魔石を取り込んだときは風素が上がった。じゃあ、火は赤、水は青、光は白……?
「ってことは、魔石の色と属性が対応してる可能性が高いな……」
現時点ではまだ仮説の域を出ないけど、あり得る話だ。
ステータスも少しずつ上がっているけど、突然魔法が使えるようになるわけじゃない。まるで、鍛錬と適性の積み重ねで初めて力を発揮するような、そんな仕組みなのかもしれない。
「まるで、ドーピング剤みたいなもんだな……」
そんなことを呟いていたときだった。
「ケイスケ」
ふと、背後から呼びかけられた声に振り返ると、そこにはリームさんの姿があった。
頬が少し赤く、目元が緩んでいる。宴の酒が回っているのだろう。それでも、彼の佇まいはどこか落ち着いていて、やはり大人の余裕を感じさせる。
「お疲れさま、です」
「うん、ありがとう」
軽く会釈を交わす。リームさんは俺の表情を覗き込むようにして、少し首を傾げた。
「今日はこのまま、ここに?」
「うん。リームさんたちは?」
「私たちは村長の家に泊めてもらうことになった。あと二日ほど、この村に滞在する予定だ」
「そうなんだ」
「ケイスケも一緒にどうだ? 村長の奥さんがうまいスープを作ってくれている。少しは身体が温まる」
一瞬、誘いに心が揺れた。でも、俺は正直に答える。
「……臭いから、また明日、に、するよ」
リームさんは驚いたように目を見開いた後、ふっと小さく笑った。
「確かにな……」
「だから、今日はここに、いるよ。馬車の、見張りもあるし」
「了解。じゃあ、明日な。暖かくして寝るんだぞ。毛布、余ってるから、遠慮せず使え」
「ありがとう」
リームさんは手をひらひら振りながら、ふらついた足取りで家の中に戻っていった。
建物の中からは、まだ笑い声や話し声が漏れている。皆、今夜を精一杯楽しんでいるのだろう。
木々が風に揺れ、時折、焚き火のはぜる音が耳に届く。俺はもう一度、スマホの画面を見つめる。
この小さなデバイスが、今の俺にとって、唯一の手がかりだ。魔石のこと、魔法のこと、この体の変化──すべてが謎に包まれている。
「焦る必要はない。何か期限が切られているわけでもないんだから。ひとつひとつ知識を増やして、できることを増やしていけばいい」
俺は自分に言い聞かせるように呟く。
明日になったら、ロビンに色々と聞いてみよう。何かがわかるかもしれない。
「──頼んだぞ、小さな先生」
声に出すと、不思議と気持ちが軽くなる。焚き火の明かりが、闇の中で揺れている。
この世界には、まだまだ知らないことがたくさんある。
でも、それを一つずつ解き明かしていくのも──きっと、悪くない。
ロビンは両手を腰に当て、俺の前で仁王立ちしていた。
細い眉がきゅっと吊り上がり、栗色の瞳が炎のように光っている。まるで、いたずらをした息子を叱りつける母親のような迫力だった。
「わかったって」
俺が両手を上げて降参のジェスチャーをすると、ロビンはぷいっと顔をそむけ、だが口元はわずかに緩んだ。
そのままくるりと踵を返し、髪を揺らして家の中へ戻っていく。
「明日だからね! 絶対だから!」
捨て台詞のように言い残して、木の扉を思いきり閉めた。
バタンという乾いた音が、夜気の中に響く。
風がひゅうと通り抜け、火の粉がぱちりと弾けた。
……なかなかの言われようだったな。
でも、言われるのも仕方がない。思い返してみれば、この異世界に来てからというもの、まともに風呂に入っていない。川で軽く汗を流す程度なら何度かあったけど、身体をしっかり洗った記憶はほとんどない。
特にゴンタと行動を共にしてからは、余裕なんて一切なかった。安全な水場を探すだけでも大変だったし、そもそもあの虫除けを全身に塗っていたから、それを洗い流すことに不安があった。
でもまあ、さすがに限界か。
ロビンの反応は、さながら『悪臭警報』レベルだった。俺はおそるおそる、自分の腕を鼻に近づけ、そっと嗅いでみる。
「……うわ」
思わず声が漏れた。たしかに、何というか、洗っていない犬のような、酸味を帯びた匂いがする。これは……ひどい。
「……うん、明日はちゃんと体を洗おう」
小さく独りごちながら、俺は自分の荷物を確認する。保存食の木の実、獣の毛皮、魔獣の角、そして──スマホ。
思い出した。茶色の魔石を飲み込んだった。
俺はポケットからスマホを取り出し、電源を入れる。
画面がほのかに光を放ち、夜闇を照らす。
この世界で見慣れた焚き火の灯りとは違う、冷たい人工の光。
けれど今の俺には、それが何よりも“安心”の色に見えた。
ステータスアプリを開く。
そこに表示された数値を見て、俺は小さく息をのむ。
・言語習得速度上昇(LV2)
・肉体再生速度上昇(LV2)
・肉体強度(LV1)
・魔素との同期(3%)
・風素との同期(3%)
・火素との同期(2%)
・水素との同期(2%)
・土素との同期(3%)
・光素との同期(15%)
「……土素の同期率が上がってる」
口に出して呟いた瞬間、確信が生まれた。間違いない。今回の茶色の魔石は、土の属性に関係していたんだ。前に緑色の魔石を取り込んだときは風素が上がった。じゃあ、火は赤、水は青、光は白……?
「ってことは、魔石の色と属性が対応してる可能性が高いな……」
現時点ではまだ仮説の域を出ないけど、あり得る話だ。
ステータスも少しずつ上がっているけど、突然魔法が使えるようになるわけじゃない。まるで、鍛錬と適性の積み重ねで初めて力を発揮するような、そんな仕組みなのかもしれない。
「まるで、ドーピング剤みたいなもんだな……」
そんなことを呟いていたときだった。
「ケイスケ」
ふと、背後から呼びかけられた声に振り返ると、そこにはリームさんの姿があった。
頬が少し赤く、目元が緩んでいる。宴の酒が回っているのだろう。それでも、彼の佇まいはどこか落ち着いていて、やはり大人の余裕を感じさせる。
「お疲れさま、です」
「うん、ありがとう」
軽く会釈を交わす。リームさんは俺の表情を覗き込むようにして、少し首を傾げた。
「今日はこのまま、ここに?」
「うん。リームさんたちは?」
「私たちは村長の家に泊めてもらうことになった。あと二日ほど、この村に滞在する予定だ」
「そうなんだ」
「ケイスケも一緒にどうだ? 村長の奥さんがうまいスープを作ってくれている。少しは身体が温まる」
一瞬、誘いに心が揺れた。でも、俺は正直に答える。
「……臭いから、また明日、に、するよ」
リームさんは驚いたように目を見開いた後、ふっと小さく笑った。
「確かにな……」
「だから、今日はここに、いるよ。馬車の、見張りもあるし」
「了解。じゃあ、明日な。暖かくして寝るんだぞ。毛布、余ってるから、遠慮せず使え」
「ありがとう」
リームさんは手をひらひら振りながら、ふらついた足取りで家の中に戻っていった。
建物の中からは、まだ笑い声や話し声が漏れている。皆、今夜を精一杯楽しんでいるのだろう。
木々が風に揺れ、時折、焚き火のはぜる音が耳に届く。俺はもう一度、スマホの画面を見つめる。
この小さなデバイスが、今の俺にとって、唯一の手がかりだ。魔石のこと、魔法のこと、この体の変化──すべてが謎に包まれている。
「焦る必要はない。何か期限が切られているわけでもないんだから。ひとつひとつ知識を増やして、できることを増やしていけばいい」
俺は自分に言い聞かせるように呟く。
明日になったら、ロビンに色々と聞いてみよう。何かがわかるかもしれない。
「──頼んだぞ、小さな先生」
声に出すと、不思議と気持ちが軽くなる。焚き火の明かりが、闇の中で揺れている。
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